第一章「私が華族のお嬢様?」 第四話


 後ろにひかえていた家令に向かい、当主は手を差し出した。


そうごうを!」


「ははっ!」


 家令がいったん下がると、ひとりのやりを持ってきて当主にうやうやしく差し出した。

 長い平三角のに、にはでんほどこされた美術品のような槍。

 実際、ゆいしよのある槍である。


 黒田家の家臣、たいこうひでよしもとを使者として訪れた際のこと。

 たまたま酒席を開いていた秀吉はほろい気分で太兵衛にも酒をいた。

 主命を帯びての参上なので太兵衛はこれを固辞したが、秀吉は己の意に逆らうことを許さず、たいはいになみなみと注がれた酒を飲み干せば望みの物をあたえるとまで約束した。

 そして、見事にそれを飲み干した太兵衛が秀吉から得たのがこのめいそう扶桑号。


 以来、黒田家の家宝として伝えられているのだ。


「老いたりとはいえ、むすめおくれは取らぬぞ」


 チャンチャンコを脱ぎ捨てたすきをキュッと結んだ当主は、槍をビュンと振ってみせる。


「そっか。じゃあ、おじいちゃんに勝てば帰っていいんだね」


 話は簡単。


 このじいさんをたたきのめし──手加減はできればするけれども──てここから出てゆくだけのことだ。


「それだけではない。このおろかな連中にびを入れさせ、以後、しゆがえしのようなことはさせぬと約束しよう」


 当主は親戚一同にべつの視線を投げかけた。


させたらごめん」


 と、言いながらも那佳はくつしんびで体をほぐす。

 やる気満々だ。


「那佳様、これを」


 公平を期すためか、家令は那佳にも扶桑刀をわたした。

 わたり90センチほどのしんけんである。


「ネウロイとの戦いじゃ、使ったことないんだけどなあ」


 那佳はこいぐちを切ってさやはらい、二、三度振り下ろしてみる。

 実戦で扶桑刀を用いたことはまだないが、ほう力を使えば何とかそれなりの形にはなりそうである。


「那佳」


 父がせきばらいをして注意をうながした。


「そっか」


 那佳は握り直して、みねを相手の方に向ける。

 屍を越えていけとは言われたが、本当にったら流石さすが不味まずいだろう。


「あれを穿いてもよいぞ」


 当主はハンガーのストライカーユニットを、槍のさきで指し示した。


「ハンデというやつじゃ」


こうかいしても知らないよ」


 那佳は鞘を帯に差して、ひらりとストライカーユニットに飛び乗る。

 しばいぬの耳と尻尾しつぽがピョコンと飛び出し、再びかがやほうじんあしもとに生まれる。


「来い、むすめっ子!」


 当主が槍を構えて声を張り上げた。


「いっくよ〜!」


 那佳は当主に向かって、真っぐ正面から突っ込んでゆく。

 槍の方が当然間合いが広いが、こちらはストライカーユニットを装着している。

 速度に加え、いちげきの重さがちがう。


もらったあっ!」


 肩の上に背負うように構えた刀が、間合いに飛び込みつつ振り下ろされる。

 だが。


「甘い!」


 当主は左足を引きながら、槍の穂先で那佳のはくじんを巻き上げた。


「うっそ!」


 体勢がくずれる那佳。

 当主はかさず槍を手元まで引き、穂先をななめに走らせた。


「とととととと!」


 せっかくの晴れ着のそでが、大きく切りかれる。

 槍は突くものとばかり思っていたので、斬るこうげきは想定外だ。

 どうもネウロイ相手の戦いとは勝手が違う。

 当主の方がはるかにわるが働く。


「お正月に買って貰ったばっかなのに!」


 あと十年は着ようと思っていた振り袖を台無しにされ、那佳は悲鳴に近い声を上げた。


「もうおこった!」


 いつたん上空にい上がると、さきほどと同じようにかたの上に刀を置くように構え、正面から突っ込んでゆく。


「愚かな!」


 当主は勝利を確信した。


わいそうじゃが、あばらの1本や2本はかくせい!」


 芸のない攻撃をあざわらうかのように、当主はこしだめに槍に構え、気合いを入れる。


「はああああああああああっ!」


 だが。


「な〜んちゃって」


 那佳は間合いに入る寸前、体を折って急減速をかけた。


「うぉ!?」


 当主の槍が空を切る。


「こっから本番!」


 那佳は回転しながら左手で帯から鞘をき、左右から当主に打ちかかった。


「むうっ!? 二天一流!」


 当主は一間あまりも退すさって、ギリギリのところで那佳の攻撃をかわしながらうなる。

