Chapter.1
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第七図書館都市――ベネトナッシュ。そこに居を構えるベネトナッシュ魔導司書学院。三回生は卒業まであと数ヶ月に差しかかった今日この頃。教官室にはひとりの男子生徒が呼び出されていた。
「はぁ……」
心の底から吐き出たような深いため息が教官室に響き渡る。
「ハルライト。これはどういうこと?」
目の前に立つ伏し目がちな少年――ハルライト・フェリークスを女性教官は睥睨した。
「どうと言われましても……」
そこに書いてあることが全てだと言わんばかりにハルライトは苦笑いをする。
「一線を退いて、指導教官になってからかれこれ五年ほどは経つけど、ここまで極端な魔導司書補生はあなたが初めてよ」
女性教官――アリシア・ローレンの口調は未だ強いものであった。
金髪(ブロンド)のショート。顔立ちは幼さが残る童顔ではあるものの、顔立ちは美人の要素を備えている。加えて、その童顔には似合わない起伏に富んだ流れるようなプロポーション。赴任当時から司書生の人気――特に男子――は高く、秘密のファンクラブができているなんてうわさもまことしやかに囁かれているほどだ。
「ハルライト、あなたはやる気はあるの?」
「そりゃありますよ。座学はどれもA評価――」
「やる気のある生徒はこんな極端な成績は取らないと思うわよ」
「そ、それは……」
ぐうの音も出ない正論だった。本来、F評価というのは実技を無断欠席などまともに参加しなかった者に下される、そもそも評価といえるかも怪しい判定なのだ。
今にして思えば、実技をすっぽかし、無断欠席という名目でF評価を受けたほうがどれだけましだったか。
ハルライトは誰よりも真面目に参加し、実技の時間のぎりぎりまで粘ったのだ。他の司書生が引くくらい、必死に食らいつこうとしたのだ。そのうえでのF評価。それが物語るのは、魔導司書を目指す者には死よりも残酷な宣告だった。
「前線を経験した私から、率直な意見を言わしてもらいます。――あなたは魔導司書には致命的なまでに向いていません」
丁寧な口調には似合わない辛辣な言葉。魔導司書を志す者なら、決して耳にはしたくない、言われたくない言葉だった。辛うじて反論の姿勢を見せていたハルライトも、その言葉には反論しなかった。自分でも薄々気づいていたからこそ、反論できなかったのだ。
「ま、まあ、普通に考えればそうですよねぇー……」
自然と笑いが込み上げきた。サボったわけでも不真面目なわけでもない。誰よりも必死に取り組んだというのに何の成果を上げられていないのだ。そのうえ、致命的とまで言われた日には笑わなければやっていられない。ハルライトの心中を表すように固く握られた拳は小刻みに震えていた。
「あなたの講義への取り組み方は多くの教官から聞いてるわ。皆、誰よりも真剣だと褒めてる」
そういうアリシアの口調は少し優しくなっていた。彼女なりにハルライトの心中を汲んでいるのだろう。
「でもね、ハルライト。人には向き不向きがあるの。あなたはなぜそこまで魔導司書に?」
そう問われるもハルライトは答えを出せなかった。幼い頃、父親の偉業を聞いてから、自分には魔導司書しかないと決めていた。
「それは、父親の後を追うというか……」
声に出してみるも、力強く言うことができない。自分でも内心薄々と気づいていた。誰に言われなくても知っているのだ。自分のことは自分が一番よく知っている。だからこそ思う。魔導司書さえ諦めてしまったら、いったいなにが残るというのだろうか。
「あなたのお父上が名実ともに素晴らしい魔導司書だったということ私も知ってるわ。だから、教官の中にはそんなあなたに期待している人もいるの。でもね、さっきも言ったように人には向き不向きがある。座学に関しては文句のつけようがないハルライトの成績なら、研究方面でも十分に可能性はあると思うわ。むしろそちらのほうが何倍も楽かな。……それでも魔導司書を目指すのね?」
「……はい」
なおも志を変えようとしないハルライトにアリシアは息をつく。
「分かった。そこまで意志が固いというのなら、私からこれ以上なにも言えることはないわ。ただ、その場合ほかの人の何倍も苦労をすることになるのは確実だから覚悟すること。話はこれで以上よ。なにか質問はある?」
「いえ……特には」
「そういえば、まだ図書館の整理の途中だったわね。戻って続きをお願いね」
「はい」
教官室を出ていくハルライトの背中からは気落ちしているのが伝わってくる。三回生にもなっていまだ才能の片鱗すら見えてこないのは本人にとっても苦しいものだろう。
「ハルライト」
そんな姿に見かねたアリシアが声をかける。
「私はあなたも含めたクラスの担当教官だし、厳しいことを言ったけど、あなたのその魔導司書に対する熱意は感心しているわ。困ったことは遠慮せず、相談しに来ていいのよ?」
「ありがとうございます。では失礼します」
パタンと教官室の扉が閉まる。
「少し言い過ぎちゃったかしら……」
アリシアもまた別の理由で頭を抱えていた。
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