第一章「私が華族のお嬢様?」 第二話

 そうこうしているうちに、ようやく三人は黒田ていの表門の前にたどり着く。


 門のわきには、黒スーツ姿の男が二人、どうだにせず立っていた。

 本家にはこうした警備の者が、他にも何人かいるらしい。

 父がぼういで挨拶すると、男のひとりが視線で奥に進むように合図する。


「どもども〜」


 那佳が手を振って男たちに微笑ほほえみかけると、ひとりの方が思わずいかめしい顔をほころばせて挨拶を返し、もうひとりに睨まれた。

 門からげんかんまで、白い玉じやめられた真ん中を、かげいししきいしが続いていた。

 那佳はその敷石を、よしつねの八そう飛びさながらにんで進む。


「ごめんくださ〜い!」


 玄関で那佳が声を張り上げると、扶桑家屋にはり合いなえんふくの男性が現れて一礼する。

 欧州ではちょくちょく見かけたけれど、家令とかしつと呼ばれる人なんだろうなあ、と那佳は思う。


「黒田那佳ちゆうとそのご両親でいますな? こちらへ」


 しらあたまの燕尾服の男性は、奥の間へと三人を案内した。



「父さん、結構きんちようするよね」


 ろうを進みながら、那佳は父に声をかける。

 年末年始の挨拶はげんかんさきで済ませるので、こんな奥まで通されるのは初めてなのだ。


「あ、ああ」


 父は胸ポケットのハンカチでこめかみの汗を押さえた。


「お見えです」


 立ち止まった燕尾服の男がふすまを引いて、広間の中で待つ者たちに告げる。


 八十じようはあろうかという大広間には、本家の人間が合わせて二十人ほど、左右二列に並んで座っていた。

 那佳と大して歳の変わらない少女もいて、那佳にあまり好意的とは言えない視線を向けている。

 とこの間を背に座しているのは、くちひげたくわえたおりはかまの男性。

 父よりもいくつか年上に、那佳の目には映った。


「ども」


(意地でもおくれしたりしないもんね)


 那佳は胸の内で自分にそう言い聞かせ、口髭の男の前に出る。


「皇国陸軍飛行第33戦隊、黒田那佳中尉か?」


 口髭の男が那佳にたずねる。


「そうです」


 とんがあるから座っていいのだろうと勝手に判断して、那佳は座った。


「私は当主の名代である」


 口髭の男はみひとつ見せない。


「はあ」


 那佳はあいまいうなずいた。


(当主の人ってじっちゃんと同い年のはずだから、この人は息子むすこさんかな?)


「当家に呼ばれた理由は分かるか?」


「いえ、全然」


 口髭の男が続けて訊ねるので、那佳は首を横にる。


「本日をもつて、お前は本家の養子となることに決まった」


「ええ!?」


 那佳はおどろいた。

 驚き過ぎて、使いであるしばいぬの耳が、ピョコンと頭の上に飛び出したくらいである。


「第506統合、統合航空せんとう──」


 口髭の男はちゆうまで言いかけて顔をしかめた。


「第506統合戦闘航空団?」


 助け船を出す那佳。


「そう」


 口髭の男はかすかに赤面し、せきばらいをする。


「その何とか団に扶桑皇国から人材をけんするに当たり、この黒田の家に白羽の矢が立った。残念ながら本家にはウィッチはおらぬものの、お前ならばぞくを名乗っても構わぬだろうという陸軍の判断だ」


「でも──」


「話してよいと言った覚えはない」


 自分は何も聞いていないと反論しようとする那佳を、口髭の男はさえぎる。


「そもそも分家にウィッチが出た時点で、養子えんみをという話はあった。だが、分家のむすめが発現したというのに、本家の者がウィッチになれぬはずはないという意見が親族のうちでもたいせいめ、今までその話はたなげになっていたのだ」


(さっきから私をにらんでいるのが、その本家の子だよね?)


 那佳はチラリとそちらの方に目をやった。

 おじよう様学校の制服をまとった、たぶん、笑えば可愛かわいらしい子だ。

 周囲に期待されて、それにこたえられなくてくやしい気持ちは那佳も分かる。

 那佳は本家のむすめにちょっと同情した。


「那佳、お前は黒田侯爵家本家の娘として、ノーブル・ウィッチーズに入るのだ」


「ノーブル・ウィッチーズ?」


「パリ防衛のために貴族の娘だけで構成される新部隊だそうだ」


 貴族のじよ、ノーブル・ウィッチーズ。

 新設部隊のしようまでは那佳もまだ知らなかったし、派遣のために養子にされるなんて予想外もいいところだ。


(私が華族だなんて、絶対おかしいって!)


「本家の体面のために、この子を養子にするんですか?」


 母が那佳を守ろうとするかのように前に出る。


「たとえ名目だけでも本家の娘となれば、分家の子に甘んずるよりどれほど幸福か」


 口髭の男はさげすみの笑みを浮かべた。


「それが分からぬほど、おろかではあるまい」


「…………」


 母はくちびるんでうつむく。


「それともえて本家にかうか?」


「……いいよ、別に」


 那佳は口髭の男を見つめながら、母の手をにぎる。


「養子っていうのは名前だけ。そうなんでしょ?」


「無論だ」


 おうように頷く口髭の男。


「この屋敷に住むだの、財産のぶんあずかろうなどとは期待するな」


だれがそんなこと!)


