第二章「回想の姫君」 第五話


「わらわが、わらわが父上を苦しめておる。おのれめいのために、言いつけを破ってしまったわらわが悪いというに」


 き通るほど白いほおを、こうかいの涙が伝う。


「何がウィッチじゃ、わらわはこんな時に、何も出来ぬではないか」


 その様子に、あらくれ者の野盗たちもうなだれてしまう。

 親分は部下たちをわたすと、しばらくして大きなため息をついた。


「……やれやれ、俺たちにゃ他人ひとさまの家族はうばえねえな」


 親分はハインリーケのひもを切ると、扉を開けた。


「ほらよ、姫さん」


「父上! 父上、父上!」


 ハインリーケは飛び出し、父親のもとに駆けていってうでの中に飛び込んだ。


「俺がひとりでゆうかいした! ここにいるほかの連中はたまたま一緒にいただけで誘拐とは関係ねえ! つかまえるのは、俺だけにしろ!」


 親分が両手を上げて外に出る。

 警官のじゆうこういつせいに親分に向けられるが、親分に動じた様子はない。


「ちょ、じようだんじゃねえ! 親分ひとりのせいにできるかよ!」


「俺は親分とどこまでも一緒だぜ!」


「俺だって!」


 部下たちも銃を捨てて親分に続いた。


「……あら真似まねは」


 父はハインリーケのかみでながら警官たちに指示した。


りようかいしました!」


 警官たちは、なおに従う野盗たちになわをかける。


「父上」


 ハインリーケは赤くなった目をこすり、父を見上げた。


「連中は悪人ではない。怪異に土地と家族を奪われた者たちじゃ。罪をつぐのうたら──」


「ああ、うちでやとおう」


 父は微笑んで頷いた。


「ひ、姫さん?」


 このやり取りを聞き、ほうけたように立ちくす親分。

 ハインリーケは父からはなれ、ばくについた親分の前に立つ。


「必ず、わらわの許に来い。よいな?」


「あ、ああ」


「それと」


 がっ!

