第一章「私が華族のお嬢様?」 第三話
「あっぶない。今ので
那佳は少し迷ってから、
ついでに、
「……ごめんね、つれて帰ってあげられなくて」
これでだいぶ身軽になった。
『作戦
雑音混じりの隊長の命令が、インカムを通して那佳の耳に届いた。
周囲を
那佳も
無傷な者はひとりもいない。
地上部隊の
「……私を置いていけ」
背負っている戦友のウィッチが、那佳の
「なんで?」
那佳は空いた右手で、その手を
背負ったウィッチの
「片肺というだけでも基地に帰投できるかどうか分からないのに、私を背負ってでは無理だよ、黒田」
背中のウィッチは冷静に続ける。
「いつも言ってたじゃないか? 給料分だけきっちり働いて、じっちゃん、ばっちゃんに楽をさせるんだって? これは給料分には入っていないだろう?」
そう。
那佳にとって、戦いはただの仕事。
家族を食べさせるためのものだ。
だが。
「どうかな? 帰ってから隊長に聞いてみるよ、特別手当が出るかって」
那佳は前だけを真っ直ぐに見て飛んだ。
戦友の言葉は正しい。
「それから、前にも言ったよ。那佳でいいって」
戦友のお
「……そうだったね、那佳」
戦友はふっと笑う。
「基地に着いたら、何かおごって」
太陽が地平線の向こうに
体力の落ちた者にとっては危険なレベルまで。
那佳は魔法力を
「
その言葉が戦友に向けられたものか、それとも自分へのものだったのか、那佳自身にも分からない。
「……」
戦友は答えなかった。
安息の夜が
* * *
(あの時に比べたら、こんなの──何でもない!)
「黒田
ストライカーユニットが、那佳の体を空へと押し上げた。
眼下の黒田
(なあんだ。おっきいお屋敷だと思ったけど、空からだとあんなもん?)
那佳の口元に、笑みが浮かんだ。
二千
那佳の飛ぶ姿を見ようと庭に飛び出してくる親戚一同に至っては、まるで落とした
「さてと」
那佳は急降下し、地面すれすれのところでまた
次いで、背面飛行。
そこからひねりを入れながらの八の字飛行を行い、
(へへ〜んだ)
難しいことをやっているように見えるが、ネウロイ相手の実戦ではもっと急激な旋回をすることがしょっちゅうである。
この程度の動きは何でもない。
(
だが、地上に張り付いている親戚たちは間近でウィッチが飛ぶのを
全員、
その中でも、
「お代は見てのお帰りだよ〜!」
本当に、見物料を取りたいくらいである。
「よっと!」
那佳は本家の娘の前、地上50センチほどの高さのところで停止すると、白い歯を見せて笑いかける。
「ね、飛んでみない?」
「わた、私は──」
顔を
「特別サービスだよ」
本家の娘の
「ひいいいいいいいっ!」
本家の娘の悲鳴が、晴れ上がった空に
「たいしたGじゃないでしょ?」
垂直に
「実戦だとね、もっと
これでも、結構
「このあたりで、まだ地上1000メートルぐらいかな?」
「お、お放しなさい!」
本家の娘は
「いいけど、危ないよ?」
那佳はほんのちょっと手を
「やめてーっ、放さないで!」
今度はしがみついて
「も〜、どっちなの?」
もちろん、本当に放す気はない。
「とにかく降ろしてえええええええええっ!」
「ちゃんと降りられるかな? 何だか、このストライカー調子が悪くて」
那佳は少しばかり意地悪になって
「ごめんなさい、私が細工させたの! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 謝るから、許して〜っ!」
本家の娘は顔をくしゃくしゃにして、金切り声を上げた。
(お返しのつもりだったけど、ちょっとやり過ぎたかも)
反省した那佳はゆっくりと降下し、石
「はい、遊覧飛行おしまい」
石灯籠にもたれるように
「だらしないなあ」
頭を
「な、なんて
母親らしき中年の女性が娘に
「む、娘や〜っ!」
さっきまで
そして、案の定。
「ほ、本家のご息女になんということを!」
「分家の分際で、身の
「調子に乗りおって!」
(うわあ、私、一方的にワルモノ?)
もう、うんざりだ。
養子の話は破談でいいから、じっちゃんばっちゃんのところに帰って、
だが。
「こんな娘に育てた親も同罪だな」
「おこぼれを
「親子
「たかり屋
「本家に逆らって無事に済むとは思うな!」
親戚たちの悪意は、両親にまで向けられた。
「ちょっと! 父さんと母さんは関係ないでしょ!」
大切な両親を
「そもそも、
「もう
父が那佳の
「
「当然だ。養子の件は、そちらから辞退したということで処理する」
口髭の男が鼻を鳴らす。
「つい先日まで存在も知らなかった分家
「最初から、そちらの財産には興味なんぞありませんよ。私はただの勤め人ですから」
那佳には、そう答える父が
父も母も、年末年始、
(私たちって、本家にとってはそんなもんなんだ)
だが、両親が
と、その時。
「待て」
背中で低い、落ち着いた声がした。
那佳が
吹けば飛びそうな
那佳とあまり変わらない位置に頭があるのだから、背も高くない方だろう。
ちょうど落語に登場する、長屋のご
「と、当主様!」
一同は
「父上!」
口髭の男も同様である。
(このおじいちゃんが……当主?)
那佳はちょっと
(うちのじっちゃんとあんまり変わんないんだけど?)
口髭の男の父親なのだからと、那佳はもっと意地の悪そうな老人を想像していたのだ。
「どうやら、
老人は、その口髭の男を
「このような茶番を仕組んだのは
「あ、いえ」
さっきまでの勢いはどこへやら。
口髭の男は
「気を悪くしたか、
老人は那佳を振り返り、声をかける。
「当然でしょ? おじいちゃんが黒田の当主なの?」
「そうは見えぬか?」
当主はニヤリと笑った。
「
那佳ははっきりと言う。
「そりゃ傷つくのう」
当主は白い
「よく知ってみれば、ちょいワルちょい
「とにかく、これで帰るから」
ハンガーのある所に
「養子の話はお断りね」
「そうはいかぬ」
「どうして?」
那佳はふくれっ
「すでに軍部と話は付いておるのだ。新設の部隊に
「お
黒田侯爵家のことなど知ったことではない。
那佳は首を横に振る。
「そうか」
肩をすくめた当主は、パチンと指を鳴らした。
例の黒スーツの男たちが、那佳の行く手を
「養子の話を
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