第二章「回想の姫君」 第二話
馬車が村に着くと、住民のほとんどが外に出て、どこかに向かおうとしていた。
どうやら集会場を
「何じゃ?
馬車からピョンと降りたハインリーケは、村人たちに近づく。
すると。
「おお、
「姫様が来てくださるとは!」
村人たちはハインリーケを囲んだ。
「私たちの苦境を知った領主様の、名代としていらっしゃったのですね?」
代表らしき中年の村人が、感謝の余りに
「ま、まあな」
この
「これで今月は三回目です!」
「このままでは地代も納められません!」
「どうか、対策を!」
村人たちは口々に訴えた。
「ともかく」
「
ハインリーケは村人たちとともに、
席は二十ほどだが、集会場としても使われるので村人全員を収容できる広さがある。
こうした店では良くあるように、オーブンを兼ねた暖炉の上の
奥のテーブルには、いつもポーカーをやっている二人組がいる。
以前来た時、この二人のプレイする様子を見て、ハインリーケは30分ほどで、ポーカーのルールを覚えた。
屋敷でメイドや
「で?」
一同の顔が見えるように、カウンターによじ登って座ったハインリーケは
「
「実は」
顔を見合わせた村人たちが語ったところでは──。
ここ半月ほどの間に三回、村の
深夜のこと、それも
無論、
「現場には、
頭は反射鏡なみに
「ベート、とな?」
ハインリーケは
「はい」
故老が重々しく頷く。
「ジェヴォーダンのベート。あの
ジェヴォーダンのベート。
それは、18世紀後半、ガリアで起きた血と
1764年、ガリアのジェヴォーダンを中心とする村々で、少女や羊飼いの少年が立て続けに殺される事件が起きた。
子供たちはみな、腹や
目撃者の語るところでは、襲ったのは
村人たちはこれを
領主が
増え続ける
王は
国王はついに名高い
その後もベートはガリアを恐怖に
ジェヴォーダンからふっつりと姿を消したのは、一年近く
「ふむ」
話を聞き終わったハインリーケはカウンターからピョンと飛び降りると、熟考するように村人たちに背を向けた。
(これは初陣を飾る絶好の機会!)
無論、恐怖からではない。
扶桑でいう、
「
「……姫様が、ですか? 領主様ではなく?」
きょとんとした顔になる村の古老。
「見くびるではない」
ハインリーケは
「スペードのA!」
小さな
引き金を
球形の
「どわっ!」
ひらひらと宙を
ポーカーの手札は通常、五枚であるにも
「二枚目のな」
ハインリーケは地面に落ちた二枚のカードを拾い上げた。
一枚は穴が開いたスペードのA。
もう一枚は穴が開いていないスペードのAだ。
「Aが二枚!? て、てめえ、イカサマやりやがったな!」
「気づかねえてめえが
「道理でハートのKを三枚持ってても勝てねえ訳だ!」
「おめえもイカサマ
カード仲間の二人は、つかみ合いの
この様子に、
だが、少しして。
「さ、
「ベートの
「姫様、万歳!」
一同は
その夜。
「その件については、村の分署と合同で調査団を派遣することになっているよ」
ハインリーケがベートの話を夕食の席で持ち出すと、父はすでに知っていたらしく頷いた。
「怪物と戦うのじゃな!」
「ハインリーケ、今は中世ではないんだ。私は本当に怪物が出たとは思っていない」
父は
「怪物よりも
「あなた、もう少し教育に
父のシニカルな意見に母が眉を顰める。
「
ハインリーケは
だが。
「お前は留守番だよ」
父は冷や水を浴びせた。──これも当然ながら比喩的な意味でだ。
「ど、ど、ど、どうしてじゃ!」
ハインリーケはおもちゃを
「調査は真夜中。子供は
「じゃが、高貴なる義務は!?」
「9時までに寝る。それが八歳の女の子の義務だよ」
父は
「わ、わらわは
調査隊の一員になりたいハインリーケは必死だ。
「これ以上この話題を続けるなら、ベッドに行く時間を30分早めますよ」
優しく見えるこの母、実は父よりもず〜っとハインリーケに厳しかった。
「うう、横暴じゃ」
「1時間早めます」
「……ごめんなさい」
ハインリーケは全面
* * *
「へえ〜、
那佳はまたも口を
「この話の流れで、どうしてそこに引っかかるのじゃ!?」
声を
「いや〜、うちと同じだな〜って」
那佳は頭を
「母さん、
「そ、それほどか?」
これにはハインリーケも
「
「そなたの母はオペラ歌手か?」
ハインリーケは首を
扶桑の住宅事情を知らないので、他家まで声が届くという光景が想像できないのだ。
ハインリーケは怒鳴られることはなかったが、体を使う遊びが好きな子だったので、外出禁止はかなり
部屋から一歩も出ることを許されず、
食事もメイドがひとり付くだけなのだ。
もっとも、その自室が那佳の家全体と同じくらいの広さであることをハインリーケは自覚していない。
「あ、でも一応言っておきますけど、優しいこともあるんですよ。私が
「そうか……そうじゃな、それが母というものかも知れぬ。子を心配すればこそ、
ハインリーケは目を細める。
「で、続きは?」
那佳は先を
「その夜
ハインリーケは
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