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ベネトナッシュ魔導司書学院の図書館。人の背の何倍の高さのある書棚には無数の本――魔導書が所狭しと収納されている。その書棚がズラリと規則正しく配置されている光景は圧巻である。
そんな図書館もこの時期になると、例年騒がしくなる。魔導祭(パレード)と呼ばれる年一度の祭典を数ヶ月後に控えているからだ。三回生にとって今までの成果を見せる晴れ舞台であり、それに合わせて三回生だけは講義もなくなるので、その準備に追われていた。この図書館もその例に漏れず、普段なら静寂に満ちているが今は司書生たちの喧騒で溢れていた。
そんな張りきる司書生たちから離れ、片隅で作業をしている司書生がひとり――ハルライトは図書館にある魔導書の整理をしていた。
「魔導祭か……」
忙しなくも楽しそうな他の司書生を見ながらつぶやく。
同じ三回生であるハルライトも、本来なら準備をしていなければならない。だが、実技――魔導書を扱う能力の評価が人並み以下のハルライトは誰からも声をかけられもこともなかった。
魔導祭の日程は全三日で、そのうち二日は三人一組のチームで成果を披露する場になっている。実技の評価が芳しくないハルライトは組める相手などいるわけがなく、そもそも魔導書をまともに扱えない状態で魔導祭に出ても意味がない。せいぜい大衆の目前で恥をさらすぐらいだろう。
とはいえ、ある種の就職活動も兼ねている魔導祭で成果披露をしないとなると、司書生としての注目度合いはどっと低くなるのも事実だ。加えて、ハルライトの場合はそのうえでハンデを負っているので、アリシアの言ったとおり相当の苦労をすることになるのは確実だ。
「どうすっかなぁー」
ちょっと大きめな声でぼやいてみる。一瞬、睨めつけるような衆目がこちらに向いた気がしたが、そんなことはもはやどうでもいい。こっちはそれどころではないのだ。
「あーいたいた。また補習で図書館の整理をしてるんだ、ハル」
ぼやいたハルライトが睨まれた矢先、さきほどよりも少し大きめでハルライトを呼ぶ声がする。
見上げると、二階の手すりから顔を出している橙色の髪を持つ女子生徒がいた。
「おう、シャノンか」
「今、そっち行くから」
しばらくのあと、女子生徒――シャノン・アネットは階下へと降りてきた。駆け寄ってくる足どりは軽やかで、その明るい髪色から想起させるとおり活発な印象だ。
「整理のほうは順調?」
「見てのとおり、全く手につかない」
「はは、まあ周りを見たら、そうだよね」
ハルライトとシャノンを除いて、この図書館にいる司書生はみな真剣な面持ちで当日どんなことをするか話し合っている。むしろ、呑気にお喋りをしているふたりのほうが浮いているといっても過言ではない。
「私も手伝うよ」
「ほんとか? 助かる」
シャノンを交えて、魔導書の整理を再開する。
「でもさ、本当に魔導祭はどうするつもりなの? ハル」
「どうもこうも、参加したところで俺の実力じゃ恥をさらすだけだしなぁ……。というか、シャノンはいいのか? 俺なんか相手してる場合じゃないだろ」
饒舌に話していたのが一瞬言葉に詰まって、
「――ま、まあ、私のことはいいじゃん」
まくし立てるように言う。シャノンは座学も実技も非常に優秀な成績の持ち主だ。それこそ魔導祭では引く手数多だろうと思っていただけに、少し予想とは違う反応で不思議に思うが、本人が気にするなと言っているので、深くは言及しないことにした。
「ハルは魔導司書志望なんでしょ? 魔導祭に出ないってなると、すごい大変なんじゃない?」
「同じことをアリシア先生に言われたよ……」
忘れようとしていたことを思い出してしまって、ブルーな気持ちがぶり返してくる。実際事実なので反論のしようもないのだが。
「ままならないよなぁ」
気持ちの面では誰よりも魔導司書へ熱意を持っているが、それに実力が追いついてこないというのはなかなかに辛いものがある。
「でも、魔導司書は諦めきれないんでしょ?」
「まあな。だから今まで頑張ってきたわけだし。まあ、その頑張りは全く実ってないんだけどさ……」
いったいいつなったら努力が実を結ぶのか誰かに問いただしたいところである。そもそも、この三年の間に開花しない時点でお前には才能がないと言われてしまえばそれまでなのだが。
「それでも折れずに頑張り続けられるのは、私はすごいと思うけどね」
「そう言ってくれるのはシャノンだけだな」
シャノンも含めハルライト以外の司書生はそれなりの実力を有しており、魔導司書としての最低限の能力は備わっている。ハルライトのほうが異端と言わざるを得ず、そういった態度を隠そうともしない司書生も一定数は存在しているのだ。
「諦めろだの、見苦しいだの、色々言われるけど、ここで本当に諦めたら俺にはなにも残らなくなっちゃうからな」
「他の人の言うことなんて気にしなくていいんじゃない? ハルはハル自身の目指すものとか、なりたいものになればいいんだよ」
「俺自身が目指すもの、なりたいもの、か……」
そう言われてふと考えてみる。言われてみれば今まで深く考えたこともなかった。父親の妙技を見てから、ただ漠然と魔導司書を目指そうと思っただけだった。どんな魔導司書になりたいかと聞かれれば、当然父親のようにという答えになるのだが、それは逆にいえばそれ以外の青写真が描けていないことになる。
「俺の目指すものってなんなんだろう……」
考えれば考えるほど、思考の沼へとはまっていく。改めて考えてみてこれほど難解なものだとは思わなかった。こういうときはほかの人の話を聞くといいとどこかで耳にしたことがある。
「シャノンはなりたいものとか、そういうのはあるのか?」
何気なく訊いたつもりだったのだが、またもシャノンは言葉に詰まってしまった。しかも、今度は少し頬を紅潮させながら。
「な、なりたいものというか、目標としている人はいるよ」
「へぇ。どんな?」
「ど、どんなって……」
詰め寄られてさらに顔を赤くするシャノン。もう耐えきれなくなったと言わんばかりにまくし立てる。
「――そ、そんなことより、さっさと整理を終わらせよっ! こんな喋りながらやってたら、いつまでも終わらないよ!」
「お、おう」
最初に言い出したのはシャノンなんだけど、と内心で思いつつ、作業スピードを速めるハルライトだった。
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