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「ま、魔導祭の警備っ!?」

「おい、声が大きいぞ!」

「あ……ごめん」

 驚きのあまりアリシアは珍しく大声を出してしまった。すぐさまユーファミアに注意されて少ししゅんとする。

 教官室の隅にある談話スペース。そこで四人は話し合っていた。

「その話って本当なの?」

「魔導局長から聞いた話だ。まだ精査中のようだが、事実と見てまず間違いないだろう」

 ユーファミアが持ってきた話というのは、未確認の魔導結社が魔導祭に乗して侵入を試みているという情報だった。普段は検査を行い、外部からの侵入に厳重な図書館都市だが、魔導祭の開催期間中だけは見物客に配慮して魔導的防壁(プロテクト)を解除している。その機に乗じるというのは賢い選択だろう。

「そこで司書生からも警備志望者を募ってほしいと頼まれた。今回は敵の数が未知数でこちらの数も多いほうがいいという理由らしい。もちろん、最大限の配慮とバックアップするし、警備の成果いかんでは魔導局からのスカウトも用意しているということだ。可能か?」

「警備志望者を募ることに関しては私の一存では決められないから、学院を通すことになるけど、魔導局それも局長からの依頼となったらまず断られることはないと思うわ」

 学院と魔導局との親交は深い。多くの司書生が目指す場所となる魔導局からの寄与は多大で、その代わりに魔導局に協力することを前提として学院はそれを享受している。今回のような依頼を断る選択肢は学院側にはないといっていい。そのようなある種、選択権のない関係には懸念の声を上げている者もいるが、この関係は現在まで変わることなく続いている。

「そうか。なら、とりあえずは一安心だな」

 いちおう断られることも想定していたのか、ユーファミアは胸を撫で下ろした。

「警備志望者が集まるかどうかは別問題だけどね」

「それなら問題ないだろう。この学院の司書生はがめついからな」

「ちょっとユーファ。それはどういう意味よ」

「言葉どおりの意味だ」

 褒めているのか、けなしているのか分からない言い方にアリシアは少しムッとした顔をする。

「まあ、魔導局からの計らいを受けられるかもしれないなら、応募も殺到するかもっていうのは否定はしないけど、もう少し言い方があるでしょ」

「物事をオブラートに包みすぎても問題になる場合もあるんだ。前にも言ったが……」

 このままでは、またいつぞやの二の舞になる。そう直感したふたりは、とりあえずなんでもいいから話しかける。

「あの……それで話というのはそれだけですか?」

「俺にも用があるって感じでしたけど……」

 ふたりから話しかけられて、やっと我に返ったユーファミアとアリシアは居住まい正す。

「さっき言ったことは用事のひとつめだ。もうひとつがどちらかといえば、この場では本題になるな。特にハルライトにとっては」

 ユーファミアのその言葉にハルライトは唾を飲み込む。

「ハルライトには魔導祭の警備をしてもらいたいを思っている」

「お、俺がですか……?」

 予想の斜め上をいく発言にハルライトを含む三人は目を丸くする。魔導書が発動できる他の司書生ならまだしも、決闘で使ってみせた〝ラプラス〟の魔導書以外は発動できた試しがないハルライトを実戦があるかもしれない警備に参加させるのは、普通に考えれば無茶なことである。

 この提案に本人よりも真っ先に反対したのはアリシアだ。

「ちょ、ちょっと、ユーファ! それはさすがに無茶だわ」

「ん? なぜそう思う?」

 なぜアリシアが反対しているのかまるで分からないというように、ユーファミアは首を傾げる。

「ユーファの教育方針がスパルタなほうっていうのは昔から知ってるし、いまさらそこをどうこう言うつもりもないわ。けど、こればっかりはハルライトの担当教官として承服できないわ。あまりに危険すぎる」

 先日の決闘でさえ認めたとはいえ、アリシアとしてはどちらかといえば反対だった。今回はそれを上回る魔導祭での警備だ。さきほどの話も総合すれば、交戦になる可能性は捨てきれない。魔導局からのバックアップがあるとはいえ、実戦では一瞬の油断が命取りになることもある。担当教官としてそんな危険なことを承服するなどできるはずがなかった。

