18 第二部 ヒスイの星




 次の日、講堂でレミィと話した事をやかましい使用人達に報告してやった影響か、誕生会はその講堂を使って行われたる事になった。

 馬鹿みたいな顔を突き合わせて使用人たちは仕事の合間をぬって相談している。


 そんな連中にまた無理な注文を頼まれてはかなわないので、アスウェルは極力寄り付かないようにして、その日は武器の手入れにいそしむことにした。


 家族を殺されて日常を奪われたあの日、アスウェルはあの場にたまたま通りがった老人魔術師に命を助けてもらった。その時に、色々あってもらったのがアスウェルの愛用している武器、ファントム08だった。


 老人はそれなりに名の効く魔術師だと言っていたが、名乗るどころか個人情報につながるような事を一切喋らずに去ってしまったので、どこで何をやっているのかはさっぱり分かっていない。


 肉親を亡くしたばかりの子供放って、武器だけよこして通り過ぎるのが薄情だという人間もいるだろうがアスウェルとしては命を助けてもらっただけで十分だと考えている。


 手入れを終えたアスウェルは時間を持て余して何気なく窓の外を見ていると、外の植え込みの近くに立つ人物が見えた。レミィだ。


 木の棒を持って何かをやっているようだ。


 しばらく観察をしていると、地面に何かを書き込んでいるのだと気が付いた。

 それは、物語の中とかでよく見る魔法陣だ。


「こいこい、出てこい……です。」


 それで呪文をとなえているつもりなのか、どうなのか知らないが、ともかくレミィが何かを言ったとたん。地面に描かれた魔法陣らしき落書きが光を放ち宙から何かが落ちていた。


 ここからではよく見えない


 部屋から出てその場所へ向かうと、レミィは小指の爪よりも小さな何かを持って唸っていた。


「うぅ―……。失敗、です」

「何をやっている」

「あ、アスウェルさん。召喚術の実験です」


 この前講堂で話した事か。


「あれから色々考えてみたんですけど、武器だけじゃなくて他の物も取り出せないかなって、思いまして。それで空の星が欲しかったんですけど……」


 小さな手に載った何かを見せる。

 そこに在ったのは色とりどりの鉱石だった。


「こんな感じです」


 空の星、とは夜空に浮かぶあの星の事か。

 あんなもの普通はとろうなど思わないだろう。

 空で瞬いているだけの正体不明の何か、というのが世間での一般的な認識だというのに。


「いつも空に輝いている翡翠の星が見えるんですけど。あれがあったら良いな、と思いまして」

 

 そんなもの手に入れてどうするんだ。

 いや、突拍子もない行動よりも、意味不明な今の現象について考えるべきではないのか。


「だって、緑色好きですから」


 ……どうでもよくなってきそうだった。


「夜、眠る時にキラキラ光る綺麗な物があれば眠るのが怖くないかな、何てそんな風に考えて……、無茶ですよね」

「……」


 無茶とか無謀とかそういう次元の話ではない気がするが。

 アスウェルは空を見上げてみた。


 眩しい太陽が輝くのみで、翡翠の星どころか星すら見えない。


 誕生日プレゼント。

 脳裏にやかましい使用人達の姿を思い浮かべた。 

 せっかく、今日一日は静かに過ごせるかと思ったのに。

 レミィはアスウェルをどうやっても一人にさせないつもりか。






 そして、その日がやって来た。


「ハッピーバースディ、レミィ」


 用意した食べ物と、飾り付けられた内装。

 仕事を終えて部屋にやってきたレミィは目を丸くして驚いていた。


「あ、ありがとうございます、皆さん」


 固まっているレミィの下にレンが近づいていく。その手には小さな箱があった。


「これは私達からのプレゼントよ。本物のお星さまはとってこれなかったけど、アスウェル様に教えてもらって、翡翠色の綺麗な星飾りを取って来たのよ」

「!」


 レミィが驚いて、離れた所で一応参加しているアスウェルに視線を向け、ぱっと表情を変えた。


「ありがとうございますっ。アスウェルさん、皆さんっ」


 そうしてプレゼントを渡し、ケーキを切り分け、料理を食べたり、飲んで騒いでと、小一時間も経てば行動の中は、おおよそアスウェルの歓迎会と同じような事になった。


「……」

「アスウェルさん、眉間に皺が寄ってますけど大丈夫ですか?」

「騒がしい」

「お誕生日会ですしね」


 アレス達率いる男どもが暴れまわり、レミィと同じように入って日の浅い使用人を巻き込んでいる。それを窘めるレン達、女連中は大変だろう。


 主役そっちのけで盛り上がる所まで同じとは、救えないやつらだ。


「アスウェルさん、楽しいです」

「だろうな」

 

 見てればわかる。

 もう最近は出会った頃の様な猫を被らなくなったので、レミィの喜怒哀楽はだだもれになっている。


「アスウェルさん、やっぱりアスウェルさんは、アスウェルさんだったんですね」


 訳の分からない事を言うな。


 何がそんなに楽しいのか主役である少女は、ずっとそんな調子で浮かれていた。

 乗せようとしたら乗せられやすい性格らしい。


 そうして時間が経っていくのだが、仕事以外は駄目になる少女がこういう場に長時間いるとどういう事になるか……。


「離れろ」

「やれすぅー……」


 酔っぱらったレミィがアスウェルの膝の上に乗り、こちらに身をもたれさせて寝ぼけている。

 こういう事になるのだと、アスウェルはため息をつく。

 酒を誤飲しないように見張ってはいたが、空気にまで酔うとは思わなかった。


「くぅぅ……」


 それを何故か羨ましそうに見つめる使用人のアレス。


「レミィは俺たちの妹分なのに」


 アスウェルは維持の悪い笑みを浮かべて、レミィの肩を抱き寄せた。

 日ごろのストレスを発散させる。


「羨ましいか」

「くそーっ」

「落ち着けアレス」「しっかりしろ」「傷は浅いぞ」


 冗談だというのに、取り乱しすぎだ。保護者。


「ふふふ、アスウェルさんー……、ありがとうございますぅ」


 こちらにすりよってくる少女は幸せな夢を見ているらしい。

 誕生会がお開きになった後、酔いつぶれたレミィを部屋へと送り届ける。

 そして、部屋にレミィとよく似た金髪の人形を置いておくことも忘れない。


 明日の朝の騒がしさに思いをはせながら、アスウェルは部屋を出て行った。



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