ノーブルウィッチーズ SS 「隊長の苦悩」
それはまだ、黒田那佳中尉がノーブルウィッチーズA部隊に参加してまだ間もない頃。
名誉隊長のロザリー・エムリコート・ド・グリュンネ少佐は、扶桑から来たこの中尉のことを気にかけ、しばしばハンガーに隣接する簡易休憩所に顔を出していた。だが今日、ロザリーが簡易休憩所に姿を見せたのは、単なる調子の確認ではない。告げなければいけないことがあって、こうして足を運んだのだ。
「あのね、黒田さん、お手当のことなんですけど……」
ラジオを聴きながらガレットをかじる那佳に、ロザリーは声をかける。
「はい、出たんですね!? よかった~っ! 隊長のおかげでまた仕送りができます!」
パッと花が咲いたような笑みを見せると、那佳は両手の拳を握りしめた。
「私、手当って言葉を聞く度に、こう、力がわいてきて、今日も頑張ろうって思えるんですよね!」
「ええっと……いいわね、その前向きな考え方。で、お手当なんだけど」
戦闘隊長を務めるハインリーケ・(中略)・ウィトゲンシュタイン大尉と違い、ロザリーはスパッと切り捨てるような言い方ができる性格ではない。また歯に衣を着せた物言いでは那佳に真意は伝わらない。そのジレンマに、名誉隊長の頬はピクピクと震えた。
「実はね、黒田さん」
ロザリーが意を決し、真実を告げようとしたところに。
「どうしたの?」
ふたりの間に、イザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデール少尉が割り込んできた。
「あのね、アイザック君、手当が出るんだよ~」
男装のいでたちからアイザックとの愛称で呼ばれるイザベルにも、那佳は笑顔を振りまく。
「死亡手当?」
と、イザベルは真顔でジョークを口にする。
「生きてます、黒田さんはちゃんと」
突っ込んではいけないと思いつつ、ロザリーは今回も突っ込んでしまった。
「で、死亡手当じゃない他の手当のことだけど」
ロザリーが続けようとしたその時。
「黒田中尉! ナイトウィッチたるわらわが、慣れぬそなたのために昼間の哨戒任務にわざわざつき合ってやっておるのじゃ! 待たせてどうする!?」
ハインリーケが簡易休憩室に飛び込んできた。
「あ、忘れてた」
「忘れていたで済めば軍隊は要らぬわい!」
「そう毎回怒鳴らなくたって……いつか血管切れますよ?」
「とうに切れておる!」
ハインリーケは那佳の首根っこをつかみ、ズルズルと格納庫に引きずってゆく。
「あの、まだこちらの話がーー」
ロザリーはふたりのあとを追ったが、とても話を続けられる状況ではない。
「では、行ってくるぞ!」
と、先にハインリーケが飛び立つ。
「そ、そうね」
ロザリーは諦観のため息をついた。
「それじゃ、いってきま~す!」
那佳も両脚にストライカーユニットをまとうと、元気いっぱい、大空へと翔け昇っていった。
「……言えないわ」
ロザリーは胸のやや下を押さえて呟く。
「軍の会計に、黒田さんが申請した手当のほとんどがハネられたなんて」
実は。
那佳はA部隊に合流して1週間のうちに、書面にして283枚、実に基本給の3倍近くに当たる手当を請求していた。だが、そのあまりのドンブリ勘定にガリア軍の会計課は申請のほとんどを却下。さらにはこんな馬鹿げた申請書は二度と送らせるなとロザリーにも釘を刺してきたのだ。
(黒田さん、頑張っているから悲しませたくはないし、手当ての支給は無理。となると……)
自腹を切るしかない。
ロザリーは悲壮な覚悟を抱いた。
と、そこに。
「隊長、顔色がよくないぞ?」
自機の整備をしていたアドリアーナがやってきて、ロザリーの顔を覗き込んだ。
「な、何でもないのよ……ちょっと医務室に行ってくるわね」
ロザリーはヨロヨロとした足取りで格納庫を後にした。
「ならいいんだが、お大事に」
その背中にアドリアーナが心配そうに声をかける。
医務室では、ロザリーは初期の神経性胃炎との診断を下された。
以来。
胃薬は、名誉隊長ロザリーの必須アイテムとなったのであった。
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