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翌日。講堂には大勢の司書生の姿があった。突然の集会ということで、ベネトナッシュ魔導司書学院の全生徒が集められたのだ。朝からフリーである三回生も例外ではなく、この場に集められている。
「急に集会だなんて珍しいね」
「ああ。いつもなら事前にちゃんと連絡があるのに」
今回の集会について事前の連絡は一切なかった。朝起きたら放送で突然、集会をするという趣旨の放送が流れたのだ。そのため、生徒の間では様々な憶測を呼んでいた。今も講堂は生徒たちのざわめきによって騒がしい。
「司書生の皆さん、突然の集会で驚いているかと思いますが、今回は大事な話があり、このような場を設けました」
アリシアが今回の集会についての説明をする。その声に講堂はしんと静まり返る。その代わりに〝反響〟の魔導書によってアリシアの声が講堂に響き渡る。
「今回は皆さんに紹介したい方います。では、入ってきてください」
ステージに立つアリシアがステージ脇へと手を向ける。
ステージ脇から姿を現したのは、吸い込まれるような黒色の長髪。すらっと流れるような長身。さらにピンと背筋の伸びた品のある歩き方は育ちの良さをうかがわせる、どれを取ってもおよそ美女と呼べる要素が備わっている人物だった。
「監察官としてベネトナッシュ魔導局より派遣されたユーファミア=マクスバーンだ。階級は一級魔導司書(ファースト)。宜しく頼む」
ユーファミアと名乗る人物は手早く自己紹介を済ませる。
魔導局という単語が出て、講堂が再びざわついた。魔導司書を目指す司書生にとって魔導局は憧れの場所のひとつだ。そこから派遣された一級魔導司書は司書生からしてみれば、まさに雲の上のような存在なのだ。
「えー、ユーファミアさんが我がベネトナッシュ魔導司書学院に来た理由ですが……」
そこから先の言葉を選んでいるのか、アリシアの喋りは妙に歯切れが悪い。そんなアリシアの遠回しな言い方に我慢できなくなったユーファミアが一歩前に出る。
「ごまかした言い方は性に合わん。私がここへ来た理由だが、端的に言うと選別だ」
ユーファミアから飛び出した予想外の言葉に司書生たちは声を出すのを忘れて驚いていた。突然、魔導司書の中枢である魔導局から来た一級魔導司書に選別などと言われて驚くなというほうが無理がある。しばらくして司書生のうちのひとりが恐る恐る質問する。
「あの……選別というは……」
「まあ言葉どおりの意味だが、分かりやすく説明するなら、才を持つ者はよりその才を伸ばし、才を持たない者は魔導司書を諦めてもらうということだ。言ってしまえば、退学だ」
司書生たちに衝撃が走る。司書生にとってはなにより恐れているものだ。みな魔導司書を目指しここへ入学し研鑽を積んできた。それをたったひとりの判断で退学にされてはたまったものではない。ことさら、ハルライトにとっては、その前の話も合わせてもっとも危機感を覚えるものだろう。
「えっとね、みんな。さっきの退学っていうのは少し強く言いすぎたというか……」
完全に気まずくなっている講堂の空気をなんとかしようと、慌ててアリシアがフォローに入る。
「アリシア、オブラートに包んで言ったって無駄だ。余計に傷つけるだけだぞ」
「もう! ユーファはいつもはっきり言いすぎなのよ! まだ相手は学生なんだからもう少し優しく……」
数年間、教官をやっているゆえの配慮といった行動だが、ユーファミアにはそんなことは関係なく、全く聞き入れてくれなかった。
「お前少し優しすぎるんだ。言うときはビシッと言わないと、相手にいらぬ傷を負わせるだけだぞ」
「そういって、何人もの司書生の心をへし折ってきたのは誰よ! ユーファは昔からそうなのよ。だから、今も付き合いのある友達だって私ぐらいしか……」
「おい。その話は今は関係ないだろう」
「ねぇハル……。なんなのこれ……」
「俺が聞きたいよ……」
大切な話があると講堂に集められたと思ったら、知らないうちに痴話喧嘩のようなもの見せられている状況に唖然としてしまう。あの退学ということ言葉からこんな事態になると、いったい誰が予想できただろうか。他の司書生も事態を飲み込めていないようで惚けている。
「あ、あの先生……」
堪らずシャノンが手を上げて強引にやめさせる。
「――え、あ、な、なにシャノンさん?」
「いえ、そろそろ話を続きをしていただけたら、と……」
