14頁目
初日の特訓から一ヶ月後。ベネトナッシュ魔導司書学院の正門前にシャノン、ユーファミアの姿があった。市街地での実地訓練については、ハルライトの実力がそれに耐えうるものになってからを行うことを条件に、アリシアがしぶしぶ納得するという形で決着がついた。当のアリシアについては一回生、二回生の講義あるということで来ていない。
今日は特訓に使える残り少ない時間の最初の実地訓練になるのだが。
「ハルライトのやつ、遅いな」
この実地訓練における中心人物といえるハルライトはいまだ来ていなかった。
「シャノンはハルライトからなにか聞いているか?」
「いえ……。寮の前で別れてからなにも」
ベネトナッシュ魔導司書学院は許可なく男子は女子寮、女子は男子寮へ行くことを禁じている。昨日の特訓を終えてからのことについては、仲の良いシャノンでも把握していなかった。
「あっ、来ました」
シャノンとユーファミアがそんなやり取りをしていると、遠くから走ってくる人影が見えた。近づいてくるにつれて徐々に輪郭を帯びてきて、ふたりが来るのを待っていた人物だった。
「遅刻だぞ、ハルライト」
「ハル、寝過ごしちゃったの?」
着くや否や同時に声をかけてくる。
「いや、実は……その……」
「言いたいことがあるならはっきりと言え」
妙に歯切れの悪い言い方をするハルライトに早く言うようにうながす。
「実は昨日の特訓が早く終わったから、夜に寮でこっそり夜中に練習してたんです」
学院内での魔導書の発動は講義中か演習場だけ認められている。それは不用意な魔導書の発動によって発生する危険から司書生を守るためを目的としたものだ。他の司書生と比べて実力の低いハルライトもそのルールは守らなければならず、アリシアにばれようものなら呼び出しを食らうほど行為なのだ。妙に歯切れが悪かったのも合点がいった。
「そんなことをしていたのか。身体を休ませるのも立派な特訓だぞ」
ユーファミアが少し渋い顔をする。地力を上げるためとはいえ、遅刻された挙句、身体も休めてないともなれば、少なからず不快に思うのも無理はない。
それを感じ取ったハルライトは自分の心中を吐露する。
「少しでも魔導司書としての地力を上げようと、俺なりに努力しようと思ったんですけど……」
ユーファミアの判断で今回の実地訓練を行うことになったのだが、当の本人も少しでも力をつけたいというのが本心だった。
「前にも似たようなことを言ったが、魔導司書としての実力には様々な要素ある。一朝一夕でどうにかなるようなものでもない。まあ、人間が本来生きるために必要とする脳機能の領域を全て魔導演算に使えば、一時的に魔導演算能力を高めることはできるかもしれないが、それは自殺行為にも等しい。命を捨てる覚悟でもない限り、する必要すらない机上の空論のようなものだ。焦ってもいいことはないし、着実に実力をつけていけばいい」
ハルライトの焦る気持ちを理解したうえで諭すように言う。焦りは戦闘において不用意な危険を招きかねないと知っているからだ。それは一級魔導司書ならではの着眼点だろう。
ハルライトもユーファミアの話を聞き納得し、本日の実地訓練の内容に触れる。
「今日の実地訓練だが、名前ほど仰々しいというわけでもない。つまるところ、市街地の巡回だ」
「巡回?」
ハルライトの付き添いで来ることになったシャノンが首を傾げる。
「ああ。当日の魔導祭でも当然会場周辺から始まって広範囲を巡回することになるだろう。そのために今から慣れておく必要がある」
ことさらハルライトの場合は、他の司書生と比べてまだ技術的に劣る部分もあるので、事前に似たような環境を経験しておくのは悪いことではない。
「その市街地の巡回ではなにをするんですか?」
「魔導祭を見据えたという意味では当然、不審者やライセンス未所持の者を取り締まることになるんだが、といっても魔導祭以外では図書館都市へ悪意を持った者が侵入することはまず不可能だ。基本的にはパトロールが中心になると思っている」
ユーファミアが経験した戦闘は図書館都市の外でのことがほとんどだ。魔導書の職務のひとつとして、いまだ魔導局が回収できていない魔導書を無事に持ち帰るというものがある。その過程で魔導書を狙う者との戦闘は切っても切れない関係だ。
「ここで立ち話をしていても時間がもったいない。ここから三手に分かれて市街地を巡回するぞ」
「三手に?」
「ただでさえ広い図書館都市を三人が一緒になって回っていたら、日が暮れてしまう。三人とも別方向に行って効率的にやったほうがいい」
生まれも育ちもベネトナッシュであるハルライトとシャノンも全ての区を見て回ったかと聞かれれば、首を縦に振れる自信はなかった。
「今日一日で全てを回るつもりはない。とりあえず今日は南側の巡回をするつもりだ。昼で一回集合しよう。なにかあれば〝通信〟の魔導書で連絡してくれ」
「分かりました」
「了解です」
「では、散開」
ふたりの返事を聞き、ユーファミアの一言で巡回という名の実地訓練が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます