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「結局シャノンのやつ、来なかったなぁ」

 陽が傾き、空は徐々に赤色に染まりつつあった。

 三日目の集会を終え、ベネトナッシュ魔導司書学院の司書生たちに課せられた三日間の警備はついに終了となった。三日間の夜の警備は一日目、二日目と同様、魔導局の魔導司書が受け持つことになり、司書生たちは正真正銘、自由の身となった。当然、その中にハルライトも含まれている。本来、一緒にいるはずだったシャノンも。

「最終日の夜くらい一緒にいたかったんだけどな。どこに行ったんだろう?」

 結局、三日目の警備終了までシャノンが現れることはなかった。

――ドーン。

 ひときわ大きな爆発音が響く。ハルライトは一瞬顔をこわばらせるが、すぐに最終日の夕刻から上がる花火だということに気づき一安心する。

 炎系の魔導書と〝光〟の魔導書が組み合わさって生み出される炎と光の芸術はいつ見ても美しく、人々を魅了する。この花火を一目見ようと、訪れる観光客も珍しくない。

 そんな炎と光の共演を目にしながら、

「もっかい探しに行くか」

 いくら綺麗とはいえ、それを共有できる者が隣にいなければ、その楽しさも半減してしまうものだ。それに卒業して、任務で外に赴くことになれば、この花火を目にする機会も減ってしまうだろう。魔導書を悪用しようとする者は世界中にいる。回収業務で世界を股にかけることも珍しくない。幸い花火はあと四回上がる。もしかたら、最後になってしまうかもしれない花火を一緒に見たい、そんな気持ちがハルライトの中に湧き上がった。

「……まあ、俺の場合はそもそも魔導司書になれるか微妙だけど」

 シャノンはともかくとして、いわば綱渡りのような感じでやってきたハルライトは、この三日間の成果いかんで魔導司書になれるかどうかが決まるのだ。

 結果云々は考えたところで変わらないので、今はともかく、シャノンを探しに行こうと動き出したとき。ドン、と誰かと肩がぶつかった。

「――え、あ、ご、ごめんなさい」

 とっさに気づき振り向くと、どうやらぶつかったと思われる人物は衝撃で尻もちをついてしまったようだ。

「あの……大丈夫ですか?」

 そう言って手を差し出す。尻もちをついたのは初老の男で、首から下は外套で身体を包んでいる。

「いえ、大丈夫ですよ」

 初老の男は差し出されたハルライトの手を取ることなく立ち上がる。その一連の動作は思いのほか軽やかだ。実年齢は見た目より若いのかもしれない。

「私のほうこそ、申し訳ない。少し考え事をしていたもので」

 初老の男は柔和な笑みを浮かべる。自分のほうが悪いと言おうとするハルライトを制するように。

「では、先を急ぐ身なので失礼するよ」 

 そう言って初老の男は去っていった。

「悪そうな人ではなかった――けど」

 若干含みのある言い方をしたのは完全に疑念を払拭しきれなかったからだ。

 初老の男が尻もちをついた際に外套の隙間ならわずかに見えたもの。一般人ならただの本だと思ってしまうであろうそれはハルライトがよく知っているものだった。

「魔導書に見えたけど……」

 単に魔導書を持っているだけなら、魔導司書という可能性もある。だが、その可能性はないと即座に選択肢から削除する。魔導司書であるならば、その風体として似つかわしくない。なによりも、まるで魔導書を隠すように着込まれた外套がよりいっそう怪しさを際立てていた。

「シャノンには悪いけど」

 彼女と花火を見たい気持ちもあったが、今この違和感に気づいているのはきっと自分だけだろう。ここで見過ごしてしまえば、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。司書生とはいえ、魔導司書を志す者として守るべきは今ここにいる人々の安全だ。

 気がつけば、時刻は夕刻から夜になりかけていた。〝光〟の魔導書によって彩られたアリーナは幻想的な雰囲気を帯び始めているが、今はそんな感慨にふけっている場合ではない。暗くなってしまえば、跡を追えなくなる。

 初老の男は第一アリーナの中に入っていった。この時間なら、魔導祭の最後を飾るショーが行われているはずだ。ショー参加者の可能性もあるが、それならそれで問題はない。とにかく、どのような人物なのか見極めることが重要だ。警備のときの同等――いやそれ以上の緊張感を持って、ハルライトは追跡を開始するのだった。

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