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「ハルッ! なんであんなこと言っちゃったの!」
演習場が一級魔導司書と落ちこぼれの司書生との決闘で盛り上がる中、珍しく怒りを露わにしていたのはシャノンだった。当然その矛先はこの騒ぎの張本人であるハルライトだ。
「仕方ないだろ。こんな方法しか思いつかなかったんだから」
「こんな方法って……」
怒りの感情を通り越し、ついには呆れてしまう。ハルライト自身も荒唐無稽な手段であるとは思っている。シャノンの反応は至極当然だ。
「向こう見ずという無鉄砲というか」
「思いきりがいいと言ってくれ」
「物は言い様ね。まあハルらしいといえばハルらしいけど」
思えば、何度もぶっ倒れてしまうような鍛錬をしていたことを考えると、いまさらかもしれない。
「それで、なにか策はあるの?」
「策というかほとんど運頼みに近いだけどな。実は俺にも一度だけ使うことができた魔導書があるんだ」
その言葉はシャノンには予想外のものだった。
「ハルに使うことができた魔導書?」
「ああ。といっても、幼い頃に親父と遊んでたときだけどな。親父が試しに使ってみろって言うから、言われるがままに使ってみたらできたんだよ。ただ親父がなくなってから触ってないし、正直自信はない。けど、その魔導書は今も俺の書庫にある」
これから負け戦にも等しい決闘をするというのに、今の話をしていたときのハルライトはとても輝いているように見えた。
「正直勝てるかどうか分からないけど、なにもしないまま諦めたくはないんだ」
今までにない強固な意思をその瞳に宿して、ハルライトは語る。本当は止めようとしていたシャノンも、手に負えないというように肩をすくめると、
「分かった。ハルがそうしたいなら、私は最後まで応援するよ」
「ありがとう、シャノン。最後までやれることはやってみる。……なんかもう負けてる雰囲気だけど」
演習場の空気はすでにハルライトの敗北が決定した雰囲気だ。シャノン以外は誰ひとりとしてハルライトを応援していない。
(越えるにはあまりに高い壁だけど……)
一級魔導司書として現在も一線で活躍するユーファミア=マクスバーン。たとえこの学院の成績優秀者でも勝利するのはかなり難しいだろう。それでも越えなければならない壁なのだ。そう改めて認識し、しばしユーファミアを見つめるハルライトだった。
「もうっ! どうしてそんな決闘受けちゃうの!」
「仕方がないだろう。ハルライトがそれで納得すると言うんだから」
ハルライトたちから離れた場所で、あまり怒ることのない女性――アリシアが珍しく怒りを露わにしていた。
「だからって、こんな決闘、結果は目に見えてるじゃない」
「ひどいな、アリシア。自分の担当するクラスの司書生ぐらいは信じてやるべきだぞ」
「そういう揚げ足を取るようなこと言わないの。それに担当教官だからよ。ハルライトの実力は分かっているつもり。向いている研究方面を何度か進めてみたけど、本人がどうしてもって譲らないから、私は応援しているの」
「そういう甘すぎるところがときに人を傷つけるんだ。半端に夢を追わせてなんになる? ここで白黒つけたほうがいい」
「でも、相手はまだ学生だし、教育者としては夢を応援してあげたいところなんだけど……」
そう言って、ちらりとハルライトを見やる。目が合ったような気がするがたぶん気のせいだろう。
「まあでも、ハルライトが言い出したことみたいだし、それで本人が納得するというのなら、私にあれこれ言える権利はないんだけどね。でも、ちゃんと手加減してよ?」
「手加減? なぜだ? あいつが本気でくるというのなら、こちらも本気で受けて立つのが礼儀というものだろう」
「なに言ってるのよ! それで怪我でもしたらどうするの!」
「そう怒るな。多少の怪我ぐらいはあいつだって覚悟している。それに本気といっても、怪我させようと考えてるわけじゃない。そこら辺の分別はいつているつもりだ。万が一にも備えてアリシアを立会人として指名したわけだしな」
事戦闘に関しては手を抜くことをユーファミアは知らない。ユーファミアに怪訝な目を向けるアリシアだが、ここは彼女の言葉を信じるほかない。
「さて、そろそろ時間だ。行くぞ、アリシア」
アリシアの返答も待たず、ユーファミアは行ってしまう。
「不安だなぁ……」
アリシアには立会人として事の成り行きを見守ることしかできることはなかった。
「それではこれより、ハルライト=フェリークスとユーファミア=マクスバーンによる決闘を執り行います。両者前へ」
アリシアの凜とした声が演習場に響き渡る。誰が吹聴して回ったのか、あまりにミスマッチな決闘のうわさは瞬く間に広まり、三回生を中心にギャラリーは増えていた。他の教官が自分の作業に戻るよう注意しているが、誰ひとりとして聞き入れてくれず頭を抱えている。
「だいぶギャラリーが増えてきたな」
「ほとんどユーファミアさんが目的だと思いますよ」
この決闘のカードにおける注目すべきところはやはり一級魔導司書であるユーファミアだろう。それは司書生の憧れである魔導司書の部分が大きい。ことさら一級ともなれば、その実力を一目見ておきたいと思うのは当然のことだ。ハルライトなど、もはやおまけとも思っていないのだろう。そんなハルライトを心配しているのはシャノンとアリシアだけだ。
「両者、準備はよろしいですか?」
「問題ない」
「大丈夫です」
両者が試合を始める準備ができていると伝えると、アリシアはゆっくりと手を上げる。
「それでは――決闘始め!」
アリシアが手を勢いよく振り下ろし決闘が始まった。
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