07 第一部 風の町ウンディ



 何か慣れない事をやった日は必ず夢にうなされる。


 アスウェルは幼い子供の頃に戻ってその場所に居合わせるのだ。


「じゃあな、クルオ」

「ああ、また明日」


 少女と見まがうような女顔の幼なじみと別れ、帰途へと着く。

 今日の夕飯は何か。父はもう帰っているだろうか。学校から一足早く帰っただろう妹は何をやっているだろう。ちゃんと宿題をやってるといいけど。

 そんな普通の事を考えながら。


 いつもの村の道を歩き、家の前までやって来る。

 だが、違和感があった。

 子供ながらに感じていた、おかしい。いつもと何かが違う。


 この先には何か良くない事がある。

 けれど、一瞬ためらうものの家の扉を開ける。


 まさか、その先に悲劇があるとも知らずに。


「ただいまー。母さん」


 アスウェルと違って学校から真っすぐに帰った妹がいるはず、父は分からないがもう仕事は終わっていても良い頃間。帰宅しているとしたら、今にいるだろう。

 そんな事を思いながら家の奥まで行って。


 しかし、そこに予想していた物はなく、

 見たのは血だまりだった。

 そして、赤い血の中に沈む、見慣れた二人の死体。


「な……あ……」


 立ち尽くす。


 部屋の中の気配がアスウェルの方を向く。

 

 人が、いた。

 冷たい目の人間達。

 手には凶器が握られている。


 こいつらが父と母を、やったのだ。


「ぅ……」


 そいつらの一人が気絶した妹を担いでいた。


「……っ!」


 アスウェルは恐怖をあさえつけてそいつらに飛びかかるが、結果は無様なもの。


「あぐっ、っ……!」


 あっけなく反撃されて、殺されかける。


 狂気で切り裂かれた体から勢いよく血が流れだすのが分かった。

 命が零れていく感覚。


 霞む視界の中で、妹が攫われていくのが見える。

 気絶したようすで、そいつらの肩に担がれて、力なく四肢を揺らしている、その姿が。


「……て……」


 待て。やめろ。


 遠ざかっていくその姿にアスウェルは何にもできない。

 日常が奪われていく。


 アスウェルの何でもない、これまで大して気にも留めなかった、確かに幸せだった日常が。

 大切な日々が……。





 屋敷で雇われることになった翌日。

 アスウェルはウンディの町を巡っていた。


 二年前町に滞在した期間はわずか三日。

 記憶の彼方に忘れられて久しい情報を当てにするよりは、新たに覚えたほうがはるかにいいだろう。そう思ったから、町の様子を把握しておくという行動はおかしくはない。


 しかし、


「ふんふんふーん……。あれ、どうしたんですか。アスウェルさん。ため息なんかついたりして」


 一人で周るはずの予定が。なぜ同行者おまけがいるのか。


 事の始まりは割り当てられた部屋に朝食を運んできたレミィに、今日の予定を聞かせてしまったことだ。


 良く知らない土地で動き回るのは大変だという事で、返事も聞かず部屋を飛び出したレミィは誰かついて行く人はいないかと探しまわったあげく数分後、案内係になってアスウェルの下へ帰って来たのだ。


「……わひゃん。なにするんですかっ」


 能天気に歩いている隣の使用人が腹立たしくなりその頭をこずいた。


「アスウェルさんはイジワルです。イジワルなアスウェルさんです」


 観光地を案内するような気分で、町を紹介されてもイラっととするだけだ。

 必要な情報だけよこせ。少しは大人しくしていろ。


 無言で見下ろしてやれば、レミィは不満げに口を尖らせて黙り込む。


「うぅ……」


 しかし、そう思ったところでその少女が大人しくなってくれるわけもない。


 しなくてもいい解説を交えて、あちこち連れまわされる。


 ウンディの町は、湖に突き出ている巨大な岩々にこびりつくようにできている。

 人々は岩の上部に、側面に、または内部に精力的に居住区域を拡大していき、歴史から見ておよそ500年ほど前に、この場所は町となったらしい。


 そんな場所にあるだけはるのか、湖の……文字通り、上にある町は非常に風通しが良く、風車が岩々のあちこちに設置されていて、町の外からくる人間の目を楽しませる名物になっている。


