48 第六部 加速する状況



 講堂の扉を開けると、奥の壁に隠された装置が露わになっていて、その前に三人の人影が立っているようだった。

 その内二人は予想していた人物だ。

 だが、もう一人は……。


「クルオ……?」


 アスウェルの友人だった。

 何故、お前がここにいるんだ。


 装置の操作を続けようとする二人の男女を止めようとするが、そのアスウェルの前にクルオは立ちふさがる。


「アスウェル、君は疑問に思った事はないか? なぜ自分の家族が禁忌の果実に狙われたのかと。何故、自分の行く場所にことごとく僕が現れるのかと」


 かけられた唐突な問いに混乱する。


 それらは偶然の出来事と、クルオのお人好しな性格によるものだ。

 今まではそう思っていた。

 だが、そうじゃないのか……?


「答えは僕が禁忌の果実のリーダーだからだ。クレファンは創造主になれる適性を持った人間だった。そんな逸材が僕の身近にいたんだから放っておくわけがない。君の前にいつも現れたのは、僕が君に追いついたんじゃなくて、君が僕の事を追いかけてたからなんだよ」


 何を言ってるんだ。


「君に、偽物の情報を与えただろう。この装置について。当たり前だよ。君は邪魔者なんだから、本当の事を教えるわけがない」


クルオ、お前は。


「君の友達なんかじゃない」

「違う。お前は俺の友人だ」

「……」


 信じると決めた。だからアスウェルはそう言ってやったのだ。


 馬鹿を言うな。

 悪役だとか、影の人間だとかそう言う役目はお前には似合わない。


 体に風穴を開けられても、俺の後をつけまわしたくせに何を言うのか。

 禁忌の果実にいたと言うのなら、俺の後を追って毒の廃墟に来るわけがない。


「……僕は禁忌の果実のリーダーなんだぞ。それぐらいどうとでもなる」

「お前は禁忌の果実なんかじゃない。どこかの世界で、馬鹿みたいに人が変わってた奴がそんなものの人間であるはずがないだろう」

「ちっ……、少しは動揺するかと期待していたのに」


 舌打ちをしたクルオは、銃を取り出す。

 そして講堂の扉の方へ向けて引き金を引いた。


「このっ、あんたねっ。人が必死に気配隠して近づこうとしてたのに。容赦ないわね」


 そこにいたのは曲刀を持ったフィーアだった。


「大事な話をしていたんですから、邪魔しないでほしかったんですけど。わざわざ追って来たんですね。フィーアさん」

「アスウェル。こいつライトに暗示をかけられて操られているのよ。こっちは私が、何とかするからっ」


 暗示。

 たしか、廃墟から連れ出そうとするときに、痛みの感覚を遮断する為にクルオが使っていたものだ。

 誰かから教えられたと言っていたが、まさかライトか。

 あいつがこのお人よしを奴って、最後にこんな揺さぶりをかけてくるとは。

 普通に考えれば奴には、こんな小細工をしている時間はこの巻き戻りではなかったはずだが……。

 

 とりあえず、クルオの方はフィーアに任せる事にする。あいつなら上手くやるだろう。

 アスウェルはもう二人の方だ。


「操作をやめろ」

「もう遅い」「手遅れよ」


 銃を突きつける。相手からアスウェルの手に握られている凶器が見えているはずだが、男女は動きを止めることなく装置を操作し続ける。

 ほどなくしてそれは、鈍い音を立てて起動し始めてしまう。


「そいつを今すぐ止めろ」

「……」「……」

「撃つぞ」


 反応のない男女に脅しをかけるが、相手は全く動こうとしない。

 濁った瞳で淡々とこちらを見つめるのみだ。

 

「……っ」


 威嚇に一発。銃声を響かせる。だが、それでも動かない。

 二発。今度は男の足に当てた。だが……。


「……」「……」


 それでも動かない。反応もしない。

 気味が悪い。まるで人形だ。


 こいつらもひょっとしたらライトに暗示をかけられているのか?

 いや、それはない。

 この二人は、過去からずっと前からこうだった。

 誰かの幸福を踏みにじっても何も感じない人間。

 こいつらには、禁忌の果実の深くに関わる者達には、人らしい感情など存在しないのかもしれない。


 このままでは埒が明かない。

 だが、この二人をどうにかしてこちらの言う事を聞かせ、装置を動かさない限りは、止める事が出来ない。

 

 となれば、やれる事をやるしかない。

 ここから離れる。


 フィーアを見れば、もうすでに決着がついていた。

 もちろん鍛えていなかっただろうクルオが勝てるわけがなかったのだ。


「撤退する」

「分かったわ」


 アスウェルは倒れていたクルオをかついで、講堂を出ようとする。

 振り返って動かない男女に向けて銃口を向ける。


 放っておいてもどうにもならないかもしれないが、生かしたままだと逃げられる可能性がある

 後で足元をすくわれる可能性を考えれば、野放しにはできないし、ここで始末するべきだろ。


 だが、


「逃がさないよ」


 規格外の化け物が講堂の天井を突き破って、落下してきた。


「アスウェルさんっ」


 講堂の扉の方からは、後を追って来たのかレミィや、アレイスター、ナトラが来る。

 帝国兵たちを片付けたらしいラッシュとリズリィも。


 ライトが、何か粉末の様な物をばらまいた。


 講堂中に青白いスパークが発生する。

 あの男女ではなく、仕上げはライトが持っていたのか。


 考えればあいつが自分の手で、片を付けたがるのはすぐに分かる事だったのに。


「クルオに暗示をかけたのはお前だな」

「その通り。おかげで水晶屋敷にならかったというだけで、装置の事なんてすっかり忘れていただろう? 彼は本当に便利だったね」

「お前は、今日巻き戻ってきたわけじゃないな」

「あれぇ? どうして一年しか巻き戻れないなんて思ってたんだい? 僕は主人公なんだから、もっとできて当然じゃないかい」


 得意そうに饒舌に言葉を騙る少年。

 隙を伺い、引き金に添えた指に力を入れる。だが、ライトは全く油断を見せない。


「きっちり君と同じ分だけ巻き戻って、いままでこっそり覗き見て楽しませてもらったんだよ」

「この巻き戻りでは、クレファンの亡骸が消えていた。お前が介入したせいか」

「その通り、スペアの研究として帝国に引き渡させてもらったよ。今日この日に襲撃のタイミングを合わせる為にも、ある程度は友好関係を築いておきたかったからね」


 人の妹を……。


 思えば推測できる材料は今まで振り返ればあったのだ。

 ライトが巻き戻していたアスウェルの最初の一回目は、二年だった。それはあいつが自在に時を操れるから。

 クルオがおかしくなった巻き戻りでは、今までとは違う事ばかり起きていた。それは一年前に巻き戻ったアスウェルよりさらに、ライトが巻き戻って様々な事に干渉したためだ。


 人の事をコケにしているとしか思えないだろう。ここまでくれば。

 許せない。

 だが、それよりも許せない事はある。


「その力があれば、レミィを最初に助けられたんじゃないのか」


 二年前に巻き戻る事が出来たのなら。アスウェルがしたのと同じ事がこいつにもできたはずなのだ。


「何言ってるんだい。悲劇のヒロインを絶望的な状況で助けてこその主人公だろう。その方がより信頼してくれるし、依存してくれるしね」

「……」

「……狂ってます。ライトさん」


 呟かれたレミィの言葉は、おそらくライトには何も響いていないだろう。

 講堂内のスパークはより激しさを増して言っている。

 ライトは、人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、楽し気に話す。


「さて、仕上げに入ろうか。みんな仲良く、死んでくれないかい?」


 一瞬後、ライトは剣を構え、振るった。

 一撃、そしてもう一撃。講堂の柱を二つ切り落とす。

 普通の攻撃とは思えない、もはや嵐の様な攻撃だった。


 屋根が崩れ、建物が壊れゆく。

 このままでは下敷きