第二章「回想の姫君」 第四話
ハインリーケは荷車に乗せられたまま寝てしまい、目を覚ますと東の空が明るくなっていた。
アジトは山の中腹の古い塩鉱山の跡らしかった。
草で覆って隠してあった入口から、奥へと進む野盗の一行。
ランプの明かりで照らし出された内側は、外見から想像するよりずっと広かった。
荷車から
ジョッキをテーブルに打ちつけながら、
「悪かったな」
親分はハインリーケの猿ぐつわを外した。逃げないように手と足は縛ったままである。
「悪かったで済めばウィッチは
ハインリーケは親分を、そしてワイワイ
「貧しい村から食料をかすめ取るなど、
「盗まねえと、
野盗のひとりが
「俺たちだって、土地がありゃ耕すさ。
もうひとりが肩をすくめた。
「牛を飼ってもいい」
「羊もな」
「
「ああ、昔みたいに」
一同はビールを
「昔?」
ハインリーケはビールの
「そなたら、以前は農民だったのか?」
「オギャアと生まれて、すぐに野盗になる
鼻を赤くした野盗がウインクする。
「けどな、お嬢ちゃん。み〜んな、なくなっちまったんだ。
「跡形も?」
「化け物に焼かれたんだ」
事情を吞み込めないハインリーケに、親分が説明した。
「
別の男が付け加える。
「俺たちが暮らしていた土地は戦場になったんだ」
親分は目の前に置かれたジョッキを一気に飲み干した。
「けどよぉ。地主はたんまり
腹の出た赤毛の野盗が肩をすくめる。
「故郷を
と、また別のひとり。
「俺たちは
親分は胸を張る。
「それにな、あの村は結構豊かだぜ? 俺たちが見てきた村の中じゃ、かなりマシな方だ」
「ま、まあ、父上が領主をしておるのだから、飢えさすことは当然ないのじゃが」
ハインリーケはちょっと
「お前、まだお姫様の振りを続ける気か?」
親分が
「だから、わらわは
ハインリーケは
「……もう一度言ってみろ」
親分はハインリーケに命じた。
「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインじゃ!」
「もう一度」
「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン!」
「…………」
親分は
「おい。こいつ、本物かも知れねえ」
「モノホンのお
ビールの
「本物じゃなきゃ、あんな長ったらしくて
親分は名前を繰り返しかけ、
「てこたあ?」
「!」
部下たちは
「……俺たちゃこれで
親分は頭を
誘拐は、
窃盗犯なら、警察に追われるのは罪を
「ひ〜っ!」
「噓だろ!」
「誘拐なんて、悪党がすることだってのに!」
男たちは
「ど、どうする!?
「やべえ、これはかなりやべえ!」
「は、早く別の土地に逃げねえと!」
中には荷造りを始める者までいる。
「まあ待て!」
親分が一同を制した。
親分はこう見えて人望があるのか、部下たちの
「どうせここまで来ちまったんだ。領主様から
「じょ、
「危ないって!」
部下たちは
「なあ、お前の
親分はハインリーケに
「野盗とは
ハインリーケは首を横に振った。
「
親分は鼻で笑う。
「けどなあ、父親の愛情はそんなもんじゃねえ。
「そなたは高貴なる義務、という言葉を知っておるか?」
ハインリーケは親分を見上げ、逆に訊ねる。
「あいにく、俺は高貴じゃねえんでね」
今度は親分が首を横に振った。
「では、
「そして?」
「悪には決して
「……では、こうしよう」
目を細めた親分は、眼鏡をかけた部下を呼び寄せ、何事か
眼鏡の部下はテーブルの上に紙を広げ、
どうやら、読み書きができるのはこの男だけのようだ。
「これからお前の
眼鏡の男から書き上がった書状を
* * *
荷車の上ではせいぜい1時間しか
「起きたか?」
目を覚ますと親分が豆スープの皿とライ麦パン、それにミルクのカップを持ってやってきた。
どうやら、
「
体を起こしたハインリーケは、
「
親分はライ麦パンを千切って、ハインリーケの口に押し込んだ。
「うまいか?」
「
ハインリーケはボソボソしたパンを
「ねえよ、んなもん」
親分は豆スープのスプーンを口に運んだ。
ハインリーケの好みよりはだいぶ塩味がきついが、ともかく、パンを胃に流し込むことができる。
「村を焼かれたと言っておったが、家族は?」
パンを
「……化け物の光線が家を
親分はもう一度スープをスプーンですくう。
「
「済まぬ。悪いことを聞いた」
ハインリーケは目を
いつもウィッチの
だが今まで、その戦いの
「昔のこったからな」
スープが少しずつ、ハインリーケの口に注がれた。
「
親分はスプーンを置くと、胸に下げていたペンダントを手に取り、ロケットを開いた。
ロケットにはセピア色の写真が入っていて、写真の中では赤ん
(そうか。この者たちこそが)
高貴なる義務。
ハインリーケは、その真の意味をこの時初めて
そう。
彼らこそが、自分を守る
ハインリーケたち貴族が、守るべき義務を背負った人たちなのだ。
「こいつらが生きてりゃ、別の生き方も考えたかも知れねえがね」
親分はロケットを閉じる。
「こいつらと
「きっと
ハインリーケは
「わらわがいつか、
「
親分はペンダントを大切そうに
「来ましたぜ!」
夕方近くになって、アジトの入口を見張っていた部下がハインリーケと親分のいるところに
「ご領主様はひとりか?」
親分が、
「とんでもねえ!
「父上にここに身代金を運ぶように
ハインリーケは親分を見て鼻を鳴らした。
「ああ。俺の
親分はハインリーケを立たせると、入口の方に連れてゆく。
「お、父上じゃ! 父うっ!」
父に呼びかけようとしたハインリーケの口を親分が手で
「姫さん、お前さんの勝ちだ。貴族様は身内よりも法律や規律が大事と来た」
親分は皮肉げな
「どうすんです、親分?」
部下たちが親分を囲んだ。
「
「確かにのう」
ハインリーケも
「もうすぐ日が暮れる。
「さあすが、親分」
部下たちは、ホッとしたように表情を
と、その時。
「お前たちの手紙は見た!」
アジトの
「だが、身代金は渡せないし、お前たちを逃がすこともできない!」
父よりやや下がった位置にいる警官たちの
「娘が大事じゃねえのかよ!? え、領主様!?」
親分が
「ずいぶんとご立派なこった!」
「私には高貴なる者として、この
父はそう告げた後で静かに付け加えた。
「ハインリーケ、お前は私の
「父上……」
ハインリーケは
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