17 第二部 復讐の二人
屋敷へと帰る途中の道で、アスウェルはそいつと再会した。
今まであれこれと手を尽くしてアスウェルを復讐の道から戻そうとしてくる者、クルオだ。
男のくせに髪を長くして、体格も華奢。顔は見間違えてもおかしくない女顔のそいつは一応アスウェルの友人でもある。
「アスウェル! やっと見つけた。復讐なんて馬鹿な真似は止めるんだ」
「復讐?」
隣にいるレミィがその言葉に反応する。
馬鹿はお前だと、目の前の男に言ってやりたい。
関係者の前で言うな。屋敷の前で言われるよりはましだが。
「いい加減俺をつけまわすのは止めろ。迷惑だ」
「ストーカーさんですか? 綺麗な人ですね」
うるさい。少なくともお前が考えているようなものとは違う。後そいつは男だ。
余計な言葉を挟んでくるレミィは何か気になるのかクルオの顔を見て首をひねっている。
「……クレファンも、君の妹もきっとそんな事は望んじゃいないはずだ。復讐なんて止めて普通に生きるべきだ」
「黙れ、いい加減にしろと言っただろう」
頼んでもいないのに、人の後をつけまわしてうっとおしい。
だいだいこんな俺などをいつまでも友人だと呼ぶクルオの気が知れない。
お前にだってやる事はあるんだろう。
組織に付け狙われたらどうする。
「退け、ここにいるのは俺だけじゃない」
案に他の人間のいる所で物騒な話をするなとクルオの良識を刺激して追い払おうと、言葉を発するのだが。
「……君は?」
クルオはレミィの存在に気づいて視線をやり首をひねる。
お前もか。
「どこかであったような……」
「レミィ・ラビラトリです。奇遇ですね。私もそんな気がします」
クルオは立ち去るどころか妙な親近感を得ているようだ。
面倒な者同士いつまでも互いを見つめて悩ませておくわけにもいかない。
「遅くなったら保護者共に叱られるぞ」
「あ、そうですね。……その前に」
レミィを促すのだが、クルオへと何か言いたい事があるようだった。
それは今のではなく少し前の会話についてだ。
「先程の……ですけど、復讐をしないのは正しい事ですけど、私だったらそんなの嬉しくありません。復讐なんて駄目に決まっていますし、悲しくなっちゃいますけど。勝手な事を言いますが、私がアスウェルさんの妹だったら、それだけ思っていてくれるのが嬉しいですよ」
てっきりレミィも似たような考えをしているかと思ったのだが、少女は最後にそんな事を言った。
間抜けな顔をしているクルオを放っておいて、こちらの横に並び立つ。
「行きましょう、皆さんに叱られたくはありませんので」
そう言って歩を進めるレミィは、
「私にも復讐したい相手がいますしね」
一言だけそう付け加えた。
そんな事があって、屋敷に戻って来たアスウェルは、使用人達に近々迫っているというレミィの誕生日会の準備係とやらに、勝手に任命される事になった。うんざりした。
そんな風に相変わらず、うっとおしい日々が流れていく。
レミィの欲しいものが分からない、という使用人の愚痴を何度も何度も聞かされる身にもなってほしい。
使用人連中から逃げるようにしてアスウェルはある日、普段はあまり立ち寄らない場所にいた。
そこは、屋敷の離れにある講堂だった。
講堂には、身の丈以上の水晶が一つ置かれ、壁面には多数の鉱物と装飾品が飾られている。
部屋に入ると音が響いていた。
奥にはピアノが置かれていて、奏でられる音色の演奏者はレミィだった。
「ふんふんふーん……」
ハミングと共に奏でられる音色は、(今ではそう予想外でもないが)テンポが速く、音の起伏が激しいものばかりだ。
腕はプロというほどではないが、それなりにあるようだ。
「ふぅ……、あ、アスウェルさん」
演奏を終えて一息つくレミィがこちらの存在に気づく。
「聞いていらしたんですか」
「弾けたのか」
「はい、弾けます。手が空いたときにお屋敷にあるピアノを弾かせてもらっているんです」
使用人をしているレミィを見ると気付くことがあるのだが、この小さな少女には一般人が身に着けているようなものではないスキルが多々ある。
華道に通じていたり、学問の知識もそれなりにあったり、今のように楽器の演奏ができたりと。
そうして考えてみると、どこかの貴族の娘としか思えないのだが、それにしては謎の戦闘技術が意味不明過ぎる。
禁忌の果実にいた時に仕込まれでもしたのか。
レミィはピアノの上に置いてある砂時計を手にする。
装飾にしている鉱石がほのかに輝きを放った。
今のは?
