Chapter.3
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ハルライトが謎の人物から襲われてから時は過ぎ、ついに『魔導祭』当日を迎えた。
第一アリーナでは開会式が行われていた。その開会式の模様は他のアリーナに魔導書の効果を通して分かるようになっている。
「今ここに魔導祭の開会を宣言します」
三回生総代の熱の入った声が青空に響き渡る。瞬間、会場には溢れんばかりの歓声が沸き上がる。第一アリーナの観客席には見物客が限界まで入っており、第二、第三アリーナもほぼ満席状態だった。
「やっぱり圧巻だよねぇ」
「さすがは年に一度の一大イベントって感じだな」
第一アリーナの関係者用観戦室からハルライトとシャノンが開会式を見下ろしていた。本来なら司書生は立ち入り禁止の場所なのだが、今回に限っては魔導祭の警備員ということで立ち入りを許可されているのだ。
「これだけの人の中に悪い人がいる……って考えたらちょっとぞっとするよね」
シャノンは観客席を一瞥するが、その人の数は軽いめまいを覚えるほどだ。話には聞いていたが、この中からピンポイントで良からぬことを企てている者を見つけ出すのは骨が折れる作業だろう。もし今ここでなにかの魔導書でも発動されたら、その被害は計り知れない。
「確かにそうだような。でも、そうならないために通用門で検査をやって、警備の数だって学生からも募ってまで増強しているわけだし、滅多なことは起こらないと思うけどな。それより、そろそろ集合時間になるし、行こうぜシャノン」
そう言って観戦室から出ようとするが、扉に手をかけたところで動きが止まった。シャノンがついてこないのだ。シャノンは反対側にもあるもうひとつの観戦室に視線を向けているようだった。
「……シャノン?」
不思議に思って覗き込むと、ハルライトは少し目を見張った。いつもは天真爛漫な笑顔を絶やさないシャノンだが、今はとても険しい顔つきをしていて、普段からはまるで想像がつかない。その表情の矛先は視線から察するにきっと向かいの観戦室にいる人間なのだろうが、それが誰なのかハルライトには見当がつかなかった。
「だ、大丈夫か?」
「――え、あ、ごめんっ! どうかした?」
「い、いや、いつもより怖い顔してたから……」
「あ、ああ、ごめんごめん! なんでもないの。気にしないで。さ、早く集合場所に行こ。遅れるとユーファミアさんに怒られちゃうし」
集合時間まであまり猶予はない。遅刻するとあとが怖い。
「それはそうだけど……本当に大丈夫か?」
「ハルは心配性だなぁ。本当に大丈夫だから。さ、行くよ」
「お、おう」
どこかいつもと違うシャノンの態度を不思議に思うハルライトだが、それは以上は言及することができず、なし崩し的にこの話は終了となったのだった。
集合場所として指定された第一アリーナの広場にはすでに警備志願者の司書生で溢れていた。それに加えて二級、三級と思われる魔導司書の姿も見受けられる。例年の魔導祭にはないただならぬ雰囲気が漂っていた。
「ユーファミアさんはどこにいるんだろう?」
何度かジャンプをしながら、シャノンはユーファミアを探す。ここを集合場所として周知したのはユーファミア自身だ。その彼女が来ていないということはありえないだろう。
「あそこにいるぞ。シャノン」
シャノンの肩を叩いて指を差す。指が差す先には司書生たちを見渡せるように少し高い場所に立つユーファミアの姿があった。彼女の可憐な風体とその勇ましい立ち居振る舞いには男子生徒はもとより、女子生徒からも黄色い声が上がる。
(やっぱユーファミアは人気があるなぁ)
これから下手をすれば戦闘にもなるかもしれない警備をするにも関わらず、浮つく司書生たちを見ながらそんなことを思う。
「静かにしろ!」
ユーファミアが一喝する。突如、落ちた雷に急速に司書生たちは静まり返る。完全に静かになる頃合いを見計らってユーファミアは本題へと入る。
「まず今回、魔導祭の警備を志願してくれた生徒諸君には感謝の意を表したい」
ユーファミアは深々と一礼をする。
「みなも知ってのとおり、この魔導祭は図書館都市の一大イベントだ。普段は検査の厳しいこの都市に期間中は大勢の人が出入りする。それゆえにその中には危険な思想を持った人間も混ざり込んでいるかもしれない。諸君らには、不審者の発見および拘束、不審物を発見した場合には速やかな除去とそれが無理な場合には迅速な報告を心がけてもらいたい」
ユーファミアの一級魔導司書として威厳の溢れる言い方に生徒たちからまるで示し合わせたかのような号令が上がった。期待されている、その事実が彼らの士気を向上させたのだ。司書生たちにとってはこれ以上にない士気を向上させる方法だろう。
「私から以上だ。各人、持ち場についてくれ」
最後に一際大きい号令が上がると、司書生たちは持ち場に向かって一直線に駆け出した。
司書生たちに続いて二級、三級の魔導司書たちも動き出す。
「すごい人気ですね」
人がはけた広場を歩いてきたユーファミアに声をかける。
「私なんぞより、その熱意を警備のほうに向けてくれるとありがたいんだがな」
苦笑まじりに言う。――と、不意にハルライトのほうに視線を向ける。
「どうした? ハルライト」
妙に静かなハルライトを見てユーファミアは不審に思う。
「あ、いや……」
ここで言葉を濁すハルライトだが、意を決したようにその続きを言う。
「この魔導祭の警備の結果次第で魔導局から支援してもらえるという本当なんですよね?」
「先日にも言っただろう。それが本当になるかどうかは、ハルライトの言うとおり結果次第だ。……なにを焦っている?」
スッとユーファミアの目つきが鋭くなる。心の奥底を見透かしてしまうような視線だ。
「そ、それは……」
その問いにハルライトは答えることができなかった。自分がなぜそんなことを聞いてしまったのか、それは分かっていた。分かっているからこそ、口にしたくなかったのだ。
言葉に窮して黙り込んでしまったハルライトを見て、ユーファミアは小さく息を吐く。
「まあともかく、今は魔導祭の警備に集中しろ。なにかあっては、その話どころではなくなるからな。お前たちは確か巡回警備だったな。隅々まで意識を張り巡らせて見逃さないように頼むぞ」
「はい。ハルのことは私に任せてください!」
シャノンが一歩前に出る。その保護者のような言い方にユーファミアは笑みを浮かべる。
「それは頼もしいな。だが、ハルライトもシャノンも無理はするな。危険と感じたらすぐに助けを呼べ。では、私も持ち場に急ぐ」
ユーファミアの背中がどんどん遠ざかっていく。
ふたりもそれに続いて警備を始めた。
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