いっきに読める!ショートショート作品集
いっき
第1話 風鈴虫
日曜日。
小学校に上がりたての息子が庭で虫捕りをしている。
一丁前に首から虫カゴをぶら下げ、虫捕り網を持って虫を探す。
とはいってもまだ四月初めでやっと春の陽が射し始めたばかり。
虫はほとんど活動していない。
しかし、日がな一日虫を探している息子を見ると、やはり自分に似ているなと思い微笑ましくなる。
◇
二十年前のある夏の日、小学四年生だった僕は鈴虫を探していた。
友達の家で飼われていた鈴虫の『リーン、リーン』という涼しげな鳴き声に魅せられ、是非自分の部屋で聞きたいと思っていた。
まず夏休みの小学校の花壇を探した。
生い茂る草を手で払い、飛び出す虫を捕まえる。
バッタやコオロギなどは飛び出したが、大きな羽で綺麗な音色を奏でる鈴虫はいなかった。
次に小学校の近くにあるガレージや公園で同じように探した。
夏の日差しが照りつける中、大抵の同級生は家でテレビゲームをしていたが、僕はひたすら鈴虫を探し続けた。
時間の経過を忘れて探し続けるうちに、夏の日差しがオレンジ色の夕陽へ変わっていった。
僕はさすがに諦め、帰路につこうとした。
その時、
「リーン、リーン」
探し求めていた鳴き声が聞こえた。
僕は、耳をすましてその音の聞こえる方へ向かった。
ある庭の草むらの一角から音は聞こえた。
その一角へそっと近づいてしゃがみこみ目を凝らすと、
「リーン、リーン」
小さな鈴虫が大きな羽を広げて震わせ、音色を奏でていた。
僕は、鈴虫をそっと両手ですくい虫かごに入れた。
「やった!」
僕は感動を覚えた。
これからは、虫かごを机の上に置き、涼しい音色を聞きながら宿題をすることができる。
そう思って帰ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「私の家の庭で、何してるの?」
振り向くと、千衣ちゃんだった。
クラスメイトの女子で、いつも本を読んでいるおとなしい子だ。
「ごめん、千衣ちゃんの家だと知らなくて。鈴虫を採っていたんだ。」
虫かごを見せると、千衣ちゃんは悲しい顔をして言った。
「鈴虫の命は短いんだよ。そんな小さいカゴの中に入れられて、可哀想。逃がしてあげて。」
予想外の反応にびっくりして虫カゴを見ると、鈴虫は小さな手で必死に虫カゴの壁をさすっていた。
僕は、すぐに鈴虫を逃がして言った。
「ごめん、僕、ただ綺麗な鳴き声が聞きたくて。鈴虫のこと、全然考えてなかった。」
すると、千衣ちゃんはにこりと笑って言った。
「私こそ、ごめんね。鈴虫なんて、なかなかいないから、捕まえるの大変なのに。」
そして、
「ちょっと待ってて。」
と言い、家へ入って行った。
しばらくして戻ってきた千衣ちゃんは、手に風鈴を持っていた。
「鈴虫の代わりになるかどうか分からないけど、あげる。私の宝物の一つだったから大事にしてね。」
水色の小さな風鈴で、風に揺れるごとに『チリーン』と涼しい音色を奏でた。
それ以来、その風鈴は僕の部屋で音色を奏で続けた。
◇
昔の思い出に浸っていると、
「採れた!ねぇ、お父さん、採れたよ!」
とはしゃぎ、息子が虫カゴを持ってきた。
見ると、カゴの中で小さなシジミチョウが飛んではとまり、飛んではとまりしている。
「へぇ、大したものだ。」
僕が感心していると、押入れの整理をしていた妻が来て言った。
「わ、チョウチョだ。すごぉい。」
しかし、息子の目をまっすぐ見て言う。
「でもね、このチョウチョ、こんな狭い所だったらすぐに死んでしまうの。採ってもいいけど、可哀想だからすぐに逃がしてあげて。」
息子は、少し考えてから虫カゴのフタを開け、チョウを逃がした。
妻はにこりと笑う。
「お父さんに似て、優しいのね。チョウの代わりに、これをあげる。」
息子に、小さな水色の風鈴を渡した。
息子は、風鈴を持って大喜びで走り回り風鈴を『チリンチリン』と鳴らしている。
「押入れの整理してたら出てきたの。」
妻はいたずらそうに笑う。
-その風鈴は、お父さんが小さい頃、鈴虫の代わりにお母さんから貰ったんだよ。
息子がもう少し成長したら話そうと思い、妻の千衣と微笑み合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます