第二章「回想の姫君」 第四話


 とうたちは村の外れにかくしておいた馬に乗り、山へと向かった。

 ハインリーケは荷車に乗せられたまま寝てしまい、目を覚ますと東の空が明るくなっていた。

 アジトは山の中腹の古い塩鉱山の跡らしかった。

 草で覆って隠してあった入口から、奥へと進む野盗の一行。

 ランプの明かりで照らし出された内側は、外見から想像するよりずっと広かった。

 荷車からぬすんだ穀物を降ろした野盗たちは、さつそく酒盛りだ。

 さかなは盗んできたばかりのチーズやソーセージ。

 ジョッキをテーブルに打ちつけながら、かたを組んで歌い出す連中もいる。

「悪かったな」

 親分はハインリーケの猿ぐつわを外した。逃げないように手と足は縛ったままである。

「悪かったで済めばウィッチはらぬわ」

 ハインリーケは親分を、そしてワイワイさわぐ野盗たちをにらむ。

「貧しい村から食料をかすめ取るなど、ずかしいと思わんのか?」

「盗まねえと、え死にだからなあ」

 野盗のひとりがしようする。

「俺たちだって、土地がありゃ耕すさ。かたみてえによ」

 もうひとりが肩をすくめた。

「牛を飼ってもいい」

「羊もな」

ぶたもだ、昔みたいに」

「ああ、昔みたいに」

 一同はビールをあおりながら語りだす。

「昔?」

 ハインリーケはビールのにおいと下手くそな歌に顔をしかめながら訊ねた。

「そなたら、以前は農民だったのか?」

「オギャアと生まれて、すぐに野盗になるやつなんかいねえって」

 鼻を赤くした野盗がウインクする。

「けどな、お嬢ちゃん。み〜んな、なくなっちまったんだ。いつさい合切、あとかたもなく」

「跡形も?」

「化け物に焼かれたんだ」

 事情を吞み込めないハインリーケに、親分が説明した。

かいとかいうやつのことさ。それに、軍にもな」

 別の男が付け加える。

「俺たちが暮らしていた土地は戦場になったんだ」

 親分は目の前に置かれたジョッキを一気に飲み干した。

「けどよぉ。地主はたんまりしようきんをもらったみてえだが、俺たちのふところにゃ1ペニーも入りゃしねえ」

 腹の出た赤毛の野盗が肩をすくめる。

「故郷をはなれ、悪事に悪事を重ねて流れ着いたのがこの豊かな土地って訳だ」

 と、また別のひとり。

「俺たちはごくあく非道な野盗じゃねえ。村が食うに困らねえだけのものは残してやってるんだ」

 親分は胸を張る。

「それにな、あの村は結構豊かだぜ? 俺たちが見てきた村の中じゃ、かなりマシな方だ」

「ま、まあ、父上が領主をしておるのだから、飢えさすことは当然ないのじゃが」

 ハインリーケはちょっとほこらしい気分になる。

「お前、まだお姫様の振りを続ける気か?」

 親分があきれ顔でハインリーケを見た。

「だから、わらわはしようしんしようめいのハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインじゃ!」

 ハインリーケはほおふくらませる。

「……もう一度言ってみろ」

 親分はハインリーケに命じた。

「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインじゃ!」

「もう一度」

「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン!」


「…………」


 親分はまゆひそめ、ちょっと考えてから部下たちの方をり返る。

「おい。こいつ、本物かも知れねえ」

「モノホンのおひめさんだって? まさか?」

 ビールのあわを口の周りにつけた部下が笑い出した。

「本物じゃなきゃ、あんな長ったらしくてうそっぽい名前をちがえずに三度もり返せるか? ハインリーケ……ハインリーケ・プリンが何たらこうたらっていう?」

 親分は名前を繰り返しかけ、ちゆうあきらめる。

「てこたあ?」

「!」

 部下たちはちんもくし、いつせいにハインリーケに注目した。

「……俺たちゃこれでゆうかい犯だぜ」

 親分は頭をかかえた。

 誘拐は、せつとうと比べるとかなりの重罪である。

 窃盗犯なら、警察に追われるのは罪をおかしたその地域だけだが、誘拐犯となると全国指名手配だ。

「ひ〜っ!」

「噓だろ!」

「誘拐なんて、悪党がすることだってのに!」

 男たちはとつぜん、オロオロし始めた。

「ど、どうする!? 警察サツが本気で追ってくるぜ!」

「やべえ、これはかなりやべえ!」

「は、早く別の土地に逃げねえと!」

 中には荷造りを始める者までいる。

「まあ待て!」

 親分が一同を制した。

 親分はこう見えて人望があるのか、部下たちのどうようはさっと収まる。

「どうせここまで来ちまったんだ。領主様からみのしろ金をたんまり頂くってのはどうだ?」

「じょ、じようだんだろ!」

「危ないって!」

 部下たちはふるえ上がった。

「なあ、お前の親父おやじさん、お前のためにいくらはらう?」

 親分はハインリーケにたずねた。

「野盗とはこうしようせぬ。ウィトゲンシュタイン家の父祖がオラーシャに暮らしておった頃からの伝統じゃ」

 ハインリーケは首を横に振った。

ずいぶんしいこった」

 親分は鼻で笑う。

「けどなあ、父親の愛情はそんなもんじゃねえ。むすめの身のためなら金なんざ喜んで払うさ」

「そなたは高貴なる義務、という言葉を知っておるか?」

 ハインリーケは親分を見上げ、逆に訊ねる。

「あいにく、俺は高貴じゃねえんでね」

 今度は親分が首を横に振った。

「では、きんちようせい。高貴なる義務とは、力なき、弱き者を守ること。そして──」

「そして?」

「悪には決してくつせぬことじゃ! わらわにそう教えてくれたのは父上じゃ! その父上がお前らに屈するものか!」

「……では、こうしよう」

 目を細めた親分は、眼鏡をかけた部下を呼び寄せ、何事かささやいた。

 眼鏡の部下はテーブルの上に紙を広げ、しよくだいを引き寄せてペンをすべらせ始める。

 どうやら、読み書きができるのはこの男だけのようだ。

「これからお前のしきに手紙を送る。どっちの言い分が正しいか、すぐに分かるさ」

 眼鏡の男から書き上がった書状をわたされた親分は、それをていねいに折りたたみながらハインリーケに告げた。


    *   *   *


 荷車の上ではせいぜい1時間しかすいみんを取れなかったハインリーケは、わらのベッドでかされた。まだ午前中のはずだが、つかれていたせいかぐっすりとねむることができた。

「起きたか?」

 目を覚ますと親分が豆スープの皿とライ麦パン、それにミルクのカップを持ってやってきた。

 どうやら、おそい朝食のようだ。

しばられたままでは食することはできぬ」

 体を起こしたハインリーケは、欠伸あくびをしながら不平を口にした。

めんどうくせえが、大切なひとじちだからな」

 親分はライ麦パンを千切って、ハインリーケの口に押し込んだ。

「うまいか?」

不味まずい。シュトレンはないのか?」

 ハインリーケはボソボソしたパンをみながら答える。

「ねえよ、んなもん」

 親分は豆スープのスプーンを口に運んだ。

 ハインリーケの好みよりはだいぶ塩味がきついが、ともかく、パンを胃に流し込むことができる。

「村を焼かれたと言っておったが、家族は?」

 パンをみ込んだハインリーケはふと、訊ねた。

「……化け物の光線が家をちよくげきした時、みんな中にいた」

 親分はもう一度スープをスプーンですくう。

いつしゆんだったからな。苦しまなかったたぁ思うぜ」

「済まぬ。悪いことを聞いた」

 ハインリーケは目をせた。

 いつもウィッチのはなばなしいかつやくの話に心をおどらせ、いつか自分もとあこがれてはいた。

 だが今まで、その戦いのかげで失われる命に思いをせたことはなかったのだ。

「昔のこったからな」

 スープが少しずつ、ハインリーケの口に注がれた。

息子むすこは生きてりゃ、お前と同じぐらいの歳だ」

 親分はスプーンを置くと、胸に下げていたペンダントを手に取り、ロケットを開いた。

 ロケットにはセピア色の写真が入っていて、写真の中では赤んぼうを抱えた女性が微笑ほほえんでいた。

(そうか。この者たちこそが)

 高貴なる義務。

 ハインリーケは、その真の意味をこの時初めてさとった。

 そう。

 彼らこそが、自分を守るすべを持たない弱き人々。

 ハインリーケたち貴族が、守るべき義務を背負った人たちなのだ。

「こいつらが生きてりゃ、別の生き方も考えたかも知れねえがね」

 親分はロケットを閉じる。

「こいつらといつしよに、俺の中の何かも死んじまったんだ」

「きっとかたきは取る」

 ハインリーケはひとみなみだめてちかった。

「わらわがいつか、かいどもをこのカールスラントから消し去ってやるから」

たのみますぜ、姫」

 親分はペンダントを大切そうにい、ミルクのカップをハインリーケの口元に運んだ。



「来ましたぜ!」

 夕方近くになって、アジトの入口を見張っていた部下がハインリーケと親分のいるところにけてきた。

「ご領主様はひとりか?」

 親分が、あおい顔の部下に訊ねる。

「とんでもねえ! 警察サツだか、軍だかそれとも自警団だか分からねえが、武装した連中を山ほど連れてきてますぜ!」

「父上にここに身代金を運ぶようにきようはくしたのか? そなたも意外とかしこくないのう」

 ハインリーケは親分を見て鼻を鳴らした。

「ああ。俺のがねちがいだったようだ。お前のためなら、俺たちの言うことに従うとんだんだがな」

 親分はハインリーケを立たせると、入口の方に連れてゆく。

 かくとびらすきからのぞいてみると、確かに父と、制服姿の警官たちがこのアジトを遠巻きにしている。

「お、父上じゃ! 父うっ!」

 父に呼びかけようとしたハインリーケの口を親分が手でふさいだ。

「姫さん、お前さんの勝ちだ。貴族様は身内よりも法律や規律が大事と来た」

 親分は皮肉げなみをかべる。

「どうすんです、親分?」

 部下たちが親分を囲んだ。

あわてんな。食料も武器もたんまりある。となりゃあ、守っている俺たちの方が有利だ」

「確かにのう」

 ハインリーケもうなずく。

 しろめには、守りの三倍の兵力が必要だとはよく言われている話だ。

「もうすぐ日が暮れる。げ出すすきができるのを待つぜ。こっちにはひめ様がいる。領主様が気にするなと言っても、警察はそうそうかつに手は出せめえ」

「さあすが、親分」

 部下たちは、ホッとしたように表情をゆるめた。

 と、その時。

「お前たちの手紙は見た!」

 アジトのとうたちに呼びかける、父の声が聞こえてきた。

「だが、身代金は渡せないし、お前たちを逃がすこともできない!」

 父よりやや下がった位置にいる警官たちのじゆうは、みな、ピタリとアジトの扉に向けられている。

「娘が大事じゃねえのかよ!? え、領主様!?」

 親分がき捨てるように返す。

「ずいぶんとご立派なこった!」

「私には高貴なる者として、このきんりんの村々の安全を守る義務がある! だから、犯罪者には屈しないという原則は守らねばならない! だが、もし娘の身に何かあれば、この命でつぐなうとしよう! お前たち全員をらえた後でな!」

 父はそう告げた後で静かに付け加えた。

「ハインリーケ、お前は私のほこりだ」

「父上……」

 ハインリーケはくちびるを嚙む。

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