「そうは言うがなアリシア。魔導祭が終われば、少しもしないうち卒業だ。そうなれば、いやでも実戦を経験することになる。少なくともハルライトが目指す魔導司書になるためにはそれまでの間に経験を積む必要がある。それに危険が伴うが、実戦が一番手っ取り早い」

 本来なら学院で地力をつけてから、実戦に臨むのが一番安全な流れであり一般的だ。だが、ハルライトが望むように短期間で相応の実力をつけるためにはそんな悠長なことをしている時間はない。

「それでも無茶よ」

 今度ばかりはアリシアも食い下がる。ユーファミアの言うことも一理あるのだ。それは分かっている。だが、危険だと分かっている場所に自分の生徒を送り込むなんてこと、教官としての心が許すことができないのだ。

「まあアリシアが心配するのも無理はない。どうだ? ここはひとつハルライトに決めてもらうというのは」

「それはそれでちょっとずるい気がするけど……でも、これはハルライト自身の問題だし、本人が決めたことなら私も文句は言わないわ」

「そういうわけだ。ハルライト、お前はどうしたい?」

 ユーファミアとアリシア、そして少し話から外れているシャノンの視線が一斉にハルライトを向く。

 沈黙が流れる。即答できる話ではないだろう。しばらくの逡巡の後、おもむろに口を開いた。

「俺は……魔導祭の警備をやってみようと思ってます」

 ハルライトの出した結論に誰も口出しはしなかった。そういう約束だ。ただひとり、アリシアだけは少しだけ膝の上に置いた拳を強く握った。

「ユーファミアさんの言うとおり、今の俺には実力も時間もありません。アリシア先生が心配してくれるのも理解できます。でも――少しでも早く強くなれるんだったら、俺はその覚悟はできています」

 力強い言葉だった。三者三様にユーファミアは感心したというようにうなずき、アリシアはもう観念したというように笑い、シャノンは覚悟を決めた顔を羨望の眼差しで見つめていた。

「いい返事だ。アリシアも文句はないだろう?」

「そうね……。ハルライトがそうしたいって決めたのなら、私も協力するわ。でもその代わりひとつ約束して。それは絶対に無理はしないこと。あなたはまだ学生なんだし、危険だと思ったら、周りに助けを求めなさい。いい?」

「はい」

 念押しするアリシアにハルライトは力強く答えてうなずいた。

「よし。そうと決まれば善は急げだ。魔導祭まで時間がない。ぎりぎりまで特訓をするぞ」

「え、今からですか?」

「当たり前だろう。一秒たりもと時間は無駄にできん。それとシャノン・アネット。君にも特訓に協力してもらいたい」

「わ、私がですか?」

 突然ユーファミアに尋ねられて思わず驚いた顔をする。

「基礎を教えることはできるが、実際に発動するとなったときには学生と一級とでは差が大きすぎるからな。参考にならん。そこでシャノンの力を借りたい。同じ学生のうえに成績優秀者の君なら良い手本になるはずだ」

「わ、私で務まるんでしたら……ハルの特訓に協力したいです」

 ちらりと横目でハルライトを見たあと、シャノンは少し声を上擦らせながら答える。

「そう言ってくれると助かる。アリシア、今空いている演習場はあるか?」

「今はどこも一回生と二回生が使用中よ。強いていうなら、空いてるっていうか使用禁止になってる演習場ならこの前に試験に使った――」

「そうか。なら、余計に好都合だ。行くぞ」

「え、ちょっと、ユーファ!?」

 嵐が去っていくがごとく、ユーファミアはふたりを連れて教官室を飛び出していってしまった。相変わらずの行動の早さは少し見習わなければならないと思うアリシアである。とはいえ、使用禁止となっている演習場を使ったとなれば、文句を入れられかねない。ごまかす方法を考えながら、ユーファミアが暴走してこれ以上壊されないようにアリシアも演習場に向かうのであった。

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