16 第二部 ネクト
その日は使用人連中に押し付けられるようにして、レミィの買い出しに付き合う事になり町まで歩く事になった。
海での一件がなかったかのように振る舞うレミィは当然のように無表情のすまし顔で隣を歩き、淡々とした様子で必要な物を買い込んで行く。
情報収集をしたかったが、敵かどうか判断しかねている人間を横に置いた状態でするわけにもいかない。
「ムラネコさんは虎模様さんですね。虎柄です」
たまに虚空に向けて話しかけるのは、少女にしか見えないという猫に言葉をかけているのだろう。
相変わらず聖域以外でアスウェルの目には見えないが。
「申し訳ありません、少し寄り道いいですか?」
最後にレミィは通りかかった建物の方を見てこちらに話しかけてくる。
そこは巻き戻ったばかりの頃にレミィ達と出会った場所のホールだった。
「用があるのか」
「はい、少し私用で」
内部に入ると、長く続く廊下が目に入った。どこからかピアノの音楽が漏れ聞こえてくる。
また誰かが演奏でもしているのか。
「……」
「別に聞きに来たわけではありませんから。すぐに済みます」
アスウェルの思考を読んだようにレミィがそう話して先へと進んで行く。
「とある物の修理をここの管理者さんに依頼しているんです。その進捗状況を聞いておきたかったので」
長居しないのならば別に異論はない。
「あ、ミィ姉ちゃんだ」
「ミィ姉ちゃん。おはー」
しかし、こちらがそういうつもりでも向こうはそう行かないだろう。
出会った時にレミィと一緒にいた子供と、違う子供がこちらへからんできた。
「おはー、です。駄目ですよ。今私はお仕事中です。遊んであげるのは今度です」
「えー、遊んでよー」
「遊ぼうよー」
「駄目ったら駄目です」
うんざりしたくなったが、レミィは子供の相手が上手いのか上手く言いくるめて者の数分で、演奏会の行われているホールへと追い払った。
これで時間を使わずにすむ。
そう思った矢先だった。
アスウェル達が目的を果たす前に異変が起きた。
大勢の人々の悲鳴が聞こえてくる。
演奏会の行われている部屋の方から。
「っ……!」
「待て」
ノータイムで決断したらしいレミィはその方向へと走る。
置いて帰りたいがそれをすると後々面倒な事になるだろう。
遅れて部屋へ着くと、そこにいたのは帝国兵と長槍で交戦しているレミィだった。
ただの使用人が戦えた事にアスウェルは驚いた。
逃げまどう人々の波に飲まれそうになりながらアスウェルは近づいていく。
一見、そいつらはただの不審者にしか見えない。
だが、曲がりなりにも共同で何度か戦線をはったことのあるアスウェルには分かる。
あの連中はまぎれもなく帝国兵だ。それもそこらの一般兵士とは違う手練れの連中。
そんな奴らと事を構えるのはアスウェルにとって不利益でしかない。
「くそ……」
悪態をつく。
レミィ・ラビラトリ。
お前は何て面倒くさい人間だ。
見捨てるかそれとも加勢するか。
天秤にかけていると、状況に変化が現れた。
「それは……」
レミィが顔色を変えて相手に突撃していく。
今まで曲がりなりにも冷静に戦っていたというのに、何が起きたのか。
そう思ってみれば、帝国兵から何かを奪い取ろうとしている所だった。
あれは、時計?
アスウェルの持っている物と似た物だ。
「返してください……っ! それは大事な物なんですっ」
レミィは必至だ。
故に周囲が見えていない。
背後から忍び寄る人の影。その帝国兵の攻撃に気づいていないその様子に、思わず銃をとりかけたが……。
そいつは剣を持ち、すばしっこく動くレミィのフォローを的確にこなして息を合わせている。
他にも奴の仲間らしい人間がいて、視線を見目れば帝国兵たちを捕縛していた。
やがて事態は収まり、どこかへと運ばれていく兵たちを見送った後、アスウェルはその金髪の少年に話しかけられた。
「やあ、また会ったね」
「お前達は……」
「僕たちはネクト。禁忌の果実に恨みのある人間が集まってできた組織みたいなものさ。少々派手に動きすぎて帝国兵達の気を引いてしまったんだよ」
なぜ禁忌の果実を追っている人間が、帝国とやり合う?
視界の隅では時計を手にしてほっとしているレミィの姿。
あれも後で聞いておかなければならない。
アスウェルの視線を追った少年は続ける。
「もっとも、別の目的を途中で見つけたようでもいたけどね。さて、本題だ。君と接触したのは僕たちの仲間になって欲しいからだよ。思わせぶりな事を言ったのも君の気を引きたかったから。でも、嘘じゃなかったろう?」
ああ、そうだ。嘘ではない。レミィと知り合ったアスウェルは禁忌の果実のメンバーの一人にたどり着けた。だが、それとこれとは別だ。
「俺は組織に入るつもりはない。やるなら勝手にやれ」
「おやおや、ふられてしまったね」
目の前にいるそいつは、戦闘技術を見るにただの一般人という線はありえない。
むしろ帝国兵を倒したのだからよくできた部類だろう。
だが、アスウェルには彼らの仲間になるという選択肢はない。
そんな選択は、唯一いた友の手を振り払った時点でなくしている。
「「「アスウェル……僕は……それでも、君の友達だ」」」
「……」
「まあ、無理にとは言わない。じっくり考えてくれ。ああ僕の名前はライトだ。最初にも名乗ったと思うけど、ちゃんと覚えて置いてほしいな」
アスウェルの沈黙を誤解した少年が他の仲間達の元へと戻っていく。
そんな風に会話をしていると、レミィが口を挟んでくる。
「あの、何の話をしていたんですか」
無表情ないつもの顔に少々の困惑の色を滲ませて。
「お前の時計は、それは購入したものか?」
「え、いえ、違いますけど」
アスウェルは自分の時計を見せてやる。
「細部が異なりますけど、そっくりですね」
「大事な物だ。お前はそれをどこで手に入れた」
妹の形見、とまでは言うつもりはなかったがアスウェルの言葉を聞いてレミィはそれなりに大事な事だと思ったようだ。
真剣な表情をして、考える。
「それは……私にも分かりません。記憶に浮かんできた物を、このホールの管理人さんにレプリカとして復元してもらっただけですから」
「そうか」
レミィの記憶に関係している。
という事はレミィが過去の事を思い出せば、時計の事が何か分かるかもしれない。
考える一番の可能性は、レミィが時計の持ち主だという事だが、こいつはまさか以前は俺の町の近くに住んでいたのか?
「帰るぞ」
後始末はネクトとかいう連中がやる様なので、自分達にやるような事はない。
「この時計、大事な物なんです。たぶん、きっと大切な人からの贈り物なんですよ。見えないですけど、優しい顔がいつも頭に浮かんでくるから……」
時計をハンカチに包んで丁寧にしまうレミィ。その言葉に嘘は感じられない。
「俺の時計も、妹からもらった物だ。今はいないがな……」
言わないと先程決めたにも関わらず、何を言ってるのか。
レミィの呟きが聞こえる。
「アスウェルさんは未来に起こる悲劇の犯人じゃないんでしょうか……」
「何だ」
「いいえ、何でもありません」
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