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(これで終わりなのか……)

 不明瞭な視界の中でユーファミアの背中が遠のいていく。

(どうしてなんだよ……)

 悔しさで涙が溢れてくる。

 アリシアが決闘の終了を告げようとしている。

(あのときは確かに発動することができたのに……!)

 あれは確か、父親に遊んでもらっていたときのことだ。父親がなくなってから蓋をした思い出に縋るように意識を記憶の底に飛ばした。



「なあ、ハルライト。お前、魔導書を使ってみるか?」

 柔和な笑みを浮かべた父親がそう声をかける。

「無理だよ。俺、親父みたいにすごくないし」

 声をかけられた少年はふてくされたような言葉を漏らす。今の今まで散々父親の妙技を見せつけられていたのだ。少年がそう思うのも無理はない。

「それに親父から色々教えてもらったのに、まともに魔導書も使えないし……。やっぱり俺、親父みたいな才能はないんだよ」

 ふてくされるのを通り越して、どんどん鬱屈とした気持ちになっていく。

「まあそう言うなって」

 そう言って父親はおもむろに一冊の魔導書を書庫から取り出す。それを持って少年に近寄る。

「この魔導書はな、お父さんがお前のために作った特別な魔導書なんだ」

「特別……?」

 特別という単語を聞いて、今まで顔を曇らせていた少年は好奇な視線で父親とその魔導書を交互に見る。

「そうなんだ。どうだ? 使ってみたくなったか?」

「使いたい使いたい!」

 ようやっと子供らしくはしゃぐ姿に父親は微笑みを浮かべると、魔導書を少年に持たせる。

「魔導書の発動の仕方は知ってるか?」

「それくらい知っているよ。名前を言うんでしょ?」

「本来はそうなんだけど、このは特別だからな。発動の仕方も特別なんだ。今からお父さんが言う言葉を真似するんだぞ。それじゃあいくぞ――」



「――解析開始……」

 その瞬間、閃光が演習場を包み込む。全員が目を覆い、そして白んだ世界が元の色を取り戻したとき、演習場にいる誰もが驚愕する。

「な、なぜ貴様がその魔導書を使えている……」

 驚愕のあまりユーファミアはほとんど声を出せていない。他の司書生もそうだ。みな言葉を失っている。アリシアも決闘の終了を告げるのを途中でやめてしまった。

「ハ、ハル、それ……」

 そんな中でシャノンがあるものを指差す。

「えっ……」

 意識を取り戻し直後に右手から伝わってくる感触。剣の柄のような感触を覚え、視線を向ける。そして驚愕する。ハルライトの右手にはユーファミアの持つ魔導書と寸分違わない紫色の輝きを放つ大剣――〝ラグナロク〟が握られていた。

「どういうことか説明してもらおうか」

 いまだ驚愕した顔のまま問うてくる。ひどく混乱している様子だ。

 まだ痛みの残る脇腹を押さえながら、〝ラグナロク〟を杖代わりにハルライトは立ち上がる。

「どうしてこんなことになったのか、自分でもよく分かりません。けど、まだチャンスが残されているなら――俺は戦うまでです」

 涙を拭い、もう一度闘志を奮い起こす。今度は戦う武器だってあるのだ。なにも恐れる必要はない。

(親父が繋いでくれたチャンス――無駄にしたくない!)

 状況を把握できていなかったユーファミアだったが、ハルライトの炎のついた目を見て、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに笑う。

「なにが起きたかよく分からんが、貴様がもう一度立ち向かってくるというなら……こちらも全力で相手になろう。アリシア、決闘続行だ」

「え、ええっ!?」

 決闘を続行するなんていう無茶な要求にアリシアは慌ててユーファミアに駆け寄る。

「な、なに言ってるよユーファ! ハルライトもあれだけもろに受けたんだから、早く医務室に」

「大丈夫ですよ、アリシア先生。俺はまだやれます」

「で、でも……」

 担当教官であるアリシアが心配するのは当然のことだ。本当なら今すぐにでも医務室に連れていきたいところなのだ。

「やらせてください。アリシア先生」

 真っ直ぐでそれでいて魂の宿った双眸がアリシアを見つめる。そんな真剣な表情を見せられてはこれ以上なにも言えない。

「分かりました。その代わり、こちらがこれ以上は危険と判断したときには容赦なく止めに入ります」

「分かりました。すみません無茶言って」

 アリシアは元いた位置に戻る。

「本当に続けるんだな?」

「はい」

「そうか。なら、第二回戦といこうか!」

 再び落ちこぼれの司書生と一級魔導司書による決闘が始まった。


 始まって直後、先に動いたのはハルライトのほうだった。一気に距離を詰めて〝ラグナロク〟を力いっぱい振り上げると、ユーファミア目がけて振り下ろす。さきほどの出来事で勢いづいたのか、今までと打って変わって動きにキレがある。

