04 第一部 檸檬色の髪の少女
帝国歴1500年1月
――朽ちた屋敷に俺は立っている
――なぜ俺はこんな場所に立っているのだろうか。
――俺は、確か……。事故が……、いや列車で……。
――駄目だ。思い出せない。
――名前も。記憶も。
――だけど、俺は行かなければならない。
――あの場所へ。
――約束したからだ。あいつと。
――絶対助ける、と。
――またお前に会いに行くと。
――俺は間違っても何かの物語の主人公になれる人間ではない。
――俺の歩んできた人生は人に褒められたものではない。
――なんでよりによって、俺なんだ。
――物語の主人公でもない、ただの俺に、ただの少女に、運命は嗤いかけるんだ。
――誰でもいい、誰かが問題を解決してくれないだろうか。
――そんな風に思った事もあった。
――でも駄目だ。
――そんな人間がいたのならばとっくの昔に、俺もあいつも救われている。主人公などいない。
――だからやるしかないのだ。
――ここにいる、ここに居合わせた俺が。
――屋敷の中を歩いて行く。
――屋敷のいたるところには鉱石が飾られている。
――俺はそんな内装に見覚えがある。気がした。いや、ある。
――記憶の光景が、情報が、思い出が、靄のように霞んだり、浮かび上がったりでよく分からなくなる。
――他の部屋とは違う。この建物の主人が使っていただろう部屋にたどり着く。
――壊れた窓から風が入り込んできた。
――そこから死神が舞い込んできて、嗤った。
――ああ、これで。
――思う。
「また……」
――会えた。
その瞬間どこかで、意地の悪い運命の女神が嗤ったよう気がした。
どことも知れない暗闇の中、アスウェルは立っている。
足元には薄ぼんやりと光を放つ足場。それは前後に続いている。
アスウェルは、帝都を出て西にある、ウンディの町へ向かう足へ軌道列車を選んだのが災いし、事故に巻き込まれた。
結果はおそらく全員死亡。どう考えても列車内部の乗員は死んだはずだった。
それなのに、アスウェルは今生きている。
なぜこんな訳のわからない場所にいるか、まったく分からなかった。
そんなアスウェルの目の前へ、純白の鳥が舞い降りる。
鳥はこちらを促す様に先へ先へと飛んでいく。
ここでこうしていてもしょうがない。いつもならそんな訳の分からない状況で、動物などの後をついて行く気にはなれなかったのだが、その時はそうするのが良いと思えた。
アスウェルは、それについて行こうと判断し、一度振り返ってから鳥を追って前へと進んで行く。
そうして長い時間をかけて、道を歩み切った。
その先には……。
帝国歴1499年 1月
眩しい。
初めに思ったのはそんな事だった。
日の光が目を刺激する。
「ここは……」
歩き切った先、アスウェルは町の中にいた。
そこは見覚えのある街だった。
一年前に数日だけ滞在した事のある場所でアスウェルの目的地、風の町……ウンディだ。
ある方向へ視線を送る。
町の近くにある小高い丘には、いくつもの風車が並んでいら。
風車は風の強さを表す様にゆっくりとまわっている。
時刻は昼下がり、町は人で賑わっており、ざわめきが満ちている。
通りを歩く人々、こちらの脇を通り過ぎる男女はこちらに目もくれずそれぞれ好きなように会話をしながら歩いている。
「風調べの祭り、もうすぐだね」
「ああ、観光客がたくさん来るな。町の中も飾り付け作業でこれからが大変だ」
ウンディで行われる風調べの祭りはアスウェルの知る限り、行われなくなったと決まったはずだった。一年前に最後の祭りが行われて、それきりになったと。
ふと、脳裏をよぎった可能性がある。
それを確かめる為に、情報を求めて町の中を歩き回った。
情報が集まりそうな場所はもちろん、普段なら行かないような場所にも、様々な所に足を向けた。
そうしてたどり着いた先は、その中の一つ。
緑の草が生い茂る、町の公園。普段は寄り付きもしない場所だ。
復讐だけが全てであるアスウェルがわざわざ訪れるような場所でもない。
なのに、何故か気が付けば足が向いていた。
公園には、子供連れの家族や男女の恋人などが楽しそうに思い思いの時間を過ごしていた。
それらはアスウェルがとうの昔に失くした景色だった。
踏み入るなり、収穫なしと判断して踵を返そうとしたが、その公園の中の一画で、親しみ慣れた空気が漂っているのに気づいた。
すさんだ空気。
園内に置かれたベンチの傍に、数人の男達が集まっている。
「こんなところですやすや眠ってるなんてなぁ」
「ずいぶんと、気持ちよさそうに。いけないよなぁこんな無防備に」
「注意してやらなきゃな」
男達は口々にそう言って、ベンチの上の何かに手を伸ばそうとする。
何か、ではなかった。
人間の少女だった。
生きていたらおそらく妹と同じくらいの年齢の。
アスウェルはそいつらに大股で近づいていく。
「どけ、邪魔だ」
不機嫌な声を聞いた男たちはぎょっとした様子で振り返る。
「ちっ、なんだ連れがいたのか」
「行こうぜ」
「ちゃんと面倒見とけよ」
そそくさと立ち去る男達は、手に持っていた何かを近くに放り捨てた。
淡い色調で合わせられた本の装丁からして、彼らの物ではなく少女の私物だろう。
それは本だった。
『魅力のある体のつくり方』
「……」
拾ったそれのタイトルを見て、ベンチの上の少女を見て、アスウェルは納得した。
少女を観察してみる。
今の騒ぎに気付いた様子はまるでなかった。
長い檸檬色の髪。頭にはウサギの耳のような形のリボンのついた、緑色のヘアバンドがある。
顔立ちは幼く、伸長を考えれば十三~四ぐらいの年だろう。
「おい」
少女は起きる気配がない。
鼻をつまむ。
頬をつねる。
それでも起きない。
「うー……」
寝苦しそうな唸り声。
そこでやっと今更ながらに少女は目を開けた。
「ふぁ……」
そして寝ぼけた様子であくび。ゆっくりとした動作で周囲を見回し、傍に立っている青年の姿に気付く。
「……?」
はて、どうしてこの人は自分の前で立っているのだろう。
とでも言いたげな表情をする少女。
その少女の視線が青年の目からずれて、手に持っている本へと注がれた。
「は……っ」
息を飲んで一瞬後。
こちらの顔を見て驚く。
「……」
そのまま数秒見つめ後、口をパクパクと何か言いたげに開け閉めするが言葉は出なかった。やがて少女は肩を落として、落ち込んだ様子を見せるのだが、自分の手に本がない事に気が付く。
そして、一瞬。少女は先ほどまで眠っていたとは思えない俊敏さで、こちらの持っている本を奪いに来た。
「返して下さい……っ」
腕を掲げる。
少女の伸ばした手は空を切った。
「――――っ!!」
少女は真っ赤になってこちらを睨みつける。
「返して下さい……っ、返して下さいっ!!」
少女が飛びかかるのに合わせて、頭上の本を遠ざけている。
一般的身長よりもやや高めであるアスウェルと並んで立つと、背の低い少女の形勢は目に見えて不利だった。
ひとしきり攻防を繰り返した後、ふいに少女が動きを止めた。
顔を俯かせて、肩を震わせている。
面倒なので泣き出される前に本を返そうと思った瞬間だった。
「返せと言ってんでしょう!!」
少女がキレた。
ドスの聞いた声とともに、脛に蹴りが入る。
それなりに痛みがやって来て、手にしていた本を離す。
少女はそれをキャッチし、さっとバックステップをする。
小さな胸に本を抱いて、こちらを睨みつける少女、そしてアスウェル。
そこに第三者の声が割りこんだ。
少女と同じような使用人服を来た女性だった。
緩やかなウェーブのかかった金色の長髪に、橙の瞳をした女性は穏やかに目を細め、檸檬色の髪の少女へと声をかける。
「どうしたのレミィ。駄目じゃない、知らない人とケンカしちゃ」
「レン姉さん!」
レミィと呼ばれた少女は、レンと呼んだ女性の背後へと回り込む。
そして、そこから指を突き付けた。
「聞いてください、あの人がイジワルするんです」
「まあ、それは大変ね。でも駄目よ。人を指さしちゃ」
「だって……」
「あそこの家の使用人は行儀がなってないなんて話がボードウィン様の耳に入ったら叱られてしまうわ」
それはもう手遅れだろう。公共の場で居眠りしている時点で。
しかし聞き捨てならない単語が耳に入った。
「お前はボードウィンの所の使用人か」
「ええ、そうです。何か御用でしょうか」
尋ねればレンと呼ばれた使用人が答える。
ここまで色々な所を歩き回ってきたアスウェルだが、予想が正しければボードウィンという男に会えるはずだ。
アスウェルは、何らかの理由で廃墟となったボードウィンの屋敷……水晶屋敷に行く途中だった。
そいつは禁忌の果実の人間であった為、調べる必要があったからだ。
だが、目の前の女はまるで屋敷は廃墟になっておらず、今もそこで主人……ボードウィンが住み続けているかのように喋った。
いや、実際彼女達にとっては実際そうなのだろう。
なぜなら。
「話がある、その主人の下へ案内してくれ。いや……、その前に、今日の日付を教えてくれ」
「日付、ですか。ええと本日は……」
怪訝な表情を見せつつも日付は述べられる。
それは、アスウェルが軌道列車に乗った日よりも一年前のものだった。
つまり、アスウェルは一年前の世界へ移動してしまったのだ。
理由は分からないが。
「案内を頼む」
「はい、喜んで。お名前を先に伺ってもよろしいでしょうか」
「アスウェルだ」
「アスウェル様ですね。ではご案内します」
「それと……」
ついでとばかりに今までレンの背中に隠れて、そこからずっと警戒の視線を向け続ける少女の事を話題に出した。
「いくら昼間で人気があるからといっても、外で寝るなと叱っておけ」
「な……っ」
「まあ、そういう事でしたか。きつく叱っておきますね」
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