第2話 白雪とギャル男

「私、今度の土曜日に男友達と遊びに行くの。」

友美は、さらっと宣告した。

僕とのデートの最中に誰かと電話で話しており、待ち合わせ場所や時間、どんな服装で行くかなんかが聞こえたので、それとなく聞いてみたのだ。


彼女とは、付き合って一年ちょっと。

うまくいってないことは、特に思いつかない。


「何で…どんな奴?」

僕は、取り乱して聞いた。


「野崎って人。どんな奴かはよく分からないなぁ…。ネットで知り合った人なの。自衛隊員だって。」

「やめてくれよ。そんなの、危ないじゃないか。」


普通の男友達なら、百歩譲ろう。

でも、彼女をそんな得体の知れない奴に会わせたくない。


「大丈夫よ。電話で話した感じは普通の人だったし。」

「いや、そんな問題じゃないって。僕達、付き合っているんだろ?そんな訳の分からない奴とは、会うな!」

「あら、付き合ってるっていっても結婚はしてないでしょう?私が誰と会おうと、個人の自由じゃない?」


友美はこの通り、自由人だ。

見た目も、濃い目の化粧をしたギャルっぽい感じで、俗にこういうコをリア充っていうんだと思う。


一方の僕は眼鏡をかけたパッとしない非リア。

一見交わるはずのないこの二人は、何気なく出かけた合コンでの僕のダメ元のアタックによってカップルになった。

それが、今まさに破局の危機だ。


「どうしても、どんなに僕がお願いしても、行ってしまうのか?」

「ええ。でも、安心して。浮気とかは絶対にしないから。」

「もういい。勝手にしろ。」

その日は、半ば喧嘩のように別れた。


帰ってからも、僕の気持ちはどんより曇っていた。

いっそのこと、僕も他の女の子を探してみようか。

でも、鏡を見る。

映っているのは前髪の伸びすぎた、眼鏡をかけた冴えない男。

他の彼女なんて、できるわけがない。

それに、僕はこんな見た目なのに濃い化粧をした元気いっぱいのギャルが好みなんだ。


ぼぉっと鏡を見ていると、『白雪事件』を思い出した。

ある時、部屋で寝ている僕に勝手に、友美がメイクをした。

チークやアイシャドウ、つけ睫毛なんかをふんだんに使った。


僕が目を覚ますと、友美は少し驚いて言った。

「可愛い…白雪姫みたい。」

訳が分からない僕が鏡を見てみると、そこには絶世の美少女がいた。


確かに、僕は昔から女の子みたいな顔だと言われていた。

でも、メイクをするとこんなにも美しくなるなんて思わず、僕も友美もびっくりしたのだった。


僕と友美、あんなに仲が良かったのに…。

悲しくなった。


その時、ふと一つの計画を思いついた。

僕は、薬局でメイク道具、本屋でメイクの方法の本を買った。




土曜日。

通りを僕が歩くと誰もが振り返る。

それは、訝しい者を見る目ではなく、美しい者に見とれる目。


そう。

僕は、白雪姫に変身して歩いている。

服装は、電話で友美が来て行くと言っていた白色に水玉模様のワンピース。

待ち合わせ時間の一時間前に、待ち合わせ場所の噴水広場にいた。


広場にいるみんなの視線が僕に集まる。

今日一日は、僕は絶世の美少女、友美。

ギャルの友美に会おうという男、野崎の化けの皮を剥いでやるのだ。


しかし、早く着きすぎたのがよくなかった。

金髪のヤンキー二人が絡んできた。

「ねぇ、彼女、一人?」

「俺らと遊びに行こうぜ。」


明らかに野崎ではない。

「いえ、あの、待ち合わせしてるんで。」

「くぅ、可愛い。そんなの放っといて、俺らと遊ぶ方が楽しいぜ。」


これはダメだ。

正体を明かそう。


そう思った時、

「いてててて!」

一人のギャル男がヤンキーの腕を捻りあげた。


「俺の連れに、何するんだ!」

華奢な腕に似合わず、すごい怪力の持ち主だ。

そのギャル男が睨みつけるともう一人も怖じ気づき、悔しそうに逃げて行った。


「野崎…さん?」

僕は、華奢な見た目とは裏腹の怪力を持つ、そのギャル男に尋ねた。


「ああ。友美ちゃん、だよね?」

そう。

僕は、今日一日は友美だ。

こくりとうなづいた。


