第二章「回想の姫君」 第三話
ハインリーケの
「先手必勝じゃ」
とっくにベッドに入っていなければならないはずの少女は、
調査隊が
ならば、今夜中にベートを
「今夜の
すでに自伝のタイトルまで決めているハインリーケは、
そのナイフでシーツを
シーツにぶら下がって窓を
ここまでは計算通りである。
だが。
「……むう」
垂らしたシーツの長さは、地上に無事に下りるには2メートルほど足らなかった。
ハインリーケはちょうど、
ぎりぎりまで端を
そして、その書斎では父が何か書き物をしている。
羽根ペンを使っているところをみると、公文書の作成だろう。
ちょっと顔を上げれば、無様にぶら下がっている姿が丸見えである。
見つかったら、まず外出禁止三日は固いところだ。
(い、いかん! このままでは志半ばにして
志半ばどころか、
「ええい、ままよ!」
ハインリーケは手を
「い、いひゃい」
何とか立ち上がったハインリーケは、
物音に気がついた父が、窓の近くにやってくる。
「とととととっ!」
ハインリーケは
「……
父はいったん窓を開けかけたが、
ハインリーケはドキドキする胸を押さえながら、
庭を横断してしまうと、二階から下りるより門を脱出する方がハインリーケにとっては楽だった。
まだ
「通り抜けられてもあまり
つぶやきながら、とにかく屋敷からの脱出に成功したハインリーケは、まず狩猟小屋へと向かった。
「確か、ここに……」
夏の狩猟シーズンにはよく使われるこの小屋の前に、森番がいつも村との往復に使う自転車を置いているのを知っていたのだ。
ハインリーケは森番が寝ているのを確認してからちょっと
サドルに座るとペダルに足が届かないので立ち乗りである。
街灯などあるべくもない道なので、
自転車を
ベートを
ハインリーケは、周囲を
そして、さらに1時間が経過した頃。
ベートが村に姿を現した。
* * *
「うわ、ほんとにいたんだ、ベート!」
那佳は
「いい人だね、黒田
イザベルが半分
「ああ、同感だ」
コーヒーカップを手に
「え? 何で?
那佳は不思議そうに二人を見る。
「映画?」
その那佳を、同じように不思議そうな目で見たのがハインリーケだ。
「あれ? 知りません? ロン・チェイニー・Jrの『
「知らぬ」
ずいぶん前に、カールスラント表現主義の
以来、
「人間が狼に変身して村人を
そう説明して
那佳はぐっすりだったが、
「とにかくじゃ。わらわが張り込んでいると、黒い
ハインリーケは話を続けた。
* * *
ドガッ!
黒い巨大な
(よし! 今こそ、我が
ハインリーケが狩猟用ナイフを手に、飛び出そうとしたその時。
「……おい、見張りは
「ああ」
ベートが人間の声を発した。
いや、正確に言うと、ベートらしき大きな黒い毛皮の
「いい加減、この皮、
「そうだな」
ベートの毛皮がズルリと地面に
「な、な、な、な、何じゃ、あれは!?」
ハインリーケはずっこけた。
ベートの正体。
それは、大きな
中に隠れていた五、六人ほどの男が勢いよくその荷車を押して、見張りを
「
思わず
「がっかりじゃ! わらわはこんなにがっかりしたのは生まれて初めてじゃ!」
すると、当然。
「ん?」
「親分、あそこに変な
「
「捕まえろ」
男たちは気がついてハインリーケのところに
「何だ、このガキは?」
親分と呼ばれた
「放せ、無礼者! わらわを
「それはそれは」
親分は、下半分が黒い
「おい、このおチビちゃん、ご領主様の尊い
これを聞いて
「お
「どう見ても貴族って
「アホ丸出し」
「気品のかけらもねえ」
「こいつが
「じゃあ、俺はリベリオンの大統領〜!」
村人たちを起こさないように声をひそめながらも、男たちは口々に言いたいことを並べ立てた。
「お、おにょれ〜!」
「よくもわらわをアホ呼ばわりしおったな! 貴様の方がよっぽどアホ顔じゃ!」
「どうしやす、親分? 見られちまいましたが?」
部下のひとりが、親分に
「ともかく、仕事を済ませるぜ。考えんのはそれからだ」
「よせ!
親分は部下に合図してから、ハインリーケに
部下は
(こうやってベートの
穀物倉庫の扉が開かれるまで、ほんの数分。
なかなか
保管されていた小麦やライ麦の
ベートが引きちぎったように見せるためだろう。
「よし。引き際だ」
倉庫の食料品の三分の一ほどを荷車に積み終わったところで、親分が部下に引き上げるように手で合図をした。
「早いとことんずら、といきたいんですが……」
部下のひとりが、地面でのたうつハインリーケに視線を落とす。
「
「
もうひとりが、ゴクリと
「ひほほほほひへへひへひほうほうほうふへふは! はふへは、ひへひはへははふへふひへはほふほ!(
ハインリーケはわめくが、その言わんとするところは猿ぐつわのおかげで全く伝わらない。
「子供を殺すのはなあ」
「俺らもそれはやめた方がいいって思いますぜ?」
「なら、どうすんだ?」
顔を見合わせ、考え込む部下たち。
「ははは、ほほへほひっへほほふひ!(だから、解けといっておろうに!)」
……やっぱり伝わらない。
「
親分は頭を搔いた。
さっきの見張りの若者がいつ目を覚ますかも分からないし、交代の見張りが現れてもいい
「アジトに連れて帰りますか? このニセ姫をどうするかは、あっちで考えるってことで」
やや年長で、子供がいそうな男が提案する。
「ああ、そうだな」
親分は頷くと、ハインリーケをひょいと
「ほほほふははふはひ、はふほほふひふふほはっ!(このような
こうして。
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