インターミッション


「やっと見つかった〜!」


 ちゆうけい地パ・ド・カレーを後にして、どこまでも続くかに見える森の上を飛ぶこと数時間。

 おやつとして持ってきたマカロンを食べくした頃、くろくに中尉の視界にようやく基地らしいせつが入ってきた。


「おなか空いた〜!」


 マカロンのへんを口のまわりにつけたまま、ふらふらになってかつそうに降下した那佳は、あたふたする整備班員にゆうどうされて着地した。


「ありがとう! これ、お願いします!」


 ストライカーユニットを預けた那佳は格納庫に入って、あたりをわたすと、一番近くにいたウィッチらしき少女に声をかける。


「あの〜、ここって506JFWの基地でいいんですよね?」


「そうだよ」


 きんぱつかたのところで二つに分けて束ねた、勝ち気そうな少女がガムをみながらポケットに手をっ込んだまま答える。


「今度、この基地に配属になった黒田那佳中尉です! どうぞよろしく!」


 那佳は背筋をばして敬礼する。


「え、新人さん? 聞いてないよ」


 少女は目を丸くして、隊長しつ室の方向に目をやる。


「もしかして、隊長のサプライズかな?」


「サプライズはないと思いますよ。かんげいかいの準備もありますし」


 そう言いながら近寄ってきたのは、せいふんただようブラウンのかみの大人しそうな少女である。


「じゃあ、ジェニファー聞いてる?」


 金髪の方がブラウンの髪に訊ねた。


「いいえ」


 ジェニファーと呼ばれた少女はかぶりってから那佳の方に向き直り、小さくてやわらかそうな手を差し出す。


「初めまして。ジェニファー・J・デ・ブランク大尉です」


「こ、これはどうもごていねいに」


 那佳は差し出された手をぎこちなく握り返した。


「私はカーラ・J・ルクシック。中尉だよ」


 最初の金髪の少女が、ニッと白い歯を見せて名乗る。

 と、そこに。

 心ここにあらずといった表情のダークブラウンの髪の少女が、理知的でじようそうな顔立ちの金髪の少女と共にやってきた。


「ども!」


 那佳は二人にもペコリと頭を下げる。


「隊員の増強があるという知らせは来ていないんだが……ま、いいか」


 ダークブラウンの髪のウィッチが肩をすくめた。


「私はジーナ・プレディちゆう。一応隊長。で、こちらがマリアン・E・カール大尉」


「よろしく。マリアンでいい」


 マリアンはグッと力いっぱい手を握る。


「こちらこそ」


 と、那佳も負けずににぎり返す。


「この二人とは自己しようかいが終わっているんだな」


 ジーナはジェニファーたちをいちべつした。


「念のため、かくにんしてくる」


 ジーナは頭をきながら、執務室に向かった。


 数分後。


「やっぱり、そういうことですか?」


 ジーナは受話器を握ったまま、ああという感じで軽くうなずいていた。電話の相手はロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ。第506統合せんとう航空団めい隊長である。


『よかった、見つかって。行方ゆくえ不明ということでそうさく隊を出そうかと思っていたところだったの。彼女もつかれているでしょうから、ストライカーユニットの整備をねて、そちらで数日、預かってもらえない?』


「黒田中尉にこちらのじようきようをよく知ってもらった上で、そちらとのけ橋の役を務めてもらおうということですか?」


 ジーナはすぐにロザリーの意図を読み取った。セダンのA部隊とここディジョンのB部隊。二つは同じ506でありながら、関係は良好とは言えない。ロザリーはあわよくば那佳をかんしようざいにするつもりなのだ。


『うまくいくかもと思っちゃうのは楽観的すぎるかしら?』


「私も黒田中尉には興味があります。引き受けましょう」


『ありがとう、助かるわ』


 電話が切れると、ジーナは那佳とほかのウィッチたちがだんしようするひかえしつに向かった。


「黒田中尉」


 ジーナはミルクティーのカップを手にくつろいでいる那佳に声をかける。


「念のために確認を取った。君のかんちがいだ」


「勘……違いって?」


 那佳はきょとんとした顔になる。


「君が配属されたのはセダン。このディジョンではない」


「え〜っ! だって、ここ506JFWの──」


「第506統合戦闘航空団にはA部隊とB部隊がある。このディジョンはB部隊の基地。君は本来、Aに向かうはずだった」


「貴族様か」


 今までがおを那佳に向けていたマリアンが、急によそよそしくなった。


「そっか〜」


 那佳はここに来るちゆう、干し草を積んだトラックのおじさんに506の基地はどっちの方かとたずね、こちらに飛んできたのだ。


「まさか、同じ部隊が二つあるなんて」


「同じじゃないよ」


 カーラが頭を振る。


「あっちはくさった貴族様の集まり。こっちは気ままで自由なやつらのたまり場さ」


「おえらい貴族様にこの基地は、さぞ心地ごこちが悪かったろうな」


 マリアンが、今まで那佳と打ち解けようとしていたのをじるかのように皮肉を口にした。

 だが。


「あははははははっ、まっさか〜!」


「お前──」


 那佳が笑い飛ばしたので、マリアンはひようけしたような表情になる。


「貴族っていったって、名前だけ。そうだけが貴族を──あ、扶桑だとぞくって言うんですけど、それを出せないとていさいが悪いっていうんで、分家のはじっこの端っこだった私を養女にして送り込んだんですよ〜。お偉い貴族なんて言われると、むずがゆいっていうか、恥ずかし〜っていうか」


