ノーブルウィッチーズ 特別公開SS

【黒田那佳誕生日記念】所得倍増? オペレーション・バースディ



     所得倍増? オペレーション・バースディ



 人類を、いや、地球を襲った突然の怪異。

「巣」と呼ばれる拠点から無限に出現し、殺戮と破壊を繰り返す、意志の疎通さえできない異形。

 ネウロイと呼称されたその来襲者から、多くの犠牲を出しながらも欧州ガリアの地は解放された。

 この戦いの中心となったのは、魔法力を駆使し、ストライカーユニットーー最新科学の結晶である現代の箒ーーを駆って大空を飛翔(と)ぶ少女たち、ウィッチであった。

 欧州各国の首脳はネウロイの反撃に備えるべく、ガリア防衛の新たなるウィッチ部隊を創設した。

 それが第506統合戦闘航空団、ノーブルウィッチーズである。

 そして今、ガリア東部の国境近く、セダンの外れにあるノーブルウィッチーズ基地の簡易休憩所ではーー。


「何やら思案顔じゃが、それは扶桑からの手紙か?」


 美しい金髪を腰近くまで伸ばした凛々しい顔立ちの美少女が、もうひとりの少女が読む手紙の文面を覗き込みながら尋ねていた。

 金髪の少女はカールスラント貴族の娘、ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン大尉。ノーブルウィッチーズ、A部隊の戦闘隊長である。

 欧州の貴族にとって、名前は中世における靴の爪先と同じ。長ければ長いほど、位が高いことを示している。

 ハインリーケもその名前から、王族の血を引く貴族であることが分かる。


「あ、大尉」


 と、顔を上げたのは、烏の濡れ羽色の髪も無造作な、愛らしい感じの扶桑撫子。

 名は黒田那佳。扶桑陸軍から派遣された中尉である。

 このセダンの地では密かにプチ守銭奴などと呼ばれてはいるが、これは悪意から生まれた二つ名ではない。郷里の祖父母、両親に仕送りをするため、一攫千金を狙って日々、努力研鑽を重ねつつも、それが巧くいかないところから、親しみを込めて整備兵たちがそう呼び始めたのだ。


「はい、本家の義理のお父さんからですよ。……まあ、義理のお父さんっていっても、本当のじっちゃんと同い年なんですけどね」


 那佳は扶桑の典型的な庶民の出だが、今は本家、九州の名門黒田家の養子となっている。つまり、名目上に過ぎないが、那佳も貴族ということになる。


「で、何と言ってきておる?」


 腕組みをしたハインリーケは、軽くあご先を動かして話の先を促した。


「誕生日のお祝い、何がいいかって」


 那佳は肩を竦めてみせる。

 手紙には、大きなものなら船便で送るので、欲しいものは早めに伝えてくれと書いてあった。宮崎の実家にいた頃の那佳の誕生日の祝いは庶民らしく質素なもので、プレゼントと言えば文房具。ケーキも近所の洋菓子屋の苺ショートケーキで十分に嬉しかった。

 それが突然、貴族の養子になったからとはいえ、何でも欲しい物を買ってやると言われると、逆に戸惑ってしまう。


「やれやれ。そなたの悩みはその程度か? 気楽で良いな」


「お気楽極楽、っていうのが私の信条ですからね。でも、ほんと何が良いか、迷いますよ。私の誕生日、9月17日でまだ先ですけど」


「わらわの誕生日の方が近いか。8月14日じゃからな」


「う」


「……その顔。そなた、自分の誕生日が先であったら、貰うものだけ貰ってあとはしらばっくれる気であったろう?」


 ハインリーケは柳眉をひそめた。


「さすが大尉。読みが深いですね」


 那佳は屈託のない笑顔を返す。


「そなたの行動原理が単純すぎるのじゃ、この痴れ者が」


 そうは言ったものの、ハインリーケはこの程度のことで目くじらはたてない。那佳はセダンに姿を見せたその日から、いつもこの調子なのだ。いちいち腹を立てていたら、名誉隊長のロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐のように胃薬が手から放せなくなってしまう。