 みやもと武蔵むさしひようほうとして名高い二天一流。

 その二代目てらまごじようより五輪書を伝授されたしばとうさんもんが、黒田家に伝えた二刀を使う流派である。


 那佳自身は二天一流を学んだことはないが、とつにこの動きが出たのは、たとえ分家であっても黒田の血ゆえなのかも知れない。

 もっとも。


「……にてん……何、それ?」


 当の那佳は、二天一流の名前さえ知らないようだった。


おもしろい! 面白いぞ、小娘!」


 喜色満面となった当主が、目にも留まらぬ三段き、四段突きをり出してくる。


「歳の割にがんばるね!」


 ようやく相手の動きに慣れた那佳は、これをことごとくね返す。

 父や母、それにほかしんせきたちはこの光景に言葉を失う。

 特に、やいばを交えるたびり袖がいたんでいくのを見つめる父ののうは深い。

 げつがまだ十八か月も残っているのだ。


めるな、小娘!」


「嘗めてんのはそっち!」


 一進一退のこうぼうが続くが、そうなると若い那佳が有利である。

 当主はだんだん息が上がってきていた。

 このまま、相手がつかれて降参するのを待つというのもひとつの手だが、那佳はそれを潔しとはしなかった。


「そろそろ決着、つけちゃうよ!」


 那佳は宣言した。


「望むところじゃっ!」


 急降下をかける那佳と飛び上がる当主。

 するどい金属音がひびきわたった次のしゆんかん

 扶桑号は当主の手からはなれ、クルクル回転してしばの上に突き立った。


「ここまでだよ、おじいちゃん」


 しりもちをついた当主の鼻先に、扶桑刀の切っ先が突きつけられていた。


「養子にはなってあげる。他の親戚は気に食わないけど、おじいちゃんは悪い人じゃないみたいだから」


 那佳は刀を鞘に納め、大きくひとつ息をつく。


「いや、まいった!」


 当主は胡座あぐらいて座り込み、ごうかいに笑った。


「見事なりそうなでし! これで黒田の家も扶桑もあんたいじゃわい!」



    *   *   *


 夕方になってから、改めて養子えんみのが行われた。


 那佳はボロボロになった振り袖の代わりに本家の娘の着物を借り、当主と固めのさかずきわした。那佳の前にはかしらきのたいを始め、ぜんに乗った料理が並ぶ。

 一応、れい作法は心得てはいるつもりだが、だん、家ではちゃぶ台で食事を取るし、軍でもテーブルで食事することがほとんどだったので、いろいろ細かい作法にこだわると、動きがぎこちなくなる。

 慣れぬ正座に足はしびれ、せっかくの料理を味わうどころではなかった。


「あの〜、これって持ち帰りにできます?」


 なみだきゆうの女性にたのみ込むと、那佳は当主が差し出した杯をぐいっとあおった。


(う、これ美味おいしい!)


 のどかわいていたせいもあり、那佳はついつい杯を重ねる。


じようや、お主はもう我が娘じゃ」


 当主はそんな那佳を見て微笑ほほえむと、親戚一同に宣言した。


「黒田那佳は黒田家の大切な娘である! 以後、これに異議を唱えることは許さん!」


 不服のある親戚たちも、全員が頭を下げた。

 と、これで話が終われば感動的だったのだが……。


じようさま、ささ」


「これからじつこんに」


 つい先刻まで那佳を白い目で見ていた親戚たちが、下にも置かぬ持て成しぶりを見せる。

 その連中のあい笑いを見ていると、飲まずにはいられなくなり──。


「けど、娘って変だよね〜? おじいちゃん、うちのじっちゃんとあんまり変わんない歳でしょ〜」


 固めの杯を五はいもお代わりした那佳は、ほろい加減で不平を口にし、ケラケラと笑う。


「……そなた、可愛かわいげがないと言われたことはないか?」


 口をへの字にする当主。

 台無しである。


「何ともいやはや……」


「あの子ったら」


 消え入るように身を縮ませる父と母。

 そんな二人にやさしく声をかけたのはあの家令である。


「堂々となされて構わないのですよ。おじようさまは黒田のほこりです」


 家令は優しくなぐさめる。


「今夜はまってゆくがよい」


 しゆえんの後で、当主は那佳に告げた。


「え、でも?」


 そろそろ実家にもどころだと思っていたので、両親の顔を見る。

 父と母は短く視線を交わしてからうなずいた。


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