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魔導祭二日目。アリーナから聞こえてくる観客たちの歓声は一日目よりも激しくなっていた。アリーナの外ではさらに増えた見物客によって混雑具合が増しており、賑やかな雰囲気に拍車をかける。
そんな見物客の笑顔とは裏腹に警備をしている魔導司書たちの表情はよりいっそう険しさを深め、気が気でない状態だ。司書生たちも学生の身であるとはいえ、手を抜くことは許されないと分かっているので、立ち居振る舞いも一日目と比べてきびきびとしていた。
「そういえば、ハル。聞きたいことがあるんだけどいい?」
昨日とは違う区域の巡回を始めてしばらくして。なんの脈絡もなくシャノンがそう言ってきた。
「別にいいけど。俺に答えられることなら」
「じゃあ聞くね」
「なんだよ、仰々しいな」
自分よりも優秀なシャノンがいったいどんなことを聞いてくるのかと、内心ひやひやとしていると、彼女がゆっくりと口を開いた。
「ハルって、なんで魔導司書を目指そうと思ったの?」
「ぶふっ!」
思わず変な声が出てしまう。今まで生きてきて発した言葉の中でもっともあほっぽく、今後出ることもない声だった。
「や、藪から棒だな……。まさかシャノンまで俺に魔導司書は向いてないって言うつもりじゃ……」
いきなり言われたことに対し、嫌な方向に妄想が膨らんでしまう。
「ち、違う違うっ! そうじゃないの」
いくらか視線をさまよわせると、
「お父さんの影響っていうのは前に聞いたけどさ、その影響を受けることになった出来事とかってあるのかなぁって思ったの」
訊いてきたことに深い意味がないことを知って一安心する。数少ない友達から向いてないから諦めたほうがいいなんて言われたら、さすがに心が折れる。
「あるにはあるけど……そんなに知りたい?」
「知りたい知りたい!」
そんな無邪気の子供のような目でせがまれたら断るのが忍びなくなる。別段隠すようなことでもないので、希望どおりに話すことにした。
「俺の父親が魔導司書としてすごい人だったってのはシャノンも知ってるだろ?」
「うん。知ってるよ」
「昔、まだ親父の研究が忙しくなる前に色々と見せてくれたんだよ。親父は手足みたいに魔導書を操って空一面が彩られて、それはもう奇跡みたいでさ。魔導司書からしたら当たり前の光景なんだろうけど、それを見て俺もいつか親父みたいになりたいって思うようになったんだ」
そのときのことを思い出すようにハルライトは遠い過去に想いを馳せる。だが、次第にその表情は暗いものになっていく。
「けど、親父が亡くなってからは一度は魔導書から距離を置いたんだ。親父のことを思い出してしまいそうでさ……」
その語り口はとても重い。わざとではなかったとはいえ、嫌なことを思い出させてしまったことをシャノンは謝罪する。ハルライトはもう昔のことだからと返して、話を続けた。
「それから数年経って気持ちも落ち着いてきた頃、親父の遺品を整理してたら、ふと親父が俺のために作ってくれた魔導書を思い出したんだ。本当になんとなくだけど、その魔導書の中を見て――気持ちが変わったんだ」
「どうして?」
「ペラペラとめくってたんだけど、そしたら一枚のメモが挟まっててさ」
「そのメモにはなんて?」
「親父の直筆で――ハルライト、お前に託す――って。親父がなにを考えていたのか今でも分からない。けど、あんなにすごかった親父が託してくれたのにはきっと意味がある、俺はそう思ってもう一度、魔導司書を目指してみようと思ったんだ。それが今、この有様なわけなんだけどさ。ははは……」
最後は笑ってごまかすように言ってハルライトは話を終えた。
「あ、あれ?」
シャノンから尋ねられ、さきほどの話をしたわけなのだが、その尋ねてきた本人からの反応がなく狼狽する。知らないうちにまずいことでも言ってしまったのだろうか。話したことは全部自分の過去であり、シャノンには関係ないはずなのだが。
シャノンからの反応を待つ。しばらくして彼女がおもむろに口を開く。
「やっぱり、ハルはすごいよ」
「え、急になにを言い出すんだよ」
突然黙り込んでしまったかと思えば、急に褒めるようなことを言い出して、どう反応をしていいか分からない。それに褒められ慣れていないので、妙なむず痒さがある。
