15 第二部 心
その日の夜、アスウェルは夢を見た。
また知らない場所にいる。
意識を失ったら別の場所に移動してしまう呪いでもかけられているのか。
呪いの件はただの思い付きだったが、こうも続くとあながち間違いでもないかもしれない。
……などという馬鹿な事を一瞬でも考えてしまった。
ここは、どこだ。
確か聖域から海の中へと帰ってきて、おぼれかけていたレミィを拾いなおした後、宿に戻って眠ったはずだが……。
ならばここは夢の中か。
だが、五感ははっきりしている。
しかし、それでて、どこか現実味を感じられない。
それは風が吹いていないことであったり、自分以外の生物の気配が全くしない事だったり、のせいでもあるだろう。
奇妙な場所だった。
ただ草だけが生える草原のど真ん中に立っていると、そこに、レミィそっくりの白い髪の少女が現れた。
違うのは髪が白い点だけだ。
「まさか、
レミィの声と顔で、そんなぞんざいな言葉を言われると違和感しかない。
「ここはどこだ」
「レミィ・ラビラトリの心の中、
早々に説明を放棄するな。
レミィモドキと名付けたそいつは、アスウェルのことを胡乱気な目つきで眺めまわしている。
「あなたみたいな人間が来るなんてね。レミィは懲りないですね。まあいいです、仕事するだけですし。はいはい、ここから見守ってるからレミィと触れ合ってばっちり治療してあげて下さいね、よろしく」
何もかもがぞんざいな少女はその場から姿を消していく。
周囲には何もない。
これでどうしろと。
しかし、草原に放置されて数分、一匹の緑の小さな鳥がやってきて、アスウェルの肩に止まった。
こちらをつぶらな瞳で見つめる鳥。
そのくちばしには木の実がくわえられている。
鳥は空へはばたき、木の実を投げては自分でキャッチする。その繰り返しを行い遊んでいた。
しばらくして、木の実をくわえて差し出す様にこちらに向ける。
人懐こい鳥だった。
相手をしてやる義理はないが、無視するほどやる事があるわけでもない。
アスウェルはしばらく鳥の相手をして遊ぶ事にした。
そんな夢を見たせいだろう。
昨日面倒をかけられた腹いせもある。
翌日アスウェルは起こしに来たレミィの頭からヘアバンドをとって、少女をおもちゃにして遊んだ。
数日の仕事の後鉱石採集が終わった後、ウンディへと戻った。
見慣れつつある屋敷へと戻って来たアスウェルは見慣れない人間が歩いているのを見た。
白衣をきたそいつは屋敷で雇った医者だという。
ライズ・メトゥイス。
ボードウィンがレミィを拾った際にわざわざ新たに雇った人間だという。
今まで一度も会わなかったのは、護衛として雇われる前に、休暇をとって個人的な用事の為に屋敷を離れていたのが理由らしい。
「貴方がアスウェルさんですか。私はライズと申します」
「世話になっている。アイツは医者が必要なのか」
「ええ、ちょうどそれでお聞きしたい事があったんですよ。少し医務室に寄って行ってもらえませんか」
クレファンに言われた事を思いだしている。あれは本当だったらしい。
この屋敷に医務室などという物があったのかと驚きながら、案内されればその部屋は何でもない部屋にベッドと最低限の家具が置かれているだけだった。
どうやら名前だけのようだ。
医薬品やカルテなど必要な物は必要以上に置いていないのだろう。
「レミィさんの様子は最近どうでしょう。何か変わったことはありますか」
「俺に聞くより他に適任がいるだろう」
あいつを常日頃構っている使用人達の方がよほど詳しいはずだ。
「目が多い方が把握しやすいでしょう」
「変化はない。ドジを踏む回数が増えたくらいだ」
ネコ被りがはがれてきた影響で、アスウェルの目の前で失敗されると面倒になるという悪影響なら出たが。
「ふむうふむ、多少の集中力の欠如……と」
「……きわめて局所的な人見知りが改善されたぐらいだ」
真面目な顔で、メモを取られそうだったので言い直した。
そんな大層な事は起こっていない。
「夜は眠れてるようですか?」
知らん。
ただ目に着く限りでは眠そうなそぶりを見せた事は暇な時しかない。
「居眠りする機会があったら俺が叩き起こしている」
「ふむ、睡眠状況は良好、と。あとは、ああ一つあった。薬はちゃんと服用しているようですか?」
「薬?」
そんな物は見た事がないが。
レミィは薬の世話になているか。
「ええ、こちらでレミィさんの状態にあったものを特別に調合した薬を。何せ彼女は少々境遇が特殊ですので、色々と気を使わなければならないのですよ。奴隷契約の影響もありますし」
「知っているのか」
医者の判断で薬を処方するのも、プライベートな情報を開示するのもそういう物なのか、と思う。が、続いてライズに念を押される。
「ええ、契約の件は屋敷の主人から。ですが、くれぐれも彼女には言わないようにしてくださいね」
「あいつは知らないのか?」
本人が知らないなら記憶喪失で忘れているのかと思ったが違うようだった。
「ええ、ですけど、彼女の場合は奴隷契約がこの世界に存在している事自体忘れているようです」
耳を疑った。
この世界に生きる者ならよほどの子供でない限り知っている事。それは常識だ。
それとも記憶を忘れるという事は、そんな事にまで影響するのか。
「きっとよほど辛い目にあったのでしょうね。彼女の中では防衛措置として、記憶を呼び覚ます奴隷契約という存在自体が消え去ってしまっているのですよ」
クレファンから聞かされた時に覚悟はしていたが、レミィの状態は想像以上だったらしい。
「他にも、この世界の常識がいくつか欠如している所が見られますので、下手に刺激しないようにしていただければとお願いします」
刺激するなというのはどうすればいいんだ。
まさか、何も教えるなという事か?
それは無理だ。
この世界で生きている以上、何も知らないでいられるわけはないのだから。
「だから、ここで彼女を世話をしているのですよ。外出する時も必ず誰かを付き添いにしています。生憎この場所はへんぴな場所ですからね、人もあまり来ませんし」
出会った時は小さな子供を以外、付き添いなんぞいなかったが。
「……できる、範囲で気を付ける。それ以上は俺に望むな」
何となくだか、ここに連れてこられた理由をアスウェルは察した。
ライズは自分にレミィの保護者として可能な限り面倒を見ろと言ってきているのだ。
あきらかにアスウェルが扱える範囲を超えた厄介事だ。
ボードウィンの手の物という疑いは腫れつつ少女だが、代わりに面倒なものを持ってこられてはたまらない。
「旅の人間に頼るな。俺は、子供のお守りなどごめんだ」
お前達で何とかしろ。
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