09 第一部 過ぎた力の持ち主
屋敷で得られる情報が無くなった為、その日の活動はウンディの町で行うことにした。
町を歩くと、風調べ祭りの準備が着々と行われているようで、建物ごとに施された飾り付けが目についた。
「ボードウィン? 名前だけは聞くけど、どこの屋敷の誰さんかは知らんねぇ。そいつは男なのかい、女なのかい?」
情報屋を見つけて、聞き出すも結果は芳しくなかった。
町の者にとって屋敷の場所は大体しか分からず、人物の知名度もそれ程ないようだった。
彼らの共通認識としてあるのは、鉱石の収集家が住んでいるという事、そして稀に屋敷を訪れた人間の感想から、屋敷は水晶屋敷と呼ばれている事ぐらい。得られたのはそれぐらいだった。
「あれ、アスウィルさん何やってるんですか? こんな所で」
町を歩いていると、レミィがアスウェルを見つけて寄って来た。
その腕の中には籠がひとつ抱えられている。
「用事か」
「はい、そうですよ。買い出しです」
「保護者はいないのか」
周囲を見るが、他の使用人は今日はいないようだ。
「子ども扱いしないでください! 買い物ぐらい一人で出来ます。ボードウィン様があそこのお店の果物が好きなので買いに来たんです」
レミィは頬を膨らませて、あそこのお店とやらに向かっていく。先に言った通り果物屋だ。
店の主人と楽しそうに会話した後、買った果物分とは余分な物をもらっているのが見えた。
老人と孫娘の様な絵だ。
「おお、そうかい。いつも御贔屓ありがとうね。今日は一個おまけしてあげるよ。レミィちゃんがご主人さんに紹介してくれたおかげでもあるからね」
「えへへ、そんな事なくもないです」
近づいていくと、誉める店主と、謙遜してるフリしてしてないレミィの言葉も聞こえてくる。
果物屋の男がレミィの差し出した籠に入れている間、声をひそめて少女へと尋ねる。
「お前の狙いは何だ」
「何の事ですか」
「あの夜に言った事だ」
「夜……ですか? 私アスウェルさんと最近夜に会話しましたか?」
首を傾げるその様子は何も知らない者が見れば、本気で心当たりがないようにしか見えないだろう。
アスウェルがその行動を信じることはない。少しばかり少女の事を知りすぎたからだ。
「はいよ、レミィちゃん。美味しく食べてくれよ」
「食べるのはボードウィン様ですよ。あっ、つまみ食いなんかしてませんからね」
籠いっぱいに詰められた果物を手渡される。レミィは使用人服をあさって、財布を一つ取り出し支払いをする。そのついでに小さな包みを取り出した。
今まで気にしていなかったが、町の中をそんな服で歩き回っていたのか。
「あ、これ本当は駄目なんですけど。お屋敷で作ったクッキーです。奥さんと一緒に食べてください」
「いいのかい。ありがとう」
包みを受け取った店主に見送られレミィは歩き出す。
「アスウェルさんの用事は済んだんですか?」
「おおよそはな」
「そうですか、では一緒にお屋敷に帰りませんか」
特に断る理由はない、この少女と会話する良い機会だろう。
そう思い、アスウェルはレミィの横に並ぶ。
それを見て、レミィはなにやら表情を綻ばせ……。
「……」
何かを言いかけたところで、背後で轟音が響いた。
振り返ると、
果物屋の店主が顔を真っ青にして暴れまわっていた。
人間のものとは思えない腕力で、商品を、店を壊している。
そうしている間にも、その体に変化が現れる。
筋肉が肥大化し、膨張して巨人へと。
しかし、そこに元の店主らしい容姿は微塵も残っておらず。
あるのは暴力的なほどの狂暴性と敵意を秘めた、
『グオォォォォ――――――――ッ』
この世界の人間に時折り起こる現象だ。
「「「一般人は知らないことだが、それはアスウェルが追っている組織の仕業だった。
奴らは、そこらを平気な顔をして平和に暮らしている人間を、道具のように扱って化け物へと変貌させてしまうのだ。妹にしたように……。いや、あれは、そんな事よりもっと悪い……」」」
「何だ……」
立ちくらみがした。
意識を一瞬何かに持って行かれた気がした。
俺はそんな情報を知らない。どこかで聞いた事もない。
「オォォォ――――――――――ッ」
対象は物だけではなく、当然のように人間も含まれる。
店主は近くで腰をぬかして、逃げ遅れたらしい女性にもその暴力を叩きつけようとした。
アスウェルは銃を向けようとするが、それよりも早くレミィが走り出した。
「やあぁ――――っ!」
「よせ!」
アスウェルはその姿を追いかけようとした。
立ち止まる。そして、はっとした。
自分の行動が信じれられない。
俺は今、何を言った。
あんな出会って数週間しか経っていない少女の心配をしたのか?
少女は、何もない所から長槍を取り出して、その刃先を変貌した店主へと向けながら走り寄っていく。
あれは、何だ?
何をした。
虚空が、何もないはずの空間が歪んで、そこから武器が出てくるなど聞いた事はない。
「「「召喚魔法と名付けましたっ。慣れればとっても便利なんですよ」」」
いずれにせよ迷っている時間はなさそうだった。結局アスウェルはその後を追いかけざるを得なくなった。
相手に近づき。肥大した腕をかいくぐるレミィの身のこなしは、一般人のそれとはとても思えなかった。
なかなか近づけないレミィを援護するように、アスウェルはファントム08をホルスターから抜き、引き金を引く。
ミラージュ。
町中にあるものを生かして、鏡が光を跳ね返すように銃弾を反射させる技だ。
レミィに当たらないように相手の背後を狙って資格から銃弾を叩き込んだ。
当然のようにその援護を受け取り息を合わせる少女は、宙へ身をひるがえらせ、店主が動きを止めた一瞬。腕へと跳び乗り肩へと駆けた。
そして、
「ごめんなさい」
その首に長槍で一撃を入れて、完全に動きを止めたのだった。
無力化して動かないのを確認した後は、腰を抜かしたままの女性の元へと向かう。
戦闘中に一度、変貌した店主に向かってあなた、と呼びかけていたのを聞いた。ならば心当たりがあるかもしれない。
「なぜ、ああなった」
「あ……え……」
「教えろ、必要な事だ」
原因があるはずだった。
いずれにせよ、何かが体の中に侵入する機会があったという事だ。
身の回りで起こった出来事を、特定しなければならない。
放心状態の様子だった女性は、ゆっくりと口を開く。
「理由は分かりませんけど、誰かからもらったらしいクッキーを食べた直後に、突然苦しみだして……」
それだけ聞ければ十分だった。
「今後ボードウィンの屋敷の人間からもらったものに口をつけるな。この事は誰にも喋るな」
誰がどうなろうと関係ないが、それぐらいの忠告をしてやる程度の親切心はある。
アスウェルは女性に背を向けて檸檬色の髪をした少女を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます