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特訓はシャノンとアリシアが手本をやってみせ、ハルライトがそれを参考に魔導書の発動を行い、ユーファミアが至らない点を指摘するというサイクルだった。
どうして自分に魔導書が使えないのか、それが分からないときはただ闇雲に練習をするだけだったが、その原因を理解し、三人から教えを請うてもらってからは幾分か飲み込みが早くなっていた。
「まだまだだ。もう一度」
それでもこの学院の生徒を基準にしたときでは、その十分の一程度にしかならないが。
「ユーファミアさんスパルタですね」
「昔からユーファは一度やると決めたら、とことんやる人間なのよねぇ」
手本役であるシャノンとアリシアは四苦八苦するハルライトを少し離れた位置で見ていた。
ふたりはひとつの正解を見せることはできても、その正解への道筋はハルライトが自分で見つけ、掴まなければならない。ハルライトが望めばいくらでも手本を見せるつもりであるふたりだが、逆にいえばふたりにできるのはそこまでなのだ。
「休んでいる暇はないぞ」
激流の川のごとくユーファミアの指導には一切の遠慮がない。少しでも休もうものなら、即座に注意が飛んでくる。
「ちょ、ちょっと待って!」
堪らずハルライトは声を張り上げる。
「どうした? 無駄口を叩いてる暇なんてないぞ」
「さすがに休みなしで魔導書を発動しようとするのは無理ですよ! それに発動できなくても魔力は消費するし、ここままだとまた魔力切れに――ッ!」
不意に頭が重くなってくらっと視界が歪む。魔力切れの兆候である。
「そうだろうな。では、そうやって敵の前で無様な姿をさらして、言い訳でもするのか?」
「うぅ……それは……」
ぴしゃりと言い放つユーファミアの正論に手も足も出ない。敵との戦いは常に命のやり取りの連続だ。手心を加えてくれるような敵はいるわけがなく、生きるか死ぬかは全て自分次第なのだ。
「そうならないようにするために、こうやって特訓をしている。今の自分が魔導書に供給できる魔力の量はどれくらいなのか。魔導書を発動する所要時間はどのくらいなのか。そこから導き出される最適な戦闘スタイルの構築……。それをできるようにするためには反復練習して、感覚を掴むしかない。今は無理を押してでもやらないといけないんだ。さあ、もう一度やるぞ。あと、今のくらっとするまでに消費した魔力の量をおおよそでいいから覚えておけ。それが今後、ハルライトの連続戦闘が可能な時間の目安となる」
矢継ぎ早に言うと、ユーファミアは特訓を再開する。ハルライトも無様になんて言われては黙っておれず、奮起するように立ち上がる。
「反動を考慮すると、今日の魔導書の発動はあと一回が限度ってところか。せっかく感覚を掴み始めてきたのにここで流れを途切れさせるのはもったいない。あと一回でいけるか?」
「やってみせます。俺だってもう魔導司書を目指してるのに魔導書がろくに使えないなんてことは嫌ですから」
ユーファミアの問いにハルライトは強い口調で答える。今までの不甲斐ない自分から脱却し、変わりたいという思いを強く感じることができる口調だ。
「この一回に全神経を集中しろ。コードが変換されていくところを強くイメージし――」
再び魔導書を強く握り、ユーファミアの助言を元にイメージをより強固なものにする。絶対に成功させるという思いを集中力に変える。
「自分の脳が魔導書の演算機であることを強く意識する」
目を瞑り、なにも視界に入れないようにする。五感さえも今この一回のために一切の情報をシャットアウトする。
「そして、強く魔導書名を叫べ――」
「――〝火弾〟!」
一筋の赤い閃光がほとばしる。それはアリシアが用意した訓練用人形に直撃し霧散した。人形がわずかに揺れて、かすかに焦げたような臭いが漂ってくる。
「い、今のって……」
惚け気味にアリシアが声を出す。全員の視線が小さな焦げ跡に向く。
「――やったあああっ!? やったよ、ハル!」
沈黙を最初に破ったのはシャノンの歓喜の声だ。
「これは……間違いないな」
続いてユーファミアが人形の焦げ跡を確認し、満足げな表情を浮かべながら言う。
「じゃあ本当に……」
ようやっと事態を把握したアリシアは感極まり、口許を手で覆う。今にも泣き出しそうだ。
