Chapter.4
第25頁目
ベネトナッシュ魔導局の敷地内にある資料館。ここには魔導局で扱われたありとあらゆる資料が保管されている。現在魔導局に在籍している魔導司書はもちろん、かつて所属していた魔導司書の情報も保存されている。
「ブライアン・コニック……」
確認するように資料と照らし合わせては、ユーファミアは何度もその名前を口にする。この作業を始めてから、ゆうに二時間は経過していた。一番新しく出来た図書館都市とはいえ、過去を含めれば、在籍していた魔導司書はそれなりの数になる。その中からある特定の人物の情報を引っ張り出すのは短時間でできるものではなかった。
「あった……」
もはやパターンと化した資料漁りに終わりが見えた。資料の表紙には『ブライアン・コニック』と書かれている。目的の資料はこれで間違いない。
「奴が犯人だとすれば、この資料の中にきっと答えがある」
若干緊張した面持ちでユーファミアは資料の表紙をめくる。最初のページからしばらくはブライアンという男そのものの情報が記されていた。ユーファミアが知りたいのはそこではない。
「奴が――ブライアンがどんな研究をしていたのか。それが書かれていれば……」
ページをめくる手は自然と早くなる。ブライアンがとんでもないことをしようとしているなら事は一刻を争う。そうして、資料の残りページ数が数枚のところに差しかかったとき、ユーファミアのページをめくる手が止まった。その直後にユーファミアの双眸は大きく見開かれることになる。
「『脳の並列接続による魔導演算の効率化』……?」
不穏なタイトルだった。ページをめくろうとする手が自然と汗ばむ。脳、並列接続、魔導演算。綴られている単語から発せられる不吉な雰囲気は嫌な想像をかき立てさせる。
残り数ページをまるで極太の書籍を読むかのようにじっくりと時間をかけて読み込む。次第に資料を持つ手が熱を帯びていくのが分かった。全身が沸騰するように熱くなっていく。
「……外道が」
全てを読み終え、そしてその全てを悟ったユーファミアは唾棄するように言う。資料には怒りに満ちた深いシワができていた。
「複数の人間の脳を繋いで魔導書を発動するなんて、いったいなにを考えている」
およそ常人では至らない考え。異常を通り越し、狂気という言葉すら生温い非人道的な実験だ。この資料に記されていることが全て真実とするならば、魔導演算の演算器として繋がれた脳の持ち主は生きていない。人間が生命を維持するために使われている領域すらも強制的に演算器として割り当てるのだ。生きていられるはずがない。
「そこまでして、魔導演算能力を増大させて、いったいどうするつもりなんだ」
ユーファミアの知る限り、そこまでの魔導演算能力を必要とする魔導書は聞いたことがない。仮にあったとしても、それは人の手には余る代物だ。
「とにかく、これで奴のやろうとしていることの見当はついた。あとは奴をとっ捕まえて――」
そこでユーファミアは言葉を止めた。なにか重要なことを見落としているような気がした。
「複数人の脳を並列接続……」
そんな光景をどこかで見ていた気がした。
――まるで外部との繋がりを遮断しているような。
全ての点と点が繋がりひとつの線となった。
「だが待て。奴らがそのファクターだとすると……」
一拍ののち、思い至った最悪の結末。背筋が凍りついた気がした。いや、これから起ころうとしていることの前ではそれすらも些細なことになってしまうかもしれない。
とにかく気づいたこと知らせるため、地下隔離世施設にいる魔導司書に通信を繋ぐ。
「――こちら、ユーファミア。今すぐ、隔離しているそいつらを――」
『アアアァアアアァァアァァアアアッ!』
通信越しに聞こえてきたのは応答する声ではなく、耳を劈くような激しい叫び声だった。
「どうした!? なにがあったんだ!」
『きゅ、急に彼らが一斉に叫び声を上げ始めて……』
通信に応じた、というよりは、とにかくこちらへ伝えるのに精一杯で会話になりそうにない状態だった。
『と、とにかく急いで来てください!』
ブツリ、と強制的に通信が切断される。
「くそッ!」
思わず舌打ちをしてしまう。
「ブライアン……。まさか、魔導祭に来ている全員を演算器にするつもりなのか?」
直後、建物が激震する。足元がふらつく。手にしている資料を放り投げ、急いで外に飛び出す。視線は自然と第一アリーナに向いていた。
「なっ――」
外に出て、ユーファミアが目撃した光景はこの数十年、一級魔導司書として活動してきた中で、もっとも想像を絶するものだった。
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