Chapter.2
10頁目
「どうなってんのかねぇ」
決闘から一週間後。今日も今日とて、忙しなく活動をしている三回生たちを尻目に少年――ハルライトは図書館の隅のテーブルで整理をしていた。
いつも整理の作業はあまり早いほうではないハルライトだが、今日はいつにも増して遅々として作業は進んでいなかった。その原因はもちろん先日の決闘である。
「アリシア先生から俺の勝ちだって聞いたけど……」
決闘の勝敗については医務室で目を覚ました際、見計らったようにそばにいたアリシアから聞くことができた。アリシアと一緒にいたシャノンがまるで自分のことのように喜んでいたことをよく覚えている。
「にしてもなぁ……」
決闘の最後のほうはほとんど覚えていないが、自分が勝利したというのは純粋に嬉しいし、ほっとしている。ハルライトが気にかかっているのはそこではなく、あの決闘以来、ユーファミアから一切の連絡がない。アリシアが言うには、ユーファミアが自分のために特訓のようなものを考えていてくれているらしい。それがどのようなものかハルライトには見当がつかないが、ユーファミアからはいかにもスパルタそうな雰囲気が出ているので、特訓でもなんでも厳しいものになるのは予想ができた。もとより、それくらいは覚悟の上だが。今はそのユーファミアからの連絡を待っているところである。
「俺から行ったほうがいいのかな?」
ユーファミアから手解きを受けるのはハルライトなので、自分から行くのが筋なのだろうが、そもそもユーファミアがどこにいるのか分からない。魔導局に行けば会えるかもしれないが、魔導局はライセンス未取得者の立ち入りを禁止している。事実上、待つことしか今のハルライトにはできないのだ。
「また眉間にしわを寄せてるよ、ハル」
――と、気づけばテーブルを挟んだ向かい側に見知った顔――シャノンがこちらを覗き込んでいた。シャノンは気づいていないのかもしれないが、思いっきり前のめりでこちらを覗き込んでいるため、たるんだ制服の隙間から思春期の男子には刺激が強いものが見えそうになっている。思わず視線を奪われそうになるが、そこはぐっと理性で抑え込み、悟られないようにハルライトは少し距離を置く。
「シャ、シャノンか。いつも突然現れるな」
「それはハルが気づいてないだけだよ」
そう言ってシャノンはハルライトの隣に腰をかける。相変わらず距離が近い。
「ユーファミアさんからなにか連絡はあった?」
やはりシャノンも気になっているらしい。ハルライトがかぶり振ると、ハルライト以上にしょんぼりと肩を落とす。
「そ、そっか……」
「なあシャノン。心配してくれるのはすっごいありがたいんだけど、シャノンが俺以上に悲しむ必要はないんだぞ?」
こんな自分でも笑ったり、悲しんだりしてくれるシャノンの存在はハルライトとしても非常に温かいもので、心の拠り所になっていた。とはいえ、ハルライトが直面している問題は彼自身の問題であり、シャノンが必要以上に気に病むは全くないのだ。むしろ、それでシャノンが病気にでもなってしまうほうがハルライトにしてみれば、望まないことであり、怖いことなのだ。
「そんなことないよ。ハルが夢に一歩近づけたのは私だって嬉しいもん。だから、これからも応援したいよ」
こんなことを恥ずかしげもなく、面と向かって言えるシャノンはやはり只者でないとハルライトは思う。おかげでこちらは気恥ずかしくてシャノンとまともに視線も合わせられない。元々整った顔立ちをしているだけに、その破壊力は相当なものだ。下手な魔導書よりも威力は高いかもしれない。
「ま、まあ、シャノンがそれでいいなら、俺がこれ以上とやかくは言えないけど……とりあえず、ち、近い……」
力説していたからだろう。元々近くに座ったこともあって、シャノンは自分でも気づかぬうちに顔を近づけすぎてしまっていた。吐息がかかりそうな眼前まで。
「――っ! ご、ごめんっ!? つい熱が入っちゃって……」
「い、いや、いいよ。大丈夫だから」
ふわっと女の子特有の甘く優しい匂いが香ってきたのは内緒だ。
仕切り直すようにハルライトが咳払いする。
「とにかくだ。ユーファミアさんが来ようが来まいが、俺がやるべきことはいつもと変わらないってことだ」
待つことしかできないのは事実ではあるが、このままなにもせず、ぼけっと待っているつもりは毛頭ない。
「そうだね。ユーファミアさんが来ないからってサボっていい理由にはならないもんね。私も手伝うから早速演習場に――」
その続きを遮ったのは響かんばかりの扉を開けた音だった。
図書館で先日の試験の疲れを癒やす暇もなく魔導祭に向けている他の三回生は殺気立った視線を図書館に入ってくる者に送るが、それはすぐに羨望の眼差しへと変わった。そして、三回生たちの視線は最終的にハルライトへ向くことになる。
「ハルライトいるか?」
よく通る声が図書館に響く。いつもなら数名の司書生が注意をしにいくのだが、今は誰もがそれどころではないようである。
「この声って……」
「来たみたいだな」
示し合わせたようにふたりは視線を交わすと、誰が来たのかを確信する。
品のある歩き方でハルライトに向かってくるのは女性――ユーファミアだった。
「こんなところにいたのか」
周囲を気にすることなく、ユーファミアは話を始める。図書館にいた三回生たちはハルライトとユーファミアを交互に見て視線を動かしている。特にハルライトを見る視線は、嫉妬や怒りが混ざったような複雑な感じだ。考えてみれば、三回生で唯一の落ちこぼれと一級魔導司書の並びは不釣り合いといえるかもしれない。そんな視線をハルライトはあえて気づかないふりをして、ユーファミアの話に集中することにした。
「あの、ユーファミアさん。アリシア先生から聞いたんですけど、俺に稽古をつけてくれるっていう話は本当ですか?」
単刀直入に切り出す。
「ああ、その話ついてだが、少々事情が変わってな。それも含めてハルライトとアリシアに話したいことがある。今からアリシアのところに行くぞ」
「あ、あの……」
半ば強引にハルライトの手を引いて急ぎ足で行こうとするのをシャノンが止める。
「その話に私も参加していいですか……?」
「君は確か……シャノン・アネットだな。隠し立てするような話でもないからな。ついて来たいと言うのなら私は止めない」
「はい! ありがとうございます」
こうして、三人は図書館からアリシアのいる教官室まで移動を始めた。
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