 那佳は頭を搔く。


「調子がくるいますね、マリアン」


 クスリと笑ったジェニファーが、マリアンの顔をのぞき込む。


「……ふん」


 マリアンはそっぽを向いた。


「まあ、長旅の疲れもあるだろうから、二、三日休んでからあっちに向かうといい」


 ジーナが那佳に告げる。


「ありがとうございます! 喜んでそうさせてもらいます!」


 那佳はおをすると、カーラたちにも笑顔を向けた。


「その間、いろいろ教えてね」


「おっおう、任せとけ〜」


 カーラがドンと自分の胸をたたいてむせる。


「はい」


 と、ジェニファー。


「ふん」


 マリアンはもう一度そっぽを向いた。


 30分後。


「あ、あのさ〜。何をうろうろしてるんだ?」


 格納庫のハンガー付近でうろうろしていた那佳を見つけ、カーラが声をかけた。


「何かお手伝いしようかな〜って」


 那佳は答える。


「お給料もらってるんだから、その分はキッチリ働かないと」


「働かないで給料もらえたら、そっちの方が良くないか?」


 カーラは不思議そうに首をかしげた。


「なんか、そういうのなんですよね」


 那佳はうでみをして考え込む。


「職人気質かたぎっていうか、じっちゃんのせいかなあ? お金はキッチリ貰うけど、仕事もきっちりやれって教わってきたから」


「ほんと、貴族っぽくないよなあ」


 カーラはき出し、自分が手にしていたコーラのびんを那佳にわたした。


「おいし!」


 一口それを飲んだ那佳は目を丸くする。


「ソーダ水っぽいけど、もっとくせになりそうな味!」


「そ、そうか!?」


 まるで自分がめられたかのようにカーラの顔がパッと明るくなった。


「こっちに来いって!」


「っとととと!」


 カーラは那佳の手を取って控室に向かった。


「わ、私まで」


 カードを配られたジェニファーはまどいの色をかくせなかった。

 控室では、那佳とカーラにジェニファーを加えた三人でポーカー大会が始まったのだ。


「二人じゃ盛り上がらないだろ? マリンコはあの調子だし」


 カーラは自分の手札をにらみ、チップを何枚出そうかしんけんなやんでいる。

 三人から少しはなれたソファーでは、マリアンが雑誌を手に、まるで那佳などいないかのようにっていた。


「ほんとにマリアンさん、貴族がきらいみたいだね。A部隊って、そんなにいやな感じの人ばかりなの?」


 那佳は声をひそめてジェニファーにたずねる。


「ど、どうでしょう? 向こうの方たちとはあんまりお話する機会はなくって」


 人の悪口にはえんがないジェニファーは首を横に振りながらカードを二枚取りえる。


「それじゃ、嫌な人たちかどうかなんて、分からないじゃないですか?」


 那佳はハートのAを残し、他四枚をすべて取り替えた。


「うちのめい、あ、姪っていっても本当は遠いしんせきで、養女に行った先のおじようさんなんですけど、最初は意地悪されてこいつめって思ったんですけど、よく話してみたら、悪い子じゃないって分かって」