「大尉のお家はお金持ちだから、きっと誕生パーティとか派手にやったんでしょうね?」


 那佳は尋ねる。


「ごく地味な普通の祝いだ。領地内の村々では半月ほど前から準備にかかり、当日は飲めや歌えの大騒ぎ、馬車で、そうだな、5、6台分のプレゼントが屋敷には届けられる。近隣の貴族がその晩は訪れて会食会、というところか。まあ、わらわは各村々にパレードまがいの顔見せに連れ回され、何度も新しいドレスに着替えさせられたりと、忙しゅうてならなかった。故にあまり楽しかった記憶はないのう」


 ハインリーケは思い出しながら、少しばかり不愉快そうな表情を見せる。


「そのどこが普通なんですか?」


 那佳は唇を尖らせたが、次の瞬間、急にキラキラと瞳を輝かせた。


「大尉、私、いいこと思いついちゃいました! 早めにみんなに知らせないと!」


 跳ねるような足取りで、那佳は簡易休憩所を飛び出してゆく。


「……あやつの口から『いいこと』という言葉が飛び出す度に、わらわは嫌な予感しか覚えぬのだが?」


 那佳の背を見送るハインリーケの胸の内では、暗雲が垂れ込めつつあった。

 そしてその予感は、間違ってはいなかった。 


         *         *         *


 翌日の午後。

 ノーブルウィッチーズA部隊のウィッチたちは、セダン基地のブリーフィング・ルームに集められていた。


「え~、みなさん。今日は重要な告知があります」


 那佳は一同を前にそう宣言する。 

 ここに顔を揃えているのは、セダンに常駐するA部隊の面々だけではない。(約1名、ロマーニャ貴族のアドリアーナ・ヴィスコンティ大尉は欠席。勘が良いのか、ひとり愛機のメインテナンスの為に格納庫にこもっているが……)

 ディジョンのB部隊基地からも、隊長のジーナ・プレディ中佐とマリアン・E・カール大尉が出席している。


 ちなみに。


 貴族のウィッチが中心のA部隊に対し、B部隊は貴族のいないーー貴族の血を引く者は存在するーーリベリオン合衆国が自国の影響力をアリアで維持するために派遣された精鋭ウィッチで構成された部隊である。


「告知?」


 ハリウッド女優と比べても遜色ない美貌の持ち主、ジーナ・プレディ中佐が、片眉をわずかに上げ、話をするように那佳を促す。


「実はーー」


 那佳は咳払いし、白いチョークで黒板にBIRTHDAYと書いた。


「じゃ~ん! 9月17日は、黒田那佳の誕生日! プレゼントはお早めにご用意ください。なお、プレゼントは現金、戦時国債でも受け付けております」


「そ、それだけか?」


 信じられないといった顔で聞き返したのは、口を開かなければ十分クール・ビューティで通る、リベリオン海兵隊のマリアン・E・カール大尉だ。

 ディジョンの整備兵の一部には、彼女が発する血の気も凍るような悪態に身をよじらせて喜ぶ者がいるとかいないとか……。


「うん」


 那佳は頷いた。


「ほら、A部隊は現在、活動停止中で士気が下がる一方じゃないですか? だからここで一発、楽しいイベントで盛り上げようかなあと。その前にウィトゲンシュタイン大尉の誕生日もあるけど、そっちはまあ、ついでってことで」


「9月17日って、2か月以上も先のような?」


 カレンダーに目をやって肩を竦めたのは、ベルギカ貴族のイザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデール少尉。幼少時より男装で育てられ、家出同然でブリタニア空軍に入隊した異色派だ。


「まあ、そんなにプレゼントが欲しいなら、用意するけど」


「あのな! そんなことで私たちを呼ぶな、この○▽×◇! 緊急事態だと思っただろ!」


 マリアンは机を叩き、さっそく那佳に罵声を浴びせた。


「でも、こういうことって部隊の一体感を高めるためにも大切でしょ?」


 那佳はどう聞いても後付けにしか聞こえない理由で反論し、同意を求めるように名誉隊長のロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐を見る。


「え、ええっと……」


 言葉を濁すロザリーは、芯は強いのだが、こういう時に強く出られない。くせ者ウィッチを3人抱え、胃薬が手放せないのは、そうした性格も一因だ。


「これで士気が高まるのは、そなただけじゃろうが?」


 ハインリーケが那佳の背中に回り、その頬っぺたを左右に引っ張った。


「……はいい、いふぁいです」


 那佳は思わず涙目になる。


「大体だな、活動停止を食らったのはAだけで、ディジョンのB部隊には関係ないだろ? セダンと違って、ディジョンのチームワークは完璧なんだよ」


 マリアンが、いつもの調子でA部隊を見下したような物言いをする。


「……ほう? 聞き捨てならんな」


 ハインリーケは那佳から手を放し、前に出てマリアンと視線で火花を散らした。

 片や、リベリオン嫌いのカールスラント貴族、片や、貴族嫌いの生粋のリベリアン。AB部隊間での諍いが起きる時、必ずと言っていいほど真っ先に角突き合わすのがこのふたりである。


「ディジョンでは誕生パーティってやらないんですか?」


 そんなふたりを放っておいて、那佳はジーナに尋ねる。


「戦時下。それに我々は戦災に苦しむガリアの人々にとっては異邦人だ。それが状況を省みず、派手に浮かれ騒いでは基地周辺の人々の反感を買う。だからB部隊内だけで、ごくささやかに祝う」


 ジーナは説明した。


「流石は中佐。適切な判断ね」


 両の手のひらを唇の前で合わせたロザリーが笑顔で頷く。


「……だが、結局、カール大尉は浮かれ騒いでいた」


 ジーナはそう小さくため息をついた。


「なっ! 私はそんなことしていません!」


 マリアンは真っ赤になって否定する。


「そうは見えなかった」


 ジーナは首を横に振る。


「た、隊長~!」


「とはいえ、506の一体感を高めるという趣旨には賛同する。私としては黒田中尉の誕生日を祝うにやぶさかではない」


 ジーナは那佳を見て続けた。


「といっても、まだ2か月以上も先ね」


 ロザリーが苦笑を浮かべる。


「その前に、大尉の誕生日が来るよ」


 イザベルがもう一度、カレンダーで確認した。


「ーー8月か。確か、その頃までには少佐になっているのよね? 昇進祝いも兼ねてということなら、少しばかり派手に祝ってもいいんじゃないかしら?」


 と、ロザリー。

 実は数週間前、ハインリーケは少佐への昇進の内示を受けていた。これは名誉隊長のロザリーが20歳を過ぎ、魔法力を失った後に、ハインリーケが隊長を継ぐことへの布石である。