 一言どころか、十言も二十言も言い返してやりたいが、両親にめいわくをかけたくないと思うから、那佳はここはぐっとまんする。


「では、おといこうか」


 口髭の男は立ち上がった。


「お前が黒田の名にじぬウィッチであることを、みなに示してもらおう」


「って、どうやって?」


 そう振られても、とつにそんな方法は思いつきはしない。


「ほんの少しでよろしいのです。ストライカーユニットを使ってのデモンストレーションを」


 ほうに暮れる那佳の耳元に、そっと近づいた先ほどの燕尾服の男性がささやいてくれた。

 親族一同の好意的とは言えない視線にさらされる中、どうやらこの人は味方のようである。


「でも、ストライカーユニットが──」


「ここに用意してある」


 口髭の男は障子を開けた。


 その向こうは中庭──といってもちょっとした公園よりはよほど広い──になっていて、その真ん中、にしきごいが群れをなして泳ぐ池の近くに、移動式のハンガーにストライカーユニットがえてあった。



「あれって三式せんとうきやくⅠ型へい。どうしてここに?」


 那佳の目が丸くなる。


「黒田の財力を甘く見ないことだ」


 口髭の男が鼻を鳴らした。


「皇国のストライカー開発に、我が黒田こうしやく家は少なからぬえんじよしておる。借り出すのは難しいことではない」


おうしゆうじゃ家族をくしたり、家を失う人がたくさんいるのに、こんなことのために呼びもどされたってこと?)


 自分が戦うのはじっちゃんやばっちゃん、父さんや母さんに楽をさせるため。

 だん、そう割り切って戦っているはずの那佳でも、だんだん腹が立ってくる。

 それでも、何とかこらえて庭に出ると、ハンガーの前に立った。

 三式戦闘脚Ⅰ型丙は、練習機として使われている機体ものらしく、何度かりなおしたけいせきが見られる。


(整備とか、だいじようなのかな?)


 チラリと広間を振り返ると、不安そうな父と母の姿が目に飛び込んできたので、那佳は安心させるように笑顔で手を振った。


「さてと」


 ハンガーの支柱に手をかけた那佳は、ストライカーユニットに飛び乗った。

 両足がユニットにすっぽりと収まると、光のほうじんが生まれ、プロペラが回転を始める。

 だが。


「え?」


 飛び立とうとしたしゆんかん

 那佳の体ははじかれたように真横に飛んだ。


せいぎよが──)


 かたから庭の松にげきとつし、その幹をえぐってね飛ばされ、顔からしばの上に落ちる。


かない!)


 やわらかな芝生に顔がめり込んだ。

 親族のしつしようが、耳に飛び込んでくる。


「那佳!」


 け寄ってくるのは、たぶん父と母だ。


(父さんのあの声。ちっちゃいころ、私が川に落ちたときと同じだ。私は平気だったのに、狼狽うろたえちゃって)


「……ぶはっ!」


 那佳は顔を芝生から引きはなし、口の中の土をき出した。


「大丈夫」


 あわててハンカチを取り出す母に向かって、那佳は言った。


「おは?」


 えんふくの男性が手を貸してくれて那佳は芝生の上に座る。


「ありがと……ええっと、しつさん?」


「家令でございます」


 那佳が礼を言うと、家令はほんの少し、親族連中に見えないように笑みを返した。

 やはり、この人だけは那佳をじやものあつかいしないようだ。


「何が起こったんだい?」


 父が、那佳の顔をのぞき込む。


「何でもないよ。左右のユニットの出力が思ってたよりちがいすぎて、ちょっとまどっただけ。整備不良かな?」


 肩をすくめる那佳。

 だが。

 整備不良ぐらいでこれだけきよくたんに出力の差が生まれる訳がない。

 誰かが、那佳にはじをかかせようと、もしくは怪我をさせようと仕組んだのだろう。


(誰のわざ?)


 自分をづかう父のかたしにしきの方に目をやると、本家の娘がほくそんでいる様子が見えた。


(まずちがいなくあの子だよね)


 だが、だが、スパナを握ったことなどないようなあの子自身では、ストライカーユニットに細工をするのはおそらく無理だ。誰か、機械にくわしい者にやらせたのだろう。


「あのような無様なやからが、この黒田の家を背負って欧州へ?」


「とんだしゆうたいですわね」


しよせんは分家の娘、あれが限界ということですかな?」


「大丈夫なのでしょうなあ? 分家の娘に家名をけがされるなど、あってはならないことですぞ」


 娘だけではない。

 いい年をした大人のしんせきたちも、口々に那佳を鹿にする言葉を並べ立てた。


(この人たち、みんなこういうのが見たかったんだ。まあ、いいけどね)


 那佳は胸と顔についたどろはらうと、ほう力を集中させて体をき上がらせた。


「今のは無しね。これからが本番」


 風が芝生の切れはしや木の葉をわせ、錦鯉の池にもんを生み出す。


(悪いけど、もうあなたたちを喜ばせないから)


 さっきは不意をかれた。

 だが、左右の出力の差がどれくらいか、実際に体が覚えてしまえば那佳にとっては何ということもない。

 片あしで、しかも傷ついた戦友をかかえて飛んだこともあるのだ。


(そうだよ。あの時はもっと──)


 那佳のおくは過去へと飛んだ。

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