「ほ、本当に、で、できたのか……?」
渦中の人物であるハルライトはなにが起こったのか、状況を把握できていないようで、呆然としたまま硬直してしまっている。
「そうだよ! ハルがやったんだよっ! ハルが……魔導書を発動したんだよ!」
至近距離でまるで自分のことのように嬉しそうな表情で、シャノンはハルライトについにできたことを伝える。どんなときでも自分と一緒にいてくれたシャノンのその嬉しいそうな表情を見て、本当に成功させることができたのだと、徐々に認識し始める。
「おっと……」
成功したということを自覚した途端、急に全身の力が抜けた。魔力切れが迫っていたこともあってふらついてしまう。
「ハル、大丈夫?」
とっさに支えてくれたシャノンの手を借りて、地べたに座る。
「よくやった、ハルライト。威力的にはまだまだ改善の余地があるが、正真正銘、お前は魔導書を発動することができた。お前は今、自分の殻をひとつ破ったんだ」
座り込むハルライトの前に立つと、ユーファミアは同じ目線になりそう告げた。お世辞でも社交辞令でもない。ユーファミアがそんな心にもないことを言う性分でないことは、ここ数日間の付き合いで知っている。今の言葉はユーファミアの本心から出た言葉。普段は厳しいが、ゆえになんの偽りもないその言葉はハルライトの胸を打った。
「じゃあ……俺、本当に……」
ユーファミアから称賛の言葉をもらい、目頭が熱くなる。
「涙は魔導司書になれたときまで取っておけ」
お褒めの言葉をいただいてから束の間、いつもの厳しいユーファミアに戻っていた。
「も、もうちょっと感動に浸らしてくれてもいいじゃないですか……」
少し悲しそうな表情でユーファミアを見る。
「そうよ、ユーファ。ハルライトが初めて魔導書を発動できたのよ。お祝いだってしてもいいくらいよ」
ハルライトに便乗する形でアリシアも参戦する。
「お、お祝いって……。そんな余韻に浸っている暇はない……と言いたいところだが、まあどの道今日はもう特訓はできないからな。今日の夜くらいなら休息もかねてやってもいいだろう。その代わり、明日からの特訓は未熟とはいえ魔導書が発動できるようになったことも考えて、もっと実戦に即したものにするつもりだから覚悟しておくように」
若干呆れつつも、ハルライトの頑張りは認めているようで、特に禁止にするようなことはしなかった。とはいえ、そこは抜け目のないユーファミアだ。しっかりと休息を取る代わりに明日からの特訓は厳しくする気が満々だった。
「ああそれと、ある程度できるようになったら、市街地で実地訓練もするつもりだから、なるべく早く物にしてくれると助かる」
「市街地で実地訓練……?」
ユーファミアが何気なく付け足した言葉に、アリシアがなにも聞いていないというような反応する。
「市街地で訓練なんて、そんなこと聞いてないわよ。ハルライトは知ってたの?」
「いえ、俺も今初めて聞きました」
床に座ったままハルライトはかぶりを振る。シャノンも同様だ。
「それはそうだろう。今思いついたんだからな」
「い、今って……!」
ふたりは思わずあっと声を出しそうになった。視線を合わせて、言葉を交わさなくても分かる。これからどうなるのか、なんとなく予想がついた。
「どうしてユーファはいつもいつも、思いつきで行動するのよ!」
「仕方ないだろう。まさか、特訓初日で魔導書の発動までいけるとは私も思っていなかったんだ」
その言い方には引っかかるものを感じたハルライトだが、結果として魔導書を発動させるところまでは、なんとかこぎつけることができたので、そこまで言ってやりたいという気持ちではなかった。
「仕方ないって言うけどね、だいたいユーファは……」
もう何度目になるか分からないユーファミアとアリシアの言い争いを見て、ふたりはため息をつく。ここまでくると、もはや止めに入るのもあほらしくなってくる。これは長引きそうだと判断したふたりは、
「ねえハル。私たちだけ先に戻っていよっか?」
「そうだな。このまま待っていても、いつになるか分からないし」
仲良く言い争っているユーファミアとアリシアを尻目に、ふたりは一足先に寮に戻り、休息を取るのだった。
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