第4話 三重扉
『俺を苛めた彼奴らに、絶対復讐してやる』と誓っている。
俺は、高校に入ったその日から彼奴らから苛めを受けていた。
目に見える傷として残る類のいじめではない。
寧ろ、見える傷として残して欲しいくらいだった。
彼奴らは、俺と目が合う度に
「きっもち悪ぅ。」
「くっせー。」
「死んだ方がいいって、マジ。」
と言い続けた。
最初は、俺も反抗して言い返したりしていた。
しかし、そんなことをすると彼奴らは『この世のものではないもの』を見たような顔で言う。
「気違いだ、殺される!」
そして、みんな逃げて行った。
そんなことが毎日続くうちに、俺の心身はズタボロになっていった。
体調を崩し、入院したのだ。
三ヶ月。
それは、俺が入院してから退院、つまり病院の扉を開くのに要した時間だ。
俺は、この時間ずっと俺の心身をズタボロにした彼奴らへ復讐しようと考えていた。
そして、今日、高校へ行く。
復讐の日だ。
何も、殺したりしようなんて思っていない。
そんなことをしたら、俺の残りの人生を棒に振ることになる。
法に触れることなく、寧ろ、法を味方につけて彼奴らを裁く。
俺は、ボイスレコーダーをポケットに忍ばせ登校した。
同級生たちは、奇異な眼差しを俺に向ける。
そして、言う。
「うっわぁ、戻って来やがった。うっぜえ。」
「あいつ、死んだんじゃなかったの?」
「お前の居場所なんて、ここにはねぇって。」
言葉の槍を突き刺しているつもりらしいが、それは全部お前らに跳ね返るんだ。
愉快で堪らない。
笑いを堪えていると、
「にやにやして、気持ち悪っ。死ねばいいのに。」
と、トドメのひと槍がきた。
これだけでも、証拠としては充分成立する。
しかし、俺の受けてきた精神的苦痛はこんなものではない。
教室に入る。
「うっわぁ、来たよ。くっせー。」
「何で戻って来るんだよ、気違いが。」
「気違いっていうか死人だよ、もはや。」
「おい、みんな。合掌しようぜ。ほら、早く成仏して下さい。なんまいだー。」
みんなが俺の方を向いて手を合わせて合掌している。
こちらこそ、お前らに合掌だ。
お前らが俺を苛めているという証拠は全部ボイスレコーダーに録音してあるんだよ!
御愁傷様、パン、パン。
俺の机の上に葬式用の花が飾られている。
花瓶を手で払って落として割る。
『ガシャーン!』
「うわぁ、うっるっせぇ!」
「人の迷惑とか、考えてないのかねぇ。」
「死人はせめて、大人しくしてろ!」
彼奴らはざわめき立つ。
俺は、自分の席に座った。
「片付けろよ、自分が割ったんだから。」
「おっそろしい。あいつに関わったら殺されるぞ。」
その時、英語教師が来た。
花瓶が割れていることについては触れない。
この教師も、見て見ぬフリを決め込む事なかれ主義の輩だ。
信用ならない。
英語の授業は、「my hobby」についての発表であった。
俺が当てられ発表する。
「My hobby is」
すると、横槍が入った。
「気違い、でーす。」
「死ぬこと、でーす。」
「My hobby is death.Ha,ha,ha.」
さすがに、ここまでくると頭に血が上る。
お前ら、俺にここまでしてタダですむと思うなよ!
