いっきに読める!ショートショート作品集

いっき

第1話 風鈴虫

日曜日。

小学校に上がりたての息子が庭で虫捕りをしている。

一丁前に首から虫カゴをぶら下げ、虫捕り網を持って虫を探す。

とはいってもまだ四月初めでやっと春の陽が射し始めたばかり。

虫はほとんど活動していない。


しかし、日がな一日虫を探している息子を見ると、やはり自分に似ているなと思い微笑ましくなる。



二十年前のある夏の日、小学四年生だった僕は鈴虫を探していた。

友達の家で飼われていた鈴虫の『リーン、リーン』という涼しげな鳴き声に魅せられ、是非自分の部屋で聞きたいと思っていた。


まず夏休みの小学校の花壇を探した。

生い茂る草を手で払い、飛び出す虫を捕まえる。

バッタやコオロギなどは飛び出したが、大きな羽で綺麗な音色を奏でる鈴虫はいなかった。


次に小学校の近くにあるガレージや公園で同じように探した。

夏の日差しが照りつける中、大抵の同級生は家でテレビゲームをしていたが、僕はひたすら鈴虫を探し続けた。


時間の経過を忘れて探し続けるうちに、夏の日差しがオレンジ色の夕陽へ変わっていった。

僕はさすがに諦め、帰路につこうとした。


その時、

「リーン、リーン」

探し求めていた鳴き声が聞こえた。


僕は、耳をすましてその音の聞こえる方へ向かった。

ある庭の草むらの一角から音は聞こえた。

その一角へそっと近づいてしゃがみこみ目を凝らすと、

「リーン、リーン」


小さな鈴虫が大きな羽を広げて震わせ、音色を奏でていた。

僕は、鈴虫をそっと両手ですくい虫かごに入れた。


「やった!」


僕は感動を覚えた。

これからは、虫かごを机の上に置き、涼しい音色を聞きながら宿題をすることができる。

そう思って帰ろうとすると、後ろから声をかけられた。


「私の家の庭で、何してるの?」


振り向くと、千衣ちゃんだった。

クラスメイトの女子で、いつも本を読んでいるおとなしい子だ。


「ごめん、千衣ちゃんの家だと知らなくて。鈴虫を採っていたんだ。」


虫かごを見せると、千衣ちゃんは悲しい顔をして言った。


「鈴虫の命は短いんだよ。そんな小さいカゴの中に入れられて、可哀想。逃がしてあげて。」


予想外の反応にびっくりして虫カゴを見ると、鈴虫は小さな手で必死に虫カゴの壁をさすっていた。


僕は、すぐに鈴虫を逃がして言った。

「ごめん、僕、ただ綺麗な鳴き声が聞きたくて。鈴虫のこと、全然考えてなかった。」


すると、千衣ちゃんはにこりと笑って言った。

「私こそ、ごめんね。鈴虫なんて、なかなかいないから、捕まえるの大変なのに。」


そして、

「ちょっと待ってて。」

と言い、家へ入って行った。


しばらくして戻ってきた千衣ちゃんは、手に風鈴を持っていた。

「鈴虫の代わりになるかどうか分からないけど、あげる。私の宝物の一つだったから大事にしてね。」


水色の小さな風鈴で、風に揺れるごとに『チリーン』と涼しい音色を奏でた。

それ以来、その風鈴は僕の部屋で音色を奏で続けた。



昔の思い出に浸っていると、

「採れた!ねぇ、お父さん、採れたよ!」

とはしゃぎ、息子が虫カゴを持ってきた。


見ると、カゴの中で小さなシジミチョウが飛んではとまり、飛んではとまりしている。


「へぇ、大したものだ。」


僕が感心していると、押入れの整理をしていた妻が来て言った。

「わ、チョウチョだ。すごぉい。」


しかし、息子の目をまっすぐ見て言う。

「でもね、このチョウチョ、こんな狭い所だったらすぐに死んでしまうの。採ってもいいけど、可哀想だからすぐに逃がしてあげて。」


息子は、少し考えてから虫カゴのフタを開け、チョウを逃がした。

妻はにこりと笑う。

「お父さんに似て、優しいのね。チョウの代わりに、これをあげる。」


息子に、小さな水色の風鈴を渡した。

息子は、風鈴を持って大喜びで走り回り風鈴を『チリンチリン』と鳴らしている。


「押入れの整理してたら出てきたの。」


妻はいたずらそうに笑う。


-その風鈴は、お父さんが小さい頃、鈴虫の代わりにお母さんから貰ったんだよ。


息子がもう少し成長したら話そうと思い、妻の千衣と微笑み合った。

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