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「こうして隅々まで探索して見ると、結構入り組んでるんだな」

 ハルライトは中央広場から外れ、市街地の少し奥まった場所まで来ていた。路地裏を形成する建物群には食材を扱っている店のあるのかそれらの木箱や荷物によって雑然としている。

 ここを訪れた理由はユーファミアの考えのとおり、魔導祭の警備に備えて少しでも地理の把握をしておきたいからだ。ここまで来ると、中央広場までの道のような喧騒は一切なく、代わりにどこかに得体の知れない存在が潜んでいるような不気味な静けさが一帯を支配していた。

「良からぬことを企てている連中にとってはいい隠れ蓑ってところか」

 昼間とはいえ、陽の光が入り込みにくい場所ゆえ幾分か暗い。とっさに物陰から襲われてもいいように警戒心を高め、魔導書も準備しておく。相手が魔導書を行使する者の場合は当然として、一般人の場合でも戦わずして解決する抑止力にはなるだろう。それすらも通じない手合いの場合は対処を考えなければならないが。とはいえ、通用門の厳重な警備体制を見る限り、そんな危険な人間との遭遇はまずないとみてだろう。ユーファミアもその辺を考慮したうえで、この実地訓練を計画したはずだ。

「それにしても、本当に魔導書が使えるようになったんだよな……〝火弾〟」

 魔導書を発動する。周囲の建物を傷つけるわけにはいかないのでどこかを狙うようなことはしないが、確かにそこには〝火弾〟の魔導書によって作り出された炎があった。ずっと見ていることしかできなかった行為を今こうして自分は物にしている。程度に差こそあれ、それは紛れもないハルライトが新たに手にした力だ。

「これまでの特訓の日々を無駄にしないためにも、魔導祭の警備では結果を残さないとな」

 気持ちを改めたところでハルライトは違和感に気づく。

「にしても、人っ子ひとりいないな」

 わざとらしく独り言を言って隙を見せたのは、この近辺に潜んでいるかもしれない不届き者をおびき出す目的もあった。だが、結果として誰も現れはしなかった。

「静かすぎないか……?」

 不気味なほど静かだが、逆にいえばそれだけだった。背後から誰かが襲ってくるわけでも、柄の悪い人間が徒党を組んで進路を塞ぐわけでもない。ただただ静かだった。まるで意図的に演出されたような不自然さがあった。

「ただの偶然か、それとも……」

 そこから先を言おうとしたのと、はるか頭上から物音がしたのはほとんど同時だった。

「な、なんだ……?」

 呆気に取られ思ったより声が出ない。

 ハルライトから数十メートル先。さきほどまでは存在しなかった人影があった。暗灰色の外套を身にまとっており、目深にかぶった外套についているフードが邪魔をして顔の造作をうかがい知ることはできない。

 ついさっきの物音のことも考えると、その音の主はおそらく今見えているあの人影だろう。敵か味方か、今の状態では判断がつかない。念のため〝短剣〟の魔導書を発動させておく。

「と、とりあえず、ユーファミアさんに報告しておくか」

 今日の目的はあくまで訓練であり、実戦はユーファミアも想定していないだろう。今のところ、特に不審な行動は見られない。今後どうなるか分からないが、不審な人物を発見したということで報告を入れるのが最善手だろう。

 そう思ってほんの一瞬、人影から目を離した瞬間、事態は急速に進展した。

 突如、視界が暗くなった。陽の光が入りにくい場所とはいえ、ここまで暗くはない。とっさにさきほどまで人影がいた場所を見ると誰もいない。それを理解すると同時にハルライトは〝短剣〟を構える。

 カキィィンと甲高い音が木霊する。暗灰色の外套を身にまとった敵の刃を間一髪のところで受け止めた。以前、ユーファミアとの決闘で経験したからこそできた対応だ。

 怪人はいったん距離を取る。

「通信は……無理そうだよな」

 一瞬の隙。時間にして三秒あるかないか。そこを見逃さず正確に狙ってくる観察力と判断力。手に持つ武器はおそらくハルライトと同じ〝短剣〟の魔導書だろう。それをほとんど時間を要さず発動させることができるほどの魔導演算スピード。どれをとっても相当な手練れであることは間違いない。もし、事前に〝短剣〟の魔導書を発動させておかなかったらどうなっていたか。背筋がスッと寒くなる。

「なにが目的なんだ?」

 恐怖心を抑えて精一杯の虚勢を張る。足は自然と後ずさっていた。本能が警告している。逃げろと。これほどまでに実力を有する者が悪意を持って襲ってきている時点でまともな手合いではないことは確実だ。魔導書が発動できるようになったとはいえ、一介の司書生にすぎないハルライトが相手取るにはあまりに分が悪すぎる。すぐさまユーファミアやシャノンと合流して協力を仰ぐべきである。

 だが、目の前の怪人がそれを許すわけがなかった。

 ハルライトが逃走を図ろうとしていることを察したのか、問いには一切答えないまま怪人は跳ぶ。その人間離れした跳躍力はもはや飛んでいるとほとんど同じだ。

「まともにやり合って勝てる相手じゃない……!」

 怪人が動き出したことを皮切りにハルライトも来た道を急いで引き返す。直後、背後で轟音と衝撃が起こる。走りながら首だけを振り向かせた視界に入ったのは、大きくえぐられた地面だ。ハルライトが〝短剣〟の魔導書を使って同じことをしたとしても同様な結果は得られないだろう。それだけ魔導演算能力に加えて魔力量も桁違いに優れているというになる。

 決闘でも経験した圧倒的な戦力差。それに加えてこちらに敵意を持っている分だけ攻撃に手心を加えてくれることなどあるわけがない。逃げたところで追撃は必至だろう。

 だが――。

 今のハルライトはもうあの頃のような非力な存在ではない。このまま易々と逃がしてくれはしないだろう。ならば、やることは決まっていた。

「――〝煙幕〟!」

 ハルライトのいる地点を起点に黒煙が広がる。それは瞬く間に地を這いながら周囲を飲み込んでいく。当然それには怪人も含まれている。ハルライト自身も視界が急激に悪くなるが、それは相手も同じこと。可能な限り煙幕から抜けるため全力疾走する。

「これで上手く撒けるといいんだけど……」

 ちょうど黒煙から抜けたところで背後を見る。そこには信じたくない光景があった。

「どんだけ高く跳べるんだよッ……!」

 黒煙から走って抜けるのではなく、届かない高いまで跳躍をすることで怪人は視界を確保していた。建物を軽々と越えるほどの異常な跳躍力。これでは黒煙も意味をなさない。

「けど、空中なら!」

 煙幕は失敗に終わってしまったが、その場合の対処も想定していた。

「――〝火弾〟!」

 〝煙幕〟の魔導書を待機状態にし、〝火弾〟の魔導書を発動させる。黒煙が消えてなくなり、視界がクリアになる。地上とは違い、動きが制限される空中ならいかな化け物じみた人間といえど、格好の的でしかない。避けるのは不可能なはずだ。狙いどおり、〝火弾〟は怪人に直撃した。爆風が細い路地裏を吹き抜ける。

「頼むから倒されててくれよ」

 半ば懇願するような気持ちで爆煙が霧散するのをじっと待つ。だが、霧散した煙の中から浮かび上がるシルエット――外套の怪人はまるで何事もなかったかのように立っていた。倒れるどころか傷ひとつすらない。

「はは……悪い冗談だ」

 空中のあの短時間で防御に回す時間などなかったはずだ。実際、ハルライトから見てもなんらかの防御系の魔導書を発動させたようには見えなかった。たとえいかな魔導司書であっても、素の状態で〝火弾〟が直撃すればダメージ受ける。いくら魔導書を行使できるとはいえ、そもそもは人間だ。目の前の怪人も例外ではない。もし、あの一瞬で魔導書を発動していたのなら、その予備動作すら認知させないほどの発動スピードということになる。

――と、怪人がさらに怪しい動作をする。手にしていた〝短剣〟の魔導書を待機状態にしたかと思うと、次の瞬間には炎をまとう剣が顕現していた。

「〝炎剣グラディウス〟の魔導書……」

 〝炎剣グラディウス〟――小回りが利きやすい短めの刀身に炎を宿した剣。二級に分類される武器系の魔導書のひとつだ。二級ではあるものの、接近戦では炎を織り込んだ多彩な攻撃が可能で、使い手次第では一級の魔導書と対等に渡り合うことも不可能ではない。無論、ハルライトにとってはそれ以前に二級という時点で十分な脅威になる。

「手持ちの魔導書ではもう敵いそうにないな……」

 これまで騙し騙しでやってきたが、二級の魔導書を使われてはお手上げだ。少なくとも手持ちの魔導書――では。

(もうあれを使うしかない――)

 この危機的状況を唯一打破できるものがあるとすれば。それはやはり、決闘でも活路を見出すことができた〝ラプラス〟の魔導書しかない。だが、当然リスクもある。決闘のときのように魔力切れを起こしてしまえば、一巻の終わりだ。それでも、とハルライトは己を奮い起こす。どの道、抵抗しなければ終わりなことに変わりはない。ならば、少しでも可能性のあるほうに賭けるのが選べる選択肢の中での最善手だ。

「解析開始――」

 書庫の中で眠っていた〝ラプラス〟が静かに駆動を始める。

 怪人が先に動く。〝ラプラス〟はまだ解析中だ。とりあえず、〝短剣〟の魔導書で可能な限り対応する。どれだけ耐えきれるか分からないが、〝グラディウス〟の解析が完了するまでの辛抱だ。

「くっそ……っ!」

 接近戦と〝グラディウス〟の炎を交えた攻撃がハルライトを翻弄する。炎が頬をかすめる。無名の武器系の魔導書ではやはり限界がある。決闘では無意識のうちに魔導演算領域の全てを〝ラプラス〟に回したゆえ時間をほとんど要さず解析を終えることができた。しかし、今はそうはいかない。そんなことをすれば本当に丸腰だ。

(早く……!)

 怪人は地を蹴り、壁を蹴り、人外じみた動きで細い路地裏を縦横無尽に駆け巡る。目で追うのがやっとで、回避もままならない。〝短剣〟で受け止めきれない炎が服を焦がし、肌を焼く。痛みが全身を駆け巡るが、今はそんなことで悲鳴を上げている暇はない。この痛みすらも感じられなくなってしまう。

「しま――」

 不意に視界が傾く。後退しながら応戦し、ほとんどの意識を怪人に集中していたため、足元まで注意が及ばなかったのだ。視界が端で捉えたのは、路地裏にならどこにでも転がっていてもおかしくない木箱の破片。怪人による攻撃の流れ弾で破壊された木箱が破片なのだろう。それにバランスを崩して尻餅をついてしまう。

 ちょうど倒れたところへ合わせるように〝グラディウス〟の炎がほとばしる。今までよりも一回りも二回りも大きく、まるで壁のようだ。視界を赤い光が埋め尽くす。炎の壁が身体を完全を飲み込んでしまう――その瞬間、声を張り上げた。

「――〝グラディウス〟!」

 炎の壁が真っ二つに引き裂かれる。そのまま霧のように霧散する。

(か、間一髪……)

 冷や汗が背中を伝った。目で見てその中にあるものを確認する。しっかりとした感触がある。なんとか解析が間に合ったことにほっと胸を撫で下ろす。

 予想外の展開に怪人の動きが止まった。まさか無傷で切り抜けられるとは思ってもいなかったのだろう。その隙にハルライトは立ち上がり戦闘体勢を整える。

「今度はこっちの番だ!」

 怪人が戸惑っている間は一気に攻め立てる。もうこれ以上、相手のペースに飲まれるわけにはいかない。

 今までの仕返しと言わんばかりに炎を飛ばす。〝グラディウス〟の扱い方はさきほどの防戦一方だったときに見ている。何発もの炎が怪人に直撃する。ダメージを軽減する魔導書を使っていたとしても、あれだけの数を一度に受ければ多少なりともダメージを受けているはずだ。

 爆煙を突っ切って怪人が姿を現す。依然として動きに変化はなく、効いているかさえ怪しいところである。

「やっぱり一筋縄ではいかないか」

 淡い期待は早々に砕かれる。落胆するハルライトだが、しかしすぐに気持ちを切り替えて迎撃態勢を取る。こんなことで一喜一憂している場合ではない。

 スピードを乗せた怪人の一閃が炸裂する。それを真っ向から受け止める。炎をまとった一撃はなかなかに苛烈だが、受け止めるこちらも手にしている武器は同じだ。受け止められないことはない。ここから先はいかに相手の意表を突き、仕留めるかの戦いになるだろう。

 ハルライトは〝グラディウス〟を赤熱化させる。それに気づいた怪人はいったん距離を置く。

「逃がすかよッ!」

 〝グラディウス〟より放たれる炎。魔力を込めたその炎は巨大で、まるで蛇のようにうねりを伴って怪人を追い回す。怪人も負けじと高出力の炎を放つ。互いの炎が激しくぶつかり合う。熱波が路地裏を吹き抜ける。

 怪人は炎が終息するのをじっと待った。この中を無闇に突っ込めば、身が持たない。どの道、向こうの人間も動けはしないのだ。ここは炎が消えるのを待ち、それと同時に一気に距離を詰め攻撃を仕掛ける。おそらく相手も同じことを考えているだろう。だが、これだけの規模の炎を生み出したとなれば、しばらく炎は打てないはずだ。剣戟となれば、〝グラディウス〟を使い慣れているこちらに分がある。付け焼き刃の使い手に負けるわけがない。怪人は勝利を確信し、ほくそ笑む。

 だが――。

「――〝火弾〟!」

 対峙する人間――ハルライトの叫ぶ声が聞こえる。その次の瞬間、怪人の身体は大きく後方に吹き飛ばされていた。〝グラディウス〟の炎――ではなく〝火弾〟の炎が直撃したのだ。〝グラディウス〟の炎そのものがブラフだった。そのあとに放ったありったけの魔力を込めた〝火弾〟を確実に命中させるために。直撃したまま怪人は動かなくなる。

 実力差を埋めるために相手に油断を誘うというほとんど賭けのような作戦だったが、なんとか上手くいきハルライトはほっと一安心する。

「こっちはまともな実戦経験もないんだ、騙し討ちくらい許してくれ」

 答えるはずもない動かなくなった怪人を見下ろしながら言う。実際、正面からのぶつかり合いではほとんど歯が立たなかった。今回のように上手く油断を誘えなかったから、どうなっていたか分からない。

「卑怯な手を使いはしたけど……勝ちは勝ちだ」

 そう言って自分を納得させる。まともに魔導書を発動できるようになったとはいえ、それでも互角に渡り合うことはできず、ああでもしないと勝てない実力差を痛感させられた。まだまだ成長する必要があるということだ。

「ハルっ!?」

 静かになった路地裏に少女――シャノンの切迫した声が響く。血相を変え、ハルライトに駆け寄る。少し遅れてユーファミアもそばに寄ってくる。

「通信が途中で途切れて、それでユーファミアさんと急いで駆けつけたんだけど……」

「その様子だと、一悶着あったようだな。といってもすでに解決したようだが」

 ユーファミアは周囲を見回す。それから視線をハルライトのその奥に倒れている存在に移動し、目を眇める。

「怪我だらけじゃないっ! 早く手当しないと!」

「あ、いや、このくらい大丈夫だよ」

「ダメだよっ! ユーファミアさん、すぐに〝治癒〟の魔導書を――」

「ハルライト。怪我をしているところすまないが、そこに倒れている奴と戦ったとき、なにか違和感はなかったか?」

 心配するシャノンの声はユーファミアによって遮られる。ユーファミアのその態度から並々ならぬものを感じ取ったふたりは思わず息を呑む。

「い、いえ、特には……。あ、でも身体能力は異常なほど高かったです。正直、同じ人間とは思えませんでした」

 脳裏をよぎるのは先刻で外套の怪人が見せた異質さだ。身体能力を向上させる魔導書は存在するとはいえ、術者の基礎的な能力を少し上乗せする程度であり、怪人のような人間離れした芸当ができるようになるわけではない。

「なるほどな……」

 それを聞いて、ユーファミアは自分の中でなにか得心がいったようにうなずくと、再びに怪人を見つめる。いまいち状況を掴めていないシャノンは、それに釣られるようにして同じく怪人を見る。

「こいつの顔は確認したか?」

「いえ、ちょうどこれから確認しようと」

「なら都合がいい。こいつの正体を明かしてやる。ハルライトが死闘を繰り広げたこいつは――人間じゃない」

 ユーファミアの口から唐突に放たれた事実にハルライトは言葉を失った。状況を掴めていないシャノンは言わずもがなだ。

「に、人間じゃないって、どういうことですか……?」

 当惑を隠しきれない。無理もない。それが事実であるならば、さきほどまで自分が命の危機すら感じて戦っていた相手はいったいなんだったんだということになる。

「それは、この外套を剥がせば全て分かる。おそらく、この外套もこの姿を隠すためにだったんだろうな」

 ひとり納得したような語り口でユーファミアは続ける。動かない怪人の外套に手をかけて、その身を露わにしていく。

「これがこいつの正体だ」

 正体不明の怪人の姿が白日の下にさらされる。その正体はふたりの想像をはるかに超えるものだった。

「に、人形……?」

「いったい、どういうことなんだ……」

 まるで状況を理解しきれず、処理が追いついていないといった様子だ。そんなふたりとは対照的にユーファミアは特に驚いた表情をするでもなく、落ち着いた様子で続ける。

「人形という例えはこの場合においては適切ではないな。正体そのものは〝人形〟の魔導書で間違いない。お前たちでも行使できるくらい、さほど扱いに難があるものじゃない。とはいえ、これほど精緻なものは私も見たことがない。ほとんど人間と同じだ」