 ハインリーケはいきなり、親分の鳩尾みぞおちに小さなこぶしをめり込ませた。


「済まぬな。わらわは誓ったのじゃ。必ず痛い目にわせると」


「……ひ、ひでえ」


 親分はもんぜつし、しゃがみ込んだ。


「父上、手が痛い」


 ハインリーケは親分をなぐった右手を父に見せる。

 指の付け根の部分が、ちょっとだけ赤くなっていた。


    *   *   *


「こうして、わらわは見事にかいなるベート事件の真相をあばいたのじゃ」


 ハインリーケは話を終えた。


にんたい強く話を聞いてくれる人間が見つかってよかったじゃないか?」


 那佳が感想を口にする前に、アドリアーナがしようしてハインリーケをからかう。


「この話、そなたに聞かせたことはないであろう?」


 ハインリーケはぷいと顔をそむけた。


「何度も聞かされたのは僕ですよ。正確には二十三回」


 と、右手を上げたのはイザベル。


「いい話じゃないですか」


 しよみんしたわれているというエピソードではなかったような気もするが、那佳は素直に感心した。


「異動してきて二日目で、ウィトゲンシュタインたいの相手の仕方を覚えるなんてすごいね」


 イザベルが体をひねり、かんたんの視線を那佳に向ける。


「ああ、かつもくすべき適応力だな」


 アドリアーナはき出しそうになるのを必死でこらえている顔だ。


とげのある物言いじゃのう、ヴィスコンティ大尉?」


 こちらはいい気分で話していたのに、台無しにされたと言いたげなハインリーケ。


「美しい薔薇ばらの宿命か?」


 アドリアーナはウインクを返す。

 と、そこに。

 外の方でクラクションのような音がした。


「ん? あの音は?」


 ハインリーケがきゆうけい室の扉を開けて、格納庫に出る。

 那佳も何かなあ、と後に続いた。

 すると。


「姫様〜っ!」


 ちょうど、グレーにられたトラックが基地に入ってきて、格納庫の前で止まるところだった。

 運転席から半分身を乗り出し、ハインリーケに手をっているのは、どう見ても人相がいいとは言いがたい、あごひげたくわえた中年のたくましい男だ。


「ご領主様から、今週の差し入れですぜ!」


「あれって、大尉のおうちの人?」


 那佳は男の方を指さし、ハインリーケにたずねる。


「そのようなものじゃ」


 ハインリーケはトラックのところまで行くと、運転席の男に声をかける。


「毎回毎回、お主が来ることもなかろうに?」


「いえ、姫様のご尊顔を拝見できる機会をのがす訳にゃいきませんや。それに、領主様より様子を見てこいとキツくおおせつかっておりますんで」


 少しばかり年はとったが、実はこの男、あの野盗の親分である。

 今は領地のワイン畑の管理者となっているのだ。


「赤か?」


 トラックのほろを上げて、荷の木箱をいちべつするハインリーケ。


「良い出来ですぜ」


 男はニッと笑った。


「わらわはあまり赤をたしなまぬと申しておるのに」


 ハインリーケはわずかにまゆひそめる。


「仕方がない。整備班に振るうとするか」


 これを聞いて、わらわらと集まってきてトラックを遠巻きにしていた整備班員たちがかんせいを上げる。


「他の荷は?」


 舞い上がる整備班をそのままにしておいて、ハインリーケは男に訊ねる。


「ご注文通り、ワグナーのオペラのレコードに、社会学に美術史の本、ケルン水にせつけん──」


 男はリストでかくにんした。


「全部、そろってますぜ。それで、次は何を持ってきましょうか?」


「そうじゃな」


 ハインリーケはちょっと考え込む。


「カールスラントらしいを。新入りが故郷くにの菓子のまんばかりするのでな。真に味わい深い菓子という物を教えてやらねばならぬ」


「バームクーヘンとか?」


 ちょっと考え込んで、元とうの男は提案する。


「それ、扶桑にもありますよ! わざわざ、ユーハイムってお菓子職人さんが昔、扶桑に来て作り方を広めてくれたんですって」


 と、那佳。


「……別の物にしろ」


 扶桑にあるものでは、ハインリーケにとっては意味がないようである。


「へえ」


 男はまた考え、今度は別のアイデアを出す。


「それじゃ、シュトレンで」


「よかろう」


 ハインリーケは満面のみでうなずいた。


 荷を降ろし終わったトラックが帰ってゆくと、那佳はハインリーケをのぞき込み、じりを下げて思わせぶりな表情をかべた。


「な、何じゃ気味が悪い?」


 ハインリーケは顔をこわばらせる。


「大尉って」


 那佳はハインリーケの顔に自分の顔を近づけた。


「ほんとに慕われているんですね?」


「あ、当たり前じゃ!」


 急にずかしくなったのか、ハインリーケはうでみをしてそっぽを向いた。


「ねねね! 今度、アンミツとシュトレンでお菓子対決しましょうよ?」


 那佳は提案する。


「相手にならんわ。カールスラントのシュトレンは世界、いや、宇宙一じゃからの」


 鼻先で笑い飛ばすハインリーケ。

 すると。


「お菓子なら、ベルギカのチョコが王様」


「何を言ってるんだ。我が国がほこるジェラートに勝てる菓子なんて存在する訳がないだろ?」


 なんと、イザベルとアドリアーナまでが参戦してきた。

 実際にこの対決が実現するのは、まだまだ先の話なのだが──。

 この時、ぼう整備班員がった、不仲がうわさされるハインリーケとアドリアーナが破顔するツーショットは、非常にレアな一枚として「ライフ」誌の表紙をかざることになったのである。



            *  *  *



  あの……ええっと、よく分かりません。ごめんなさい。

     サーニャ・V・リトヴャクちゆう

(506JFW設立についてのコメントを「タイムズ」紙の特派員に求められて)



            *  *  *

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