「クレファンさんや屋敷の人たちは私に聞かせないように内緒にしてるみたいですけど、私って魔人なんですよね。でもちょっとぴんと来ません。耳慣れないですし」
レミィが指で鉱石をなぞると、わずかに周囲に風が吹いた。
「でも、私には普通の人が使えない魔法が使えます。そして、魔法が使える石、願い石を見分ける目を持っています」
「どういう事だ?」
石を識別する能力を持っている事は知っている、それが願い石を見分ける物であることも。
だが、願い石が、魔法が使える石、何て知識はアスウェルは知らない。
それはおとぎ話や物語の中の存在ではないのか。
「そのままの意味ですよ。鉱石に交じって、時々不思議な力を感じる石があるんです。それが願い石。その石を持っていると良い事が起きるって話は知ってますよね。それは、石に込められた力が起こした出来事なんです」
「……」
「信じてませんね」
アスウェルの表情は、おそらく……何を言うかと思えば、となっているだろう。
そのくらい突拍子もない話だった。
「ボードウィン様は、願い石……いいえ、魔法が使える石、魔石とでも言いましょうか。その魔石の事を知っていて何かに使う為に集めているみたいです」
アスウェルがこの屋敷の主人について嗅ぎまわっている事を、レミィはとっくに知っていたようだ。
当然だろう。
自分が調べられていた事を知っていたぐらいなのだから。
たまに抜けているように見えるが、そこらへんの観察眼は悪くないようだ。
「アスウェルさんは復讐を果たすためにこの屋敷にいるんですよね。そしてその相手は近くにいる、なら、おそらくそれは屋敷の主人であるボードウィン様が、可能性が高い。ボードウィン様は良くないことをしている人、なんですよね……」
俺の家族を殺し、妹を攫い、お前に危害を加えた組織の一員だ、とまではさすがに言えなかった。
前半部分は云わずともクルオとのやり取りで知っているだろうが。
「私にできる事があるなら言ってください、力になれるかどうかは分かりませんが、協力します。私も、屋敷にいる皆さんが危害を加えられるのは嫌ですから」
レミィはずっと手に持っていた砂時計を元の位置に戻す。と、同時に動いていた空気の流れが止まる。
「ずっと分からなかった、皆を殺した犯人が。それがもうすぐ分かるかもしれない……」
呟く言葉は、復讐者の放つような低く思い声だった。
この少女もアスウェルと同じで大事な人間を殺されているのかもしれない。
人に褒められるような道を歩いてはこなかった。
それでも、俺はその道を選ばなくてはいけなかったん。
妹の、家族の仇を討つためにも、やり場のない憎しみや悲しみをぶつけるためにも。
親友にすら拒絶されたその道を、その感情をレミィは肯定してくれた。少女のその言葉は、口には出さないがありがたいと思っている。
だが、普段の様子を思い浮かべ、レミィには復讐者などという肩書は似合わない、とも思った。
少しだけ、いつもしつこく付きまとってくるクルオの気持ちが分かった気がした。
「レンが言っていた、たまには給料を使えと」
話を変えるついでに、暗に今欲しい物はないのかと聞いてやる。
使用人連中が会う度にやかましく聞いてくるものだから、そろそろどっか行ってほしかった。
誕生日に欲しがるものを素直に聞いてやるつもりはないので、別の方面からにしたが。
「使い道がないんです。そんなに欲しい物はなくて、あ、でも……貯めてるのはあるんですよ。前の屋敷のご主人様……アレイス君はくれるって言ってたんですけど、このピアノを。でも今はボードウィン様の物ですし、いつかこういうのを自分のお金で買えたらなと思ってて」
それは、奴らには用意できないものだな。
「どこに置くつもりだ」
「さすがにあの部屋には入れませんし、考え中です」
でも、とレミィは羨む。
「私いつか、ピアノを演奏しながら世界中を旅するのが夢なんです」
そんな未来が訪れたらいい、とそう願っている表情で。
「持ち歩くつもりか、これを」
「考え中ですっ!」
そうだったらいい、と同意するのは心の中だけにした。
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