 思わずといった様子で感嘆の声を漏らす。〝人形〟の魔導書によって生み出される人形は術者の技量次第で粗製なものから本物の人間と比べても遜色ないほど精巧なものまでと、かなりの振り幅がある。目の前にある怪人は、ハルライトが戦っていたとはいえ気づかないほどの精巧な出来であり、敵であったことを考慮しても、その術者に対して称賛の言葉を贈りたいほどの妙技なのである。

「異常なまでの身体能力の高さはこれで説明がつく。〝人形〟の力の根源は術者の魔力だ。それいかんで身体能力だろうがなんだろが、いかようにも調整できる。当然、人形だから痛みも感じない。その代わりにダメージを受ける度に予め込められた魔力を消費するがな」

 壁を蹴って立体的に動き回ることなど、まさになにも恐れる必要のない人形だからこそできた芸当といえるだろう。

「このとんでもなく精巧にできた人形そのものは別に大したことじゃない。単にこれほど優れた技量を持った魔導司書がいる、それで済む話だ。問題はこれほどの技量を持った魔導司書がわざわざ人形をけしかけるなんていう回りくどい手法を使ってまで、ハルライトを襲ったほうにある」

 状況をなんとか理解し、ユーファミアから指摘を受けたふたりはハッとする。

「それってもしかして……」

 心当たりがある。むしろ、今の自分に魔導司書が悪意を持って襲いかかってくる理由などこれくらいしか考えられない。

「〝ラプラス〟、だろうな。わざわざ〝人形〟の魔導書を使ってまで襲ったのは警戒してのことだろうし、間接的にすることで正体をバレないようにする意味もあったんだろう」

 単に襲うことそのものが目的なら術者本人が襲うほうが圧倒的に合理的であり、確実性がある。それをしなかったのは襲うことのその先に目的があったということだ。姿が悟られないようにしてまで達したい目的が。

「それって、すごくまずいんじゃ……」

 シャノンが不安そうな声を出す。

「ああ。すでに〝ラプラス〟という魔導書の存在がどこかに露見してしまっていることになる」

 いったいどこから情報が漏れたのか。このことはクライヴにも伝えていない。学生である司書生が知っているとも思えない。可能性があるとすれば――。

(……魔導局関係者か)

 魔導局には魔導書に関する情報が全て集約されている。なんらかの情報を入手できる可能性があるのは魔導局に出入りする関係者ぐらいしかないだろう。すでに現役を退いている者まで含めたら、それは膨大な人数になる。

「事情が変わった。今日の実地訓練はこれで終わりにする」

「いいんですか?」

 ハルライトが問う。

「またいつ術者が襲ってくるか分からない。お前たちはもう学院に戻って休んでもらっていい。特にハルライトはちゃんと医務室に寄ってから寮に戻るように。私はこの人形から可能な限り術者の痕跡を追ってみる。すまないがシャノン、医務室まで付き添いを頼む」

「分かりました。任せてください。ハル、肩貸してあげる」

「お、おう」

 一瞬ためらうような仕草をしたあと、片手をシャノンの肩に回す。そのとき、一瞬だけ手の先に柔らかな感触が伝わってきて、反射的に手を遠ざける。

「ん、どうしたのハル?」

「あ、いや……なんでもない」

 なんとなく顔を合わせづらく、視線を合わせず声だけで返事をする。シャノンは不思議そうな表情をするが、それ以上の言及はしてこなかった。どうやら気づいていないようである。

「それじゃハルを医務室まで送ってきます」

「頼んだ。この人形は私が処理しておく。道中、気をつけてな」

 ユーファミアに一礼すると、ハルライトとシャノンは来た道を引き返す。シャノンに連れられ医務室に向かうその道中、さらなる敵の登場よりも別の意味で胸の鼓動が治らなかったのは言うまでもない。

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