 だが、そこは歴戦の一級魔導司書。簡単には当たってくれない。

(威力は私のおおよそ半分といったところか……)

 ついさきほどまで自分がいた場所に穿たれた穴を見ながら冷静に分析する。いったいどういう理屈で〝ラグナロク〟の魔導書をハルライトが使えているか判然としないが、どうやら形はユーファミアの持つ〝ラグナロク〟と瓜二つではあるものの、威力までは一緒ではないらしい。とはいえ、それでも直撃すれば大きなダメージを負うのは免れないだろう。

「まだまだッ!」

 避けられたことを気にすることもなく、次の攻撃へと転じる。ユーファミアも今度は避けるのではなく、真正面からその一撃を受け止める。

 キィィンと甲高い音が木霊する。魔力と魔力が激しくぶつかり合う。

「さすがは〝ラグナロク〟。なかなかに重い一撃だ。だが――」

 直後、ユーファミアの〝ラグナロク〟に魔力が凝縮する。ハルライトがそれを認識する頃には大きな爆発が起きていた。そのまま爆風でハルライトは後方へ大きく飛ばされる。

 爆発で生じた紫色の煙が漂う。ユーファミアの周囲には紫の炎の残り火がちろちろと燃えている。

「武器系の魔導書に存在する固有技(スキル)のひとつだ。〝ラグナロク〟にはこういう使い方もあるんだ」

 圧倒的な破壊力を持つうえに広範囲の攻撃も有する〝ラグナロク〟の魔導書はまさに破壊の権化といえるだろう。

「とはいえ、加減を間違える術者にも被害が及ぶがな」

「なんてむちゃくちゃな……」

「ときに任務では捨て身の行動も必要になる。さて、ハルライト。貴様はこれをどう使う?」

 挑戦的な目を向けてくる。ハルライトは試されているのだ。それが純粋に興味が湧いたゆえのことなのかどうか確証は持てない。そもそも一級認定されている〝ラグナロク〟の技を上手く扱えるかも不明だ。暴発してしまう可能性もあるが今はそれでも……やるしかない。

 ほとんど見よう見まねだが、剣先に魔力を集中させるイメージを浮かべ――解き放つ。

「付け焼き刃にしては……悪くない出来じゃないか」

 ずっしりと待ち構えたままユーファミアは口角を上げる。

「ハル……。すごい!」

 決闘を見ていたシャノンが感嘆と喜びが混じった声を上げる。

 さきほどユーファミアが起こした爆発より小規模であるが、その爆発を着地のたびに起こすことによって、まるで跳ねるように駆けていく。走るよりもはるかに速い。

「来い……! ハルライト!」

 瞬時に間合いを詰め、その勢いのまま〝ラグナロク〟を横薙ぎに振るう。一瞬にして間合いを詰めることで防御する暇すら与えない作戦だった。

 だが、それでも一級魔導司書の壁は高い。

「悪くない作戦だが――見えているぞ」

 ハルライトの作戦を見抜いたユーファミアは防御体勢を取る。このままいけば防がれる。反撃の機会を与えてしまうことにもなりかねない。それでもハルライトは止まらない。

「ごり押す気か」

 防がれると分かったうえで止まらないというのなら、それ以外の攻撃手段は考えづらい。ユーファミアは〝ラグナロク〟へ供給する魔力を増やし、受け止める態勢を整える。

 ハルライトの〝ラグナロク〟が直撃する――と思われたその瞬間、爆発が生じた。

「爆発ッ!?」

 本当の狙いはこれかと思ったユーファミアだが、ハルライトの狙いはその先にある。

 右足を軸に身体をねじる。無茶な動きで身体が痛みを覚えるが、そんなことをためらって勝てる相手ではない。爆発の衝撃を受けたことで〝ラグナロク〟を振るうスピードは速い。そのままの勢いで叩き込む。

 再び防がせる前にハルライトの〝ラグナロク〟がユーファミアに近づく。

「いっけぇえええええ!」

 渾身の力と叫び声を込めて横薙ぎに振るう。ひとつでも傷をつけられれば勝ちなのだ。

 そして〝ラグナロク〟がユーファミアに直撃する――その直前、ハルライトの意識は途絶えた。〝ラグナロク〟も跡形もなく消えていた。

「――ハルッ!?」

 演習場が呆気ない幕切れに呆然とする中、いち早くシャノンがハルライトの元へ走る。

「アリシア。医務室へ運ぶぞ」

「分かった。男の先生を呼んでくるわね」

 次いでユーファミアがアリシアに指示を出す。

「魔導演算の負荷とただの魔力切れだ。心配ない。私がやっておいてなんだが、脇腹の怪我も治癒促進の魔導書を使えばすぐに治る」

 涙目になっているシャノンに優しく声をかける。

「よく頑張ったね。ハル……」

 床に伏しているハルライトの横顔を見つめながら、シャノンはそっと頭を撫でた。

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