 ちなみに屋敷は、その岩々の中でも目立たない小さな岩の一つ、その上部の鬱蒼とした森の中に建っている。当然ながら人目に全くつかない場所だ。


 岩ごとの移動は、張り巡らされたロープを滑る滑車で行われ、それも外部から訪れる人間の中では人気になっているらしい。





 そんな様子で町の各所を出歩いていくのだが、屋敷の人間が隣にいるせいで中々アスウェルの欲しい情報は集める事ができない。


「ムラネコさんはー。虎模様さんー。はっ、とらネコさん?」


 隣でレミィが時折、猫がどうのと一人事を言ってるがアスウェルは取り合わなかった。


 町の集会所や、小さな演奏ホール、レミィのなじみの喫茶店や果物屋、一通り周るのだが、観光がしたいわけではないアスウェルにとっては、至極どうでもいい情報でしかなかった。


 うんざりしつつも結局は半日も付き合ってしまう。そうして時間を使い、ようやく屋敷へと戻ろう……となった道すがで、アスウェルはそいつに出会った。


 その人物は急いだ様子でいるようだ。通りから出てきた人間とぶつかりそうになり、避けるのだが、その人間は知った顔だった。

 非常に良く、ずっと前から知っている……。


「アスウェル?」


 長く伸ばした青みがかった髪。男のくせに力仕事とは縁がはなさそうな華奢な体格に、それらをすっぽりと覆うような大きめのサイズのローブ。

 日焼けした事のなさそうな色白の肌。目鼻立ちは整っているが、それは男性としての魅力を上げる事になっておらす、周囲に女性として錯覚させる事を助長しているだけだった。


「君は、どうしてこんな所に。それにその子は……」


 そいつは、アスウェルの古い幼なじみだ。


「初めまして。レミィ・ラビラトリと言います。アスウェルさんのお知り合いですか?」

「あ、僕はクルオ・メーウィン。よろしく。こいつの友達だよ。それにしても君はこんな所でこの子と何を……」


 レミィとクルオが顔を合わせて会話に興じようとするがアスウェルがそれにかまってやる義理はない。


「あ、待ってくださいアスウェルさん」


 その場から離れると、レミィがクルオに謝罪してついてくる。

 うっとおしい。そのまま会話でも何でもしていれば良かったというのに。


「アスウェル! まだ君はあんな事を続けているのか」


 クルオが背後で何かを喚いていたが、振り返る事も気にする事もせず歩き続けた。





 屋敷へ向かっていると、どこからともなく白い鳥が飛んできてレミィの肩に留まった。


「あ、いつもの鳥さんです」


 あの暗闇でアスウェルを先導して鳥と同じ物なのかは見ただけでは分からないが、どことなく人懐こい様子からして似ているような気もしなくもない。


「シロさんは変わってますねー」


 指で鳥の頭や首をなでるレミィのしぐさは慣れているようだった。 

 それなりの回数を触れ合っているのだろう。


 と、アスウェルの視線に気づいたレミィがこちらに肩を向ける。


「アスウェルさんも撫でてみますか?」

「興味ない」


 鳥と戯れる趣味などないと言っておくが、その鳥がはばたいてこちらの肩へ移動してきた。


「あ、シロさん。……アスウェルさん嘘はいけませんよ」


 レミィに同類だと思われたようだ。

 アスウェルは断言できる。鳥の相手をしていられる程、俺の日常は平和ボケしていない。


「これでアスウェルさんもシロさんと友達ですね。それにしても、不思議な鳥さんです。他の鳥は屋敷の庭にすら寄ってこないんですけど、この鳥さんだけは近くに来てくれるんですよ」


 そんな事はないだろう、と視線を屋敷の方に向ける。


 鬱蒼とした森を抜けて来た先。

 屋敷の前には公園と見まがうような広い庭があり、様々な植物が植えられているし、果実のなる木もある。

 公園と違ってあまり人のいないその場所に鳥類が寄り付かないはずがない。


「あ、ほんとですよ。勘違いなんかじゃないんですから」


 頬を膨らませる少女はアスウェルの肩にいる鳥に手を伸ばして、その体を撫でて目を細めた。


「もっとたくさんの鳥が遊びに来てくれたら賑やかでいいのに」


 そんな事はやはりどうでもいいアスウェルは、レミィをおいてさっさと屋敷へと戻る事にした。



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