わたしのメンター

堀内とミオ!

進路協議

「安生、とりあえず進学の方向で進めておくぞ? 先生も夏休み中にいろいろ考えておくから」


 とりあえず。担任の石原先生との協議の結果、大学へ進学するという方向でとりあえずは落ち着いた。先生が言うことに対して、理穂子はただ『はい』か『はぁ』を繰り返していただけ。それを協議と呼んでいいのか彼女にはわからなかったが『説得』だったとは思いたくなかった。協議でいい。そんなことを考えながら教室を後にした。

 高校生活最後の夏。理穂子にはこれといってパッとした思い出はなかった。友達はいないわけではなかったが、毎日一緒に遊んだりする親友と呼べるような子もいないし、彼氏も結局できなかった。違うクラスの男子に告白されたこともあったが、名前すらもう覚えていなかった。なんとなく入っていた軽音部で副部長もやったが、肩書だけだった。

 大学進学が自分の望んでいる進路なのかどうか、YESともNOとも言えない。そもそも何がやりたいのかが見えていないのに、進路を決めるなんて無茶ぶりもいいとこだよ――。そんなことをぼーっと考えながら、いやもしかすると何も考えてなかったのかもしれないが、ともかくいつもの改札を抜けた。

 いつもは改札を抜けてすぐ左側、北口が理穂子の家へと向かうルートなのだが、ぼーっとしていた理穂子は、いつもとは逆方向の南口に向かっていた。階段を降り、しばらく歩いたところで、やっといつもと景色が違うことに気がついた。


「あれ、降りる駅間違えたかな」


 理穂子は後ろを振り返り、駅の名前を確認した。降りた駅は間違いない。


「あ、こっち南口だったかぁ」


 ぼーっとして降り口を間違えたことよりも、そのことに気づいて、わりと大きめの独り言をつぶやいてしまったことに理穂子は一瞬、恥ずかしさを感じた。さっと携帯をポケットからとり出して、さっきまで電話してましたというフリをして、さりげなく、もと来た道を引き返そうと思った。誰もその違和感に気づいていないか、目だけきょろきょろさせ、聞き耳を立てた。――すると、聴き慣れない音が聞こえた気がした。気のせいじゃない。それは、だった。

 駅の降り口から少し離れたところに、人通りもまばらな小さな公園があった。公園と言っても二人掛けのベンチが一脚と、簡単な水飲み場がある程度の、空きスペースを活用しただけの空間だった。そこに音楽の発信源がいた。

 革製の大きなテンガロンハットを目深にかぶり、アコースティックギターを弾きながら、一人の聴衆もいない中、歌っていた。理穂子は、こんな身近なところに路上ミュージシャンがいるとは思ってもみなかったので物珍しさゆえに、その場で足を止めて聴き入っていた。すると、曲が終わり、理穂子が足を止めて聴いていたことに気づいていたその路上ミュージシャンは、理穂子に向かって深々と一礼をした。


「聴いてくれてありがとう」


 お辞儀の恰好から体を起こしたそのミュージシャンは、ただ一人足を止めて聴いていた理穂子に向かって笑顔でそう言った。理穂子はその言葉が自分に向けられたものだったと気づくとハッと我に返り、彼と目も合わさずに慌ててその場を走り去った。



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