06 第一部 最初の一日
水晶屋敷の三階の一番奥。
「これはこれはようこそ、貴方が私の護衛をかってくださったとはね、ひょっひょっひょっ」
許可が取れた後、レンに案内された部屋に行った。
そこで待っていたのは達磨のような体型の男だった。
でっぷりとした腹に丸々としたふくよかな体格で、平均的な男性のそれよりも身長は低い。血色の良い肌は赤子のようだが、健康的とは世辞にも言えなく、重みに鈍重な身動きを見ればかえって不健康そうに見えた。
「……ご存知の通り、私には各地の鉱石を収集する趣味があってね。前の者がやめてから、その代わりの護衛を募っていたところだったのですよ」
内心を悟られないように頷く。
そんな話が出ていたのか。
まったくもってそういう狙いはなかったが、こちらも都合が良い様に話を合わせておいた。
それからは面接などは何もなく、当たり前のようにアスウェルは雇われる事になった。
その後は、宿をとっていないなら屋敷の部屋を貸すとも言われた。
話がうまく行き過ぎていて、気味が悪かった。
それとも探られてもどうにでもなると自信があるのか。
当然世話になるつもりのないアスウェルは、さっそく用事を片付けるべく隠し持っていた武器……銃を握りしめる。
警戒心はまるでなく、戦闘ができるようにも見えない。
適当に脅して必要な情報を吐き出させた後に、始末してしまおうと思ったのだが……。
「失礼します! レミィです、入ります!」
あの檸檬色の髪の使用人が許可ももらわずに部屋に入ってきた。
タイミングがタイミングなだけに、少女の顔色を窺うのだが、見えるのは呑気な表情だけだった。
ボードウィンはアスウェルの敵で、そして闇に通じている人間だ。
だが使用人達はどうなのだろうか。
もしそうだとしたら……。
さすがに、ここに勤める人間全員を殺すのは手間がかかる。
見極める時間が必要であるし、事を起こすなら時間がかかるのは確かだ。
「レン姉さんがそろそろお話が終わった頃だろう、って言ってたので来ました」
「おお、ちょうどいい所に。気の利く使用人を拾えて私は幸せであるぞ、ひょっひょっ」
「ありがとうございます!」
少女が拾われた人間だという事が分かったがどうでもいい。
世辞だろう言葉に、単純そうに喜ぶ使用人の事など。
「じゃあ、アスウェルさん! お部屋に案内しますね」
言葉遣いもなっていないようだった。
「お前、本当に使用人か?」
「失礼です。私はお屋敷の中でも一番任される仕事が多いんですよ」
盛るな。
どうせ、失敗して厄介払いされて盥回しにされているだけだろう。
頼りない案内人を先頭に歩いていると、まっすぐ部屋へと迎えるわけもなく、集まって来た使用人達にからまれた。
レンと、この屋敷に努めている者達数人だ。
「あら、レミィ。ちゃんとやってるのね、偉い偉い」
「当然です!」
当然のことをしたのなら、胸を張って威張るなと言いたい。
「レミィ、昼間はこの人から助けてもらったんだってな、レンから聞いたぞ」
「アレス兄さん。うぅっ……レン姉さん、その事話しちゃったんですか。ひどいです」
「駄目だろ、何かあったら大変じゃないか」
「ごめんなさい」
アスウェルはため息だ。
話の内容にもだが、客を置いて内輪で盛り上がる使用人がどこにいるというのか。ここにいたか。
「部屋はどこだ」
「あ、すみません! 今、案内します」
その夜、館の使用人から懇親会を開こうかと持ちかけられた。丁重に辞退したかったがそうはいかなかった。情報は必要だ。
参加する旨を伝えれば、檸檬色のやかましい使用人に引っ張られるようにして、飾り付けられた部屋に通される事となる。
懇親会とやらは終始うるさかった。
初めこそ使用人達は、興味が赴くままにアスウェルを質問攻めにしていたが、しだいに客そっちのけで盛り上がる様になり、あまつさえアルコールを誤飲した間抜けな少女の世話を押し付けられる事になった。
「ごちそうさまですー。すぅ……」
それ以上飲むな。夢の中でも。
寝ている少女に寄りかかられて、重いし暑苦しかった。
だが、はねのけようとは思えなかった。
距離感を間違えているとしか思えない使用人(それは他の連中も同じ)だが、年が若いせいなのか妹を思い出してしまう。
アスウェルは奇妙な感覚に襲われた。
俺は、
こんな風に、
和やかに時間を過ごせるような人間だったか……?
日の当たる場所で生きているような人間と、同じ時間を共有できるような人間だったか……?
俺は、もっと……。
「はふぅ、アスウェルさんー……助けてくださ……すー」
幸せそうに助力を求めるレミィの声が聞こえた。
うるさい。
困ってるなら、それらしい様子でいろ。
「ふふ、レミィがこんな風に人になつくなんて珍しいですわ」
様子を見に来たリンの言葉に顔をしかめる。
「アスウェル様はこの子にとって何かが特別なのかもしれませんね。いつまでここにいられるのか分かりませんが、できるだけこの子を構ってあげてくださいませんか」
「願い下げだ」
はねのけはしないが進んで子供の面倒を見るほど、俺は暇人じゃない。
「そうですか、残念です。気が向いた時でも気にかけてあげて下さいね」
レンは寂しそうに笑ってレミィを引き取って離れていく。
そんな事があった
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