「待たせた…っていうか、まだ三十分前だけど。よっぽど早く来たんだね。」


そう、何としてでもギャルの友美より早く来なきゃならなかったんだ。

でも、そんなこと言えない。


「ええ、すごく楽しみで。」

言って、ニコッと笑った。


「友美ちゃん、可愛いなぁ!白雪姫みたい。」

ギャルの友美と同じことを言う。


デートコースの動物園へ向かう道中、野崎を観察する。


茶髪に切れ長の目、小さくて上品な口元。

いわゆる、リア充と呼ばれる部類のギャル男だろう。

どことなくギャルの友美に似ている。

それに、さっきのヤンキー達を追い払った強さ。

僕が本当の女の子だったら、コロっと惚れていただろう。

友美には、こういう男がお似合いなんだろうな。

そう思う。


動物園に入っても、野崎は僕…友美をリードする。

オロオロしている僕を引っ張り、ライオンの檻の前へ行き鳴き真似をしたり、ゴリラの檻へ行き威嚇のポーズを真似たり、ふれあい広場へ行き僕にウサギを抱かせたり。

飽きることのないトークを繰り広げ、面白さもある。

僕がギャルの友美とデートをする時も、友美がリードし、何も喋らない僕に話しかける。

もし野崎とデートしているのがギャルの友美だったら、どうなるだろうか?

きっと、意気投合して楽しんでいるんだろうな。

そう思っていると、やるせなくなって胸が締め付けられる思いがした。


お昼ごはんは、センスのいいレストランでとった。

もう、僕は限界だった。

化けの皮を剥いでやろうと思っていた野崎は、ずっといい奴だった。

いい奴であればあるほど、こんなことをしている自分が惨めで、恥ずかしくて堪らなかった。

ここで本当のことを打ち明けよう。

そう思った。


野崎が向かいの席に座る。

僕は、言い出した。

「ねぇ、野崎…さん。野崎さんって、すごくいい人だと思う。強いし、面白いし、男らしい。」

「急に、どうした?」


野崎は、不意を突かれながらも笑って返した。

「でも、あんたに友美をやることはできない。だって、この世界で、僕が一番友美のことを愛している。」


僕は、前髪を元に戻し眼鏡をかけた。

「僕が、友美の彼氏なんだから。」


野崎は少し驚いた顔をしたが、急に笑い出した。

腹を抱えて、大笑い。

そして、訝しがる僕に言う。

「いやぁ、ごめん、ごめん。ちょっとトイレ行くから、待ってて。」


女子トイレへ入って行った。

いや、お前、女子トイレはまずいだろう…。

そう思ったが、しばらくの後、僕はさらに驚くことになる。


何と、女子トイレから、メイクをしたギャルの友美が出てきたのだ!


あっけにとられる僕に、友美は言った。

「ごめん、野崎って、実は私だったの。」




「ごめん、ねぇ、ごめんって。機嫌直してよぉ。」


僕は、プンプン怒って帰路についていた。

人をコケにするのにも程がある。

それに、男に戻ってしまったらこの格好、ただの変態だし、女のまま帰らなくてはならない。

もう、さんざんだ。


すると、路地裏から酔っ払いが現れ、急に僕の肩へ手を回した。

「べっぴんなお嬢ちゃん、俺の相手をしてく…いてててて!」

「私のツレに、何か用?」


友美が酔っ払いの手を捻り、すごい目で睨む。

酔っ払いは、いそいそと逃げて行った。


僕は友美と目を合わす。

何だか可笑しくなって、お互い、大笑いした。

腹の皮がよじれるほどの、大笑い。

笑い終わって、僕は聞いた。

「なぁ、どうしてこんなことしたん?」

「たまには、こういうデートもしてみたかったの。」

「こういうデートって…。僕が来なかったら、どうするつもりだったん?」

「あんたなら、絶対来ると思ってた。まさか、本当に白雪の姿で来るとは思わなかったけど。」

そう言って、いたずらそうに笑った。


やれやれ。

僕はいつもこの自由女に振り回される。

でも、案外、僕もこういうのを求めているのかも知れない。

一見『美女の友達同士』の僕達は、はたから見ると楽しげな『ガールズトーク』をしながら家への道を歩んでいた。

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