その言葉に冷静さを取り戻したアリシアは顔を真っ赤にする。身振り手振りで慌てふためいていて、自分でもまさかといった感じだろうか。いつも冷静沈着でめったに慌てることのないアリシアには珍しい姿だった。
「こほん。えっと、さっきの退学というのは少し大げさな表現で、実際には今すぐ退学しろなんてことはこちらとして言うつもりはないので安心してください」
アリシアの言葉を聞いて司書生たちはほっと胸をなで下ろす。
「まあ、私もさっきは厳しいことを言ったが、真面目に講義を受け、実技もそこそこの成績以上ならば、まず即退学なんてことにはならないから安心してほしい。とはいえ、それを真に受けて気を抜かれても困る。だから、どうして今回私が監察官としてここへ来たか詳しい説明させてもらう。さっきの選別という言葉にも繋がるからよく聞いておくように」
さきほどの口喧嘩から一転、凜とした声を講堂に響かせる。
「すでに君たちの耳朶に触れているかもしれないが、年々魔導書を使った犯罪は増加の一途を辿っている。魔導書は使い方次第では人に害をなす兵器にもなり得る。身近で触れている君たちならよく分かるだろう――そこの君なんだ?」
手を上げている司書生を指名する。
「すみません。質問なんですが、そうだとしたら、魔導司書になれるかもしれない生徒を退学させるというのはおかしくないですか?」
質問をした司書生の言うとおり、犯罪が増加しているというなら、それに対応できるように魔導司書を増やす必要があるのは誰でも分かることだろう。魔導司書志望者も年々増加しているのだから、どんどん育てて体制を整えていくのは大切なことだ。そんなときに選別なとどいう真逆のことは理に適っていない。
「確かに一理ある。ではなぜ、わざわざ私がここへ赴き選別をしに来たか。その答えは至極簡単。――これ以上殉職者を出さないためだ」
一級魔導司書であるユーファミアが突きつけた答えはまだ魔導司書と未来への希望を抱く司書生にはあまり残酷な現実だった。
「魔導司書は時に害意を持つ人間と戦闘する必要がある。それが一般人であるならまだいいが、大抵の場合は魔導書を扱える人間と対峙することになるのがほとんどだ。魔導書の回収と犯人の拘束をする必要があるから必然的に手加減を強いられる。対して、相手側はこちらを本気で殺すために襲いかかってくる輩も少なくない。実際私も何度か相手取ったことがある」
一級魔導司書が語る言葉には説得力と重みがあった。これがもし、三級魔導司書が言ったのであればここまで重みのある言葉にはならなかっただろう。一級魔導司書になれるほどの実力となによりユーファミアの凄みのある声色がそう感じさせたのだ。
「魔導司書になりたいというその志は大いに評価したい。ただ、憧れだけでは生きていけない世界でもあるのが魔導司書という職務だ。半端な才を持つ者を戦場に送り出すわけにいかないんだ。選別と言ったが、もちろん今すぐというわけじゃない。一回生、二回生については三回生になるまで行うつもりはないから、それまでたっぷりと研鑽を積んでもらいたい」
一回生、二回生から安堵の声が漏れる。まだ学習途中で選別するというのはあまりに酷だろう。当然といえば、当然の判断だ。だが、その言い方でいくとするなら、次に告げられる言葉はなにか。何人かの三回生は察したのだろう。三回生の間でピリついた空気が流れる。
「さて、本題の三回生についてだが」
切れ長の目をより一層鋭くさせる。
「本日から一週間後、試験を行う」
その瞬間、堰を切ったように三回生から悲痛の声が上がった。三年間を無事に乗りきり、卒業まであと数ヶ月まで迫ったというところで、思いも寄らない壁。三回生の成績優秀者もこればかりには不安を隠しきれず、顔を曇らしている。優秀な成績のシャノンもいつになく暗そうな顔をしており、ハルライトに至って顔を引きつらしている。
「静かに! 試験といっても、今までの研鑽の成果を不足なく出すことができれば退学になんてことにはならないから安心しろ」
簡単に言ってくれると、三回生の誰もがそんなふうに言いたげだ。
「話はこれで以上だ」
話したいことをひとしきり言い合えると、ユーファミアは去っていってしまう。遅れてアリシアが締めへと入り、朝からとんでもない爆弾を放り込まれることとなった集会はお開きとなった。
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