「わらわはいい。別に祝いなど」


 ハインリーケは迷惑そうに首を横に振る。


「まあまあ、大尉がお祝いしてくれないと、私の時にお祝いしにくくなるじゃないですか?」


 と、那佳。


「すがすがしいまでに身勝手じゃな、そなたは」


 ハインリーケは呆れるのにも疲れた、という表情だ。


「ところでみんな、今まで貰った中で一番印象的だったプレゼントって何です? 私、本家から何を送って貰おうか迷ってるんですよ」


 那佳は突然、話題を変えた。郷里からの手紙のことを思い出したからだ。


「私が小さい頃に貰って嬉しかったのは、ポニーだな。愛馬第1号、ブリーズって名付けた」


 そう答えたマリアンの顔に、自然と笑みが浮かんだ。


「ポニーっていうとーー」


 那佳は後ろ髪をつかんでみせる。


「いや、ボケようとする意図は分かったけど、お前、髪短すぎてポニーテールになっていないから」


 マリアンは律儀に突っ込んだ。


「私はウィンチェスターのライフルを祖父から譲り受けた」


 とは、小さい頃から卓越した狙撃の名手だったジーナ。


「私はワグナーのオペラに連れていって貰ったわ」


 ロザリーも答え、目を細める。


「シェイクスピアのファースト・フォーリオの全集」


 読書好きのイザベルも、個性が反映されたプレゼントを貰っているようだ。


「うう~、不公平だ~」


 覚えている限り、一番高級なプレゼントが色鉛筆の12色セットだった那佳はガックリと肩を落とす。


「せめてマリアンさんには勝ってると思ったのに~」


「どういう意味だ!?」


 マリアンは気色ばむ。


「……士気、だだ下がりだね」


 イザベルがささやくように感想を口にする。


「お金持ちの大尉さん!」


 次の瞬間、那佳は思わず、ハインリーケにしがみついていた。


「プレゼントください! 何か、高いもの! 金塊とかダイヤとかでもいいです! 庶民にお恵みを~!」 


「こ、こら! 放さぬか! そもそも、今おねだりしたのは『とかでいい』などと言える代物か!?」


「そこを何とか!」


「ええい、放せ!」


「お姫様、大尉様、美少女様!」


「どこぞの道化か、そなたは!?」


「プ~レ~ゼ~ン~ト~」


「あ~っ! 分かった、分かった!」


 根負けしたハインリーケは頷く。


「では、こうしよう。8月のわらわの誕生日にそなたが先にわらわに贈れ。そなたのプレゼントが的を射たものであり、かつ、わらわがそれを気に入れば倍返しにしてやろう」


「倍返し!? それは1フランが2フラン、2フランが4フラン、4フランが16フラン、16フランが256フランになるという!?」


「計算方式がおおむね都合の良いように間違ってるけど」


 イザベルが指摘する。


「……ともかく、ここでちょっと無理してでも高いプレゼントを渡せば、その倍の値段のものが帰ってくることだよねーーつまりこれって、資産倍増の願ってもないチャンスってこと!?」


 那佳の瞳が悪巧みにキラリと光る。


「言っておきますけど、大尉。お返ししたくないからって気に入ったのに気に入らなかった振りするの、なしですよ?」


「かような浅ましい真似はせぬ」


「だったらその話、乗った! 私、絶~っ対、大尉の誕生日までに喜んで貰えるもの探しますから!」


 完全にプレゼントは後で換金しようという腹の目つきである。


「お手並み拝見じゃ」


 これに対し、ハインリーケは余裕の笑みをたたえてみせた。


「ウィッチに二言はありませんね?」


「二言も三言もあるものか」


「……隊長、私たちもこのプレゼント合戦に参加しなくちゃいけないんですか?」


 マリアンがこっそりとジーナに耳打ちする。


「静観する」


 ジーナは澄ました顔でモンロー主義を決め込んだ。


「よおし! 黒田那佳資産倍増計画、イの8号作戦(オペレーション・バースディ)、発動!」


 那佳は右手を掲げ、高らかに宣言する。


「こうなったら、借金してでも高価なプレゼント、ゲットするぞ! 目標、1000フラン! お~っ!」


「あ、あのね、黒田さん。あんまりそういうことは良くないと思うん……だけど」

 ロザリーがやんわりと止めようとするが、その声は那佳の耳には届かない。


「で、提案です」


 絶妙のタイミングで、イザベルがトランプを出してきた。


「プレゼントの資金、少しここで増やしてみない?」


 カードをシャフルしながら、イザベルは誘うような上目遣いで那佳を見る。


「何か今日の私、ついてるような気がする」


 那佳はイザベルの正面に座った。


「……むふふふ」


 配られたカードを見て、ほくそ笑む那佳。


「さて」


 ジーナは立ち上がり、扉の方へと足を踏み出していた。


「隊長、帰るんですか?」


 きょとんとした顔で質問するマリアン。


「結果は見えた。破産した黒田中尉に無心される前に、通常任務に復帰する」


「え、無心? え、破産?」


 戸惑いながらも、マリアンはジーナの後を追うようにブリーフィング・ルームを後にした。


 1時間後。

 那佳のプレゼント購入予算は、当初の想定の1000分の1にまで減額されていた。

 有り体に言って、1フランである。


「天は我を見放した~っ!」


 那佳はカードとチップを放り出し、机に突っ伏した。

 A部隊の誰もが知っているが、那佳本人のみが知らない事実がひとつある。

 それはーー

 那佳のギャンブルの才能が幼稚園児、いや、原生動物以下、という事実。

 たとえ相手がイカサマをしてまで負けようとしても、決して負けることができない凶運の持ち主。

 それが黒田那佳なのだ。


「これで無用な浪費合戦(ポトラッチ)は避けられた、ということで」


 イザベルはカードを片づけながら、ハインリーケを見上げる。


「資産倍増、失敗かしら?」


 口元を押さえ、必死になって噴き出すのを堪えるロザリー。


「うう。策士、策に溺れるです」


 那佳は涙目だ。


「無策士、無策に溺れるじゃろう?」


 ハインリーケは容赦なかった。

 一足、いや、半年早く。

 那佳の財布には、極寒の冬がやってきていた。

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