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ああ、ついにこの日が来たのだと、初老の男はしみじみと思った。魔導祭を楽しんでいる一般人も、ステージ上で我が物顔でショーを披露している魔導司書も、魔導書も、そしてこの魔導祭も、いざその全てなくなってしまうと思うと、一抹の寂しさを感じてしまうのはまだ己に人情が残っていたからだろうか。だが、いまさら後に引けない。いや、引く必要がない。結局、引き留めてくれるような出来事には出会わなかった。
「さあ! 長いようで短かった魔導祭もいよいよ大詰めを迎えました」
ステージで司会進行を行っている司会者の声が聞こえてくる。自分の出番が近づいていた。
「では、ここで最後のショー参加者をご紹介しましょう。――ブライアン・コニックさんです!」
わああ! と歓声が上がった。呑気なものだと初老の男――ブライアンはあざ笑う。
(これからお前たち――いやこの世界を待ち受けているのはどうしようのない絶望だ。この数十年、私を蝕んだ痛みそのもの。それを世界に味わわせてやる)
全身を痺れるような感覚が駆け巡った。その感覚に酔いしれそうになる。ステージへ続く廊下に靴音が高らかに反響する。まるでこの高揚感を具現化させているようだ。
「これで全て……なにもかもが終わる。エリス……今行くからね」
廊下の終わりに近づくにつれて、歓声の声も大きくなる。その声にある種の哀れみのような感情を抱きつつ、ブライアンはステージに姿を現した。
「初めまして。アリーナに――いや魔導祭にお集まりの皆さん。ご紹介に預かりました、ブライアン・コニックです。退職前は魔導局に勤めていました」
魔導局で魔導司書をしていた者の登場に会場が沸く。きっと、どんな魔導書を披露してくれるのか、心待ちにしていることだろう。ブライアンはそっと口角を上げる。
「皆さんはこの魔導祭で様々な魔導書を目にしてきたと思います。そのどれもがまるで奇蹟のような光景に映ったことでしょう」
自然と声に熱が入る。
「そんな奇蹟を起こすことのできる魔導書ですが――皆さんはこの魔導書の本当の正体を知っていますか?」
その言葉を引き金に会場が静かになる。質問の意図を分かりかねている様子だ。そんな会場の様子を見て、辟易するようにブライアンは顔を歪ませる。
「魔導書は奇蹟を起こすものなんかじゃない。――人を殺す道具なんですよ」
瞬間、弾けるように会場全体がざわついた。ふと視線を少し上げると、観客席の上にある関係者用観戦席では慌ただしく魔導司書たちが動いている。おそらく、もうすぐ自分を止めにここまで来るのだろう。だが、もう遅い。なにもかも手遅れだ。
「私の娘――エリスは魔導書の実験台にされ、そして殺されました」
ブライアンはおもむろに外套の中に隠していた魔導書を衆目の前にさらす。
「私はこれから皆さんにお見するのは、私がこの数十年、私を蝕み苦しみ続けてきた痛み、悲しみ、そして――絶望です」
天高く、魔導書を空にかざす。それは徐々に光りを帯び始める。溢れ出る文字列は地を這うように、天を翔るように、瞬く間に広がっていく。まるで世界を蝕む毒のように。
「どうか魔導祭――世界の終わりを彩る最後のショー、心ゆくまでお楽しみください」
どこまでも愉悦な表情を浮かべ、そして空虚な瞳の男――ブライアンを止められる者は誰ひとりとしていなかった。
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