ここまで証拠が揃えばもう充分だ。
溜まっていた怒りをぶち撒ける。
「お、お前ら、オ、俺にここまでして、タ、タ、タダで済むと思うなよ!お、俺のポケットにあるボイスレコーダーには、お前らの暴言が全部録音されてるんだよ!お、俺はこの証拠を以て告発する!まず、この学校の生活指導、そして弁護士会にも持って行き、お前らを告訴する。もう終わりなのは、お前らなんだよ!次は、裁判所で会おうぜ!」
俺は、すぐに教室を出て生活指導室へ向かう。
これで、俺の高校生活を滅茶苦茶にした彼奴らに復讐ができる。
愉快で、笑いが止まらなかった。
「先生、僕、ずっと苛められてるんです。それが原因で入院して、退院してからもこんなに苛められて、辛くて、辛くて。これが、いじめの証拠です。こいつらみんな、退学にして下さい。そうしてくれないと、僕、これを持って裁判でも何でも起こすつもりですから。」
訝しい顔をしている生活指導の教師にボイスレコーダーを渡す。
お前ら教師が『いじめゼロ』を謳っているこの学校の実態は、一人の人間を標的にして身も心もズタボロにするまで苛めぬく『いじめの温床』なんだよ。
これが、動かぬ証拠だ。
すると、生活指導の教師はさらに訝しげな顔をして言った。
「はぁ…君、これがいじめかね?」
は?
何を言っているんだ、この教師は?
人の身も心もズタボロにする、れっきとした『いじめ』がここに収録されているじゃないか。
ボイスレコーダーの声を確かめる。
※
「おはよう。しばらく休んでたけど、体調でも悪かったん?」
「心配だったけど、元気そうで何より。」
「休んでた分のノート、写させてあげようか。」
「笑顔になってくれた。安心したわぁ。」
どういうことだ?
これじゃあ、俺のことを気にかける、優しい友達じゃあないか。
さらに流れる。
「おぅ、久しぶり!」
「みんな、待ってたんだよ。」
「やっぱ、クラスメイトが全員揃った方が楽しいよな。」
「みんな、歓迎の拍手をしようぜ!はい、一斉のうで、パチパチパチ。」
何だ、この、和気あいあいと楽しそうなクラスは?
いじめの温床のはずなのに。
『ガシャーン!』
「どうしたの?」
「手が滑って、ロッカーに飾ってた花を落とした?」
「誰か、ロッカーの側、片付け手伝ってあげて。」
「学校、久しぶりだから緊張してるんだよ、きっと。」
「そうだな。俺が片付けとくから、席でゆっくりしときな。」
こんなハズはない…こんな友達想いのクラスのハズは…。
「My hobby is」
「英語、久しぶりだけど大丈夫?」
「こっそり、助けてあげるよ」
「My hobby is reading books.ほら、言ってみて」
「お、お前ら、オ、俺にここまでして、タ、タ、タダで済むと思うなよ!お、俺のポケットにあるボイスレコーダーには、お前らの暴言が全部録音されてるんだよ!お、俺はこの証拠を以て告発する!まず、この学校の生活指導、そして弁護士会にも持って行き、お前らを告訴する。もう終わりなのは、お前らなんだよ!次は、裁判所で会おうぜ!」
※
高笑いの声とともに、音声は終了した。
何てことだ。
これじゃあ、俺一人が悪者じゃあないか、俺一人が…。
「君、ちょっと、疲れてるんじゃないかね。」
と言う教師に俺は言う。
「先生も、グルなんですね。」
「はぁ?」
「この学校全員が、グルになって俺を陥し入れようとしてるんだ。全部、仕組まれたことなんだ。」
教師は、慌てて俺の家に電話をかけた。
俺は、緊急で入院することとなった。
◆
彼奴らが、俺のボイスレコーダーを持ってほくそ笑む。
「あいつ、バッカだねぇ。お前の考えてることなんて、みんなお見通しだっつーの。」
「英語の時間中に、ボイスレコーダーすり替えたことにすら、気付かないでやんの。」
「もう永久に、おさらばだな。」
◆
病室の扉を叩く音で目が覚めた。
医師が俺に聞く。
「調子の方は、いかがですか?」
「お、俺は、彼奴らにハメられたんだ。彼奴らの持ち物検査をすれば分かる。俺のボイスレコーダーを持ってる。それが、動かぬ証拠だぁ!」
「まだ、妄想が強いようですね。強めの睡眠薬をうって、お休みしましょうね。」
「や、やめろぉ!俺は、正気だぁ。」
取り押さえられる俺を見ながら、医師はため息をついた。
「彼には、この扉を開けることは永久にできんかも知れんな」
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