「……黒田さんってやさしい人なんですね」


 ジェニファーはそう微笑ほほえんでからマリアンの方にチラリと目をやる。


「分かってる」


 雑誌に熱心に目を通す振りをしていたマリアンは、わざとらしく背中を向けた。


「……けど、貴族は貴族。受け入れられるほど、人間が出来ちゃいないんだろうな」


「マリアン……」


 ジェニファーの声がしずむ。

 と、その時。


「あ!」


 那佳が重い空気を振りはらうかのようにとんきような声を上げた。


「私、勝ったかも!」


 来たカードのうち、最初の二枚はクラブの4とダイヤの6。だが、残りはスペードのAとダイヤのAだった。


「ねねね、これ勝ち? 勝ちだよね!?」


 那佳は興奮してみんなにスリーカードとなった手札を見せる。


「相手に見せてどうすんだよ」


「……おります」


 こうして。

 那佳はビギナーズ・ラック、いつかくせんきんのチャンスを失ったのだった。


 二日後。

 ストライカーユニットの整備も終わってセダンに旅立つ那佳をB部隊のウィッチたちは見送りに出ていた。

 とはいえ。


「ウィトゲンシュタインたいは難物だぞ。あっちに行ったらかくするんだな」


 マリアンは相変わらず素っ気ない。


「うん。ありがとう!」


 マリアンは答えずにそっぽを向くと、早く行けと言うように手を振った。


「ごめんね、あんな態度だけど──」


 代わりに謝るのはやっぱりジェニファーだ。


だいじよう、分かってるから。ばっちゃんが言ってたもん、あいがない人ほどほんとは優しいって!」


「じゃあ、私はどうなるんだよ?」


 愛想がいいにもほどがあるカーラがからかう。


「カーラはカーラ。表裏ないでしょ?」


「黒田ちゆう、こっちにいて欲しいよ〜! な、今からあっちは断れ!」


 カーラは思わず那佳にきついていた。


「中尉の一存でそんなことができる訳ないでしょう?」


 ジェニファーがため息をらす。


「……これ、せんべつな」


 カーラはカンバス地のかたけバッグを那佳に渡した。


「コーラ、こんなに」


 中を覗いた那佳は息をむ。バッグの中身は、カーラが愛してやまないコーラの瓶が半ダースだった。

 こうして、黒田那佳は本来の所属部隊の基地であるセダンに旅立った。


 そして。

 ジェニファーの足元には、コーラのバッグをかたけた際にひょいと置いた、那佳の全財産を入れたざつのうがあった。

 ──この後、那佳が忘れ物に気がつき、すぐにディジョンに引き返してB部隊の一同をあきれさせたことは、公式の記録からは消去されている。


 しばらくして。


「来るのは今日でしたね」


 A部隊所属のベルギカ貴族ウィッチ、イザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデールは、先ほどから時計と南東の空をこうに見ていた。


「使い者にならないようなら、Bに追い返せばよい」


 長いきんぱつをなびかせ、腕組みをしたハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインは不敵に笑う。


「返品ですか?」


 イザベルは振り返る。


「おそらく、そうなろうな。何しろ基地をちがえるうつけ者じゃ」


 やがて。

 空にポツリと那佳の姿が見えてきた。

 ハインリーケは着陸してくる那佳の前に歩み出る。


「黒田中尉じゃな」


 ハインリーケはゆっくりと自分の方に近づいてくる那佳に声をかけた。


「あ、はい! 黒田那佳、扶桑陸軍中尉でありま……す!」


 停止直前で敬礼しようとしたものだから、那佳はつんのめってひっくり返りそうになった。


(こ、こやつ、わらわを鹿にしておるのか?)


 その様子を見て、ハインリーケの顔に不快そうな表情がかぶ。


「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン。カールスラント空軍大尉。506のせんとう隊長をやっておる」


 ハインリーケはれいとう貯蔵庫から出してきたばかりのような声で名乗った。


(この人があの?)


 と、那佳の目が丸くなる。

 ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン。

 一度、いや、十回聞いても那佳には覚えられそうにない名前である。


(プリンさんとか、プリン大尉って略したら、絶対しかられるよね?)


 那佳はきんしんなことを考える。


「ウィトゲンシュタインでよい。こちらだ、グリュンネしようが待っておられる」


 ハインリーケはロザリーのしつ室の方を視線で示した。


「……戦闘隊長さんがわざわざおむかえに?」


 ふと、気になって那佳は聞いた。


「基地を間違えてようようと着任報告に行ったといううっかり者が、どのようなやつか気になったのでな」


 ハインリーケはそう言ってしまってから、いやみが過ぎたかと反省する。

 だが。


「申し訳ありません!」


 那佳はただ頭を下げた。本当に悪かったと思ったのが半分、げんぽう処分はなんとしてもけたいというのが半分の平身低頭である。

 減俸処分は、きゆう明細を見るのが何よりも楽しみな那佳にとって、けいよりもつらい。

 あいにく、今まで死刑になった経験はなかったが。


「ほんとに言い訳のしようもなくって、ごめんなさい!」


 だが、こうした態度もハインリーケの目には上官にいやしくびたように映っていた。


「……このくつさ。貴族と名乗るにあたいせぬわ」


 小さくつぶやいたハインリーケは、その姿を見たくもないというりで背中を向けた。


(やっぱり、マリアンさんが言ってた通りの人なのかな?)


 めい隊長の部屋に向かうハインリーケの後に続きながら、那佳は思う。


(でも! これから同じ隊でやってく仲間だもん、絶対に仲良くなってみせるよ! これもお給料のうちだもんね!)


 那佳はグッとこぶしにぎりしめ、胸のうちでちかった。

 だが──。

 こうの人、ハインリーケの心を開かせるのがどれほど難しいか。

 那佳はやがて、嫌というほど思い知ることになるのだった。



            *  *  *



  ひめ様は今の世に、地上に降り立ったヴアルキリーよ。幼きころより、みなそう思うておりましたわい。

     ウィトゲンシュタイン家領内在住のねんぱいの婦人



            *  *  *

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