08 第一部 膨れる疑惑



 それからの日々を、アスウェルは基本的自由に過ごしていた。

 たまに思いたったようにボードウィンが出かけ、その鉱物採集の時に護衛をするだけで、それ以外に何かを頼まれることはなかった。目新しい事や、特筆すべきことは起きていない。


 暇な時に屋敷を怪しまれない程度にうろついてはいるが特に変わったところは見られなかった。

 玄関ホールには水晶屋敷と飛ばれるにふさわしい、巨大な水晶が鎮座していて、屋敷の至る所に鉱石の標本が飾られているが、それ以外はまったく普通の建物だった。何も得られないのがかえって怪しく感じられてしまうぐらいに。


 それは屋敷の離れに存在する、使われていないらしい講堂もだ。

 この建物は、屋敷に来た翌日に気が付いた。


 若干気になった事といえば、レミィの言う通り中庭が静かすぎるという事だが、大したことではないと判断する。

 この日まで思ったような成果は得られていない。


 そして、屋敷に来て一週間ほどが経ったとき、アスウェルはその場所に足を踏み入れた。


 掃除をしている使用人が離れるのを見つけ、開いている部屋から中に侵入したのだ。


 その部屋には、大小色とりどり形さまざまな鉱石が、棚にずらりと並べてあった。

 ボードウィンの趣味で収集されたものなのだろう。


 たまに屋敷の廊下にはケースに入れられた鉱物が、それはもう大層自慢したそうに、豪華な額縁にいれられて飾ってはあるので知っていたので、こうしてわざわざ場所を作って保管するという行為は分からなくはない。アスウェルが、改めてそういう場所にある物をじっくり見るのはこれが初めてだった。


 注意深く観察してみるが特に変わったところは見られない。

 ただ綺麗なだけの普通の石ころだ。


「ここに来ると宝石箱の中にいるみたいだっていつも思います」


 振り返ると、箒と塵取りを持ったレミィが立っていた。

 掃除道具がなくて借りに言っていたようだが、戻って来たらしい。


「勝手に入ったのがバレたら怒られちゃいますよ」

「こんな物を集めて何をするつもりだ」

「何をって、鉱物と願い石のことですか? 目的なんかないんじゃないんですか? 収集家の人って、集めることが目的なんじゃないんですか……?」


 綺麗だから、とか言わない辺りがよく分かっているようだった。

 アスウェルの収集家に対する認識もだいたいそんな感じだ。


 願い石。


 それは鉱物とは違ってまじないの効力があると噂される、持っていると幸運がまいこんでくるとかいわれている怪しげな石オカルトだった。

 調べるならそこら辺だろうか。


 レミィは先程、鉱石採集の事を集めるために集めている、と言った。

 そんな言葉を信じる自分ではない。


 知っていて言わないのか、それとも知らされていないのか。

 目の前の人間は敵なのか、それとも何も知らない一般人なのか。


 使用人達と接する時は、敵か味方か常に意識して過ごしてきた。

 ここに滞在する間、それを忘れたことは一度もない。





 その日の夜。

 アスウェルは使用人達が寝泊りする部屋の区画を訪れた。


 彼らの正体を確かめなければならない。


 その中で時に気になるのは檸檬色の髪をした少女の事だ。

 レミィ・ラビラトリ。

 この屋敷に努め初めて一年の新参者、14歳という最年少の使用人。


 情報を集める中、不審だと思う点は三点あった。


 一つ。

 この屋敷の使用人の部屋は通常、二人で一部屋がセオリーだ。レミィは、相部屋であるのが普通であるにも関わらず個室が与えられている。


 二つ。

 特別報酬と称して、給与以外の何らかの褒美を主から受け取っている。


 三つ。

 通常特別な立場の者しか立ち入りが許されていないにも関わらず、聖域への出入りが許されているということ。

 そんな場所へ屋敷のどこかから時折り、立ち入っているらしい。


 聖域とはこの世界を作り出し調整しているという創造主が住まう場所だ。貴族や王家など身分の高いものしか入れない場所。


 しかしレミィ・レビラトリは話を聞くに貴族などではなく平民であるという。

 身分を詐称しているのでなければおかしな点だろう。


 これだけ不審な点があれば怪しむなという方がおかしい。


 従ってアスウェルはその点を確かめるために、レミィのいる部屋をつきとめ、その隣……空室である部屋にその日の夜に侵入したのだった。


 両親の呵責など復讐者になった時、すでにどこかに置き忘れてきた。

 そもそも敵かもしれない相手に気を配ってやるほど俺はお人よしじゃない。


 薄い壁一枚、防音性という言葉はまるで仕事をしていないらしい。

 向こうからはレミィの一人事が聞こえてくる。


「今日も大変だったなぁ。レン姉さんやアレス兄さんみたいに上手に出来たらいいんだけど……。お仕事、失敗しちゃいました、はぁ……」


 よくも一人事が尽きないものだ。

 レミィ先ほどからずっとこの調子で喋っている。

 内容は至極どうでもいい話ばかりだ。


「シロさん、たまに遊びにきてくれますけど。もうちょっと私は遊び友達が欲しいです。はぁ、誰か友達になってくれないかなぁ。お屋敷の皆は仕事仲間ですし……」


 実のある話は聞けそうにない。


 引き上げる判断をしようかと、そう思った矢先だった。

 レミィの口調が変わった。


「どう思う?」


「私って、そんなに要領悪い? 変に見える?」


「何か言ってよ、もう」


 アスウェルは銃に手をかけた。

 壁からゆっくりと身を引く。

 人の気配を探るが、隣室以外にはない。


 耳に届く声は一つ。レミィの声だけがはっきりと聞こえる。


「貴方が何者でも構わない。うん……それでも私は必ずその人を見つけ出して復讐するよ。お父さんとお母さんを殺した仇……かもしれないんだから。協力してくれると嬉しいんだけどな」

「……」


 声には強い決意が秘められていた。

 生半可な事では曲がりそうにない、そんな響きの声だった。


「今回の事だけだから、目をつむるのは。……じゃあ、また明日、おやすみ」


 アスウェルは部屋から出て、自室に戻った。


 問題は増えて、結局知りたかった事は一つも判明していない。



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