05 第一部 敵地へと



 アスウェルを取り巻く奇妙な過去への旅の現象を、巻き戻りキャンセル現象と名づけることにした。

 名前がなければ考え事を整理するにも面倒。理由はそれだけだ。


 巻き戻りキャンセルをして一年前の風の町に来たアスウェルは、元の時間では廃墟となっている水晶屋敷に向かっている。


 館の主人、ボードウィン・ドットウッド。

 そいつはアスウェル・フューザーが復讐しなければならない相手の一人だ。


 家族を殺して、妹を攫った組織の一員。

 アスウェルは元の世界ではそいつが風の町にいる事を知らずに数日過ごし、後なってその存在を知った時は全てが終わった後だった。

 屋敷は廃墟となり、主人と使用人達は行方不明。

 禁忌の果実にも記録がない所をみると、何かが起きて死亡したのだろう。


 そういうわけなので、アスウェルは何の因果か知らないが、果たせるはずのない復讐を果たすチャンスを手に入れたのだ。

 この状況を、利用しないわけがない。


「あら、そう言えばレミィ。預けていた本は失くしたりしてない?」

「大丈夫です。誰にも渡してません」


 そんな事を考えて、状況などを整理しながら屋敷への道中を歩いていると、先導する使用人二人が本の受け渡しを始めた。


 レミィという少女が渡すのは、先ほどアスウェルと取り合った本だ。

 どうやらレンという女使用人の物だったらしい。


「ようやく手に入れられたものですから大事に保管しないといけませんね」


 今見えるのはレンの背後のみだが、アスウェルはレンの表の姿を脳裏に思い浮かべて思う。


「レン姉さん……、その本必要なんですか?」


 レミィが発言したのと同じような事を。


「あらあら、女性はいつだって可愛く美しくなりたいものでしょう」

「そういうの、私にはよく分かりません」

「レミィだってそのうち分かるわよ。好きな人ができたらね」

「好きな人はレン姉さんと、アレス兄さんです! もちろん屋敷の皆さんもですけど」

「あらあら、レミィったら可愛い」


 そこの使用人二人、訪問客を置いて盛り上がるな。

 顔は似てないが実の姉妹のように盛り上がる二人の会話はそんなアスウェルの内心を読んだように変化した。


「でも、心配だわ。将来一人立ちしたレミィに変な虫がくっつかないか、ねぇそう思いますわよね。アスウェル様も」

「俺に話題をふるな」


 こうやって時折りどうでもいい言葉を投げかけてくる。

 元々あったなけなしの遠慮などはすぐ吹き飛んで、アスウェルの口調はすぐに本来の物へと戻っている。


 それは初対面の人間に振る話題でもないだろう。

 だが、レンが言わんとする懸念は分かる。


 まだ出会ってそれほど接してはいないのだが、レミィを見ていると、まるで


「……背負ったネギごとカモられるカモ」

「まあ、アスウェル様もなのですね」


 そんな風に思えたからだ。


「アスウェルさんはともかく、レン姉さんまで! ひどいです」





 どうでもいい身にもならないような話を聞かされながら辿り着いた先は、小高い丘の上だった。

 敷地内に入り、鬱蒼とした森を抜けるとその先には、三階建ての洋館が立っていた。


 木やら草花やらが植えられている庭園を抜けて、玄関口から屋敷へと入る。


 ここが当初来るはずだった予定の場所。


 敵の懐に赴いたのだと気を引き締めながら、レンが主人へ取り次いでいる間にホール横の応接部屋で待っていると、部屋の外がうるさくなった。


 男の声と、先ほどここまで歩いてきたレミィの声。


「来客か、珍しいな。どれどれ……」

「駄目ですよ、アレス兄さん」

「あ、レミィこれは別に覗きとかそういうのじゃないからぞ。いや、うん。とりあえずお帰り。買い出しご苦労さん。よくできました」

「髪がぐしゃぐしゃになっちゃいますー。それくらいちゃんとできますよっ」


 来客を静かに待たせる事もできんのか。

 アスウェルは立ち上がって、扉を開けた。


「「あ」」


 レミィの頭をなで繰り回している青年と、撫でまわされている少女の間抜けな顔が二つ並んでいた。


「うるさい」

「「ごめんなさい」」


 ため息が出た。

 使用人ならそこは申し訳ありませんでした、だろう。


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