「だってそうやって目標を決めて、困難にぶつかっても挫折せずに続けられるなんて、なかなかできることじゃないよ」
困難という意味では確かにこれまで何度も壁にぶつかってきた。ユーファミアとの決闘もそのひとつだった。だが、たとえ困難にぶつかって苦労することはあっても、諦めることは一度もなかった。あの決闘での勝利も最後まであがき続けて勝ち取ったものだ。
「そ、そうかなぁ」
本人にはそんなつもりは全くないようだが。そもそも諦めるという選択肢が存在しないのかもしれない。
「これは親父の受け売りなんだけどさ――いつだって自分を変えられるのは自分だけだ。必死にもがいて、あがいて、前に進むしかない――昔に言われた言葉だけど、今すごく実感してる」
ハルライトは絶望的とまで言われた魔導司書に一歩近づいた。その一歩はとても小さいかもしれないが、だが確実前進した一歩なのだ。ユーファミアやシャノン、アリシアの手を借りたが、それもハルライトが諦めなかったことでユーファミアの心を動かし現状を変えたのだ。それはまさに父親の遺した言葉を体現していた。
「自分を変えられるのは自分だけ、か……」
その言葉を何度も口にする。まるで自分の中でその意味を己のものとして咀嚼しているようだった。
そんな様子を見て、ふとハルライトが言う。
「あのさシャノン、違ってるならいいんだけど……最近なにかあった?」
ドクンと心臓が脈打った。
「な、なんでもないよ」
「そ、そっか。ならいいんだけど」
「……ねえハル――」
そのとき、通信が入った。昼の定期連絡までにはまだ時間がある。なにか緊急の用件なのだろうか。
「こちらハルライトです」
通信に応じる。通信越しに聞こえてきたのは、いつになく切迫したユーファミアの声だった。
『ユーファミアだ。中央東エリアにて不審者を発見、現在近くにいたニ名の魔導司書が交戦中との情報が入った。ついに件の組織が動き出したのかもしれん。お前たちも警戒して巡回してくれ。以上だ』
「了解しました」
声が途切れ、通信は終了する。横で見ていたシャノンがなにがあったのか訊いてくる。
「緊急事態?」
雰囲気からなにかしらを察したのか、シャノンの声はわずかに真剣味を帯びている。
「どうやらそうらしい。といっても、こうなることを想定して警備の数を増やしたわけだけど」
件の組織が動き出したこと自体は全く想定外というわけではない。交戦することになる可能性も予想されていた。だが、それは裏を返せば、ハルライトやシャノンもその状況になれば、交戦を余儀なくされるということだ。
「じゃあ私たちも警戒しないとね」
「ああ、ユーファミアさんにも同じことを言われた」
この辺りの巡回警備を任されている以上、司書生とはいえ不審者を取り逃がすことは許されない。ふたりを気を引き締め直す。
――と。不意に視界の端に入ったもの。見間違えようがない。路地裏で遭遇したときに見た暗灰色の外套だ。それだけで不振人物と断定するのは早計ではある。偶然同じ外套を着た一般人の可能性も十分考えられるが、状況が状況だけに看過はできない。あのとき、〝人形〟の魔導書をけしかけてきた奴の仲間の可能性もある。
「シャノン、今からあいつを追うぞ」
相手に悟られないよう、そっと耳打ちする。ハルライトの仕草から察したシャノンはバレないよう配慮をしてくれた。
「分かった」
こくりとうなずくだけで、目立つような反応はしない。
外套を着た人物の足取りはふわふわとしており覚束ない。体躯からしておそらく男だろうか。感づかれないようゆっくりと近づきつつ注視していると、外套の男は建物の角を曲がった。
ふたりも急いで後を追うが、角を曲がった頃には姿は消えていた。
「しまった。逃げられたか」
「どっちに行ったんだろう……」
建物群によって形成されるいくつもの十字路はそれだけでひとつの巨大な迷路のようである。なんの手がかりもない状況で見つけ出すのは骨が折れるだろう。
「とにかく、手分けして捜そう」
手がかりひとつない状況だが、手をこまねいているわけにもいかない。幸い、互いに自衛できる程度の魔導書は所持している。
「分かった。私はこのまま真っ直ぐ行くね」
「じゃあ、俺は左に曲がって捜す。気をつけてな」
「ハルもね」
互いに鼓舞し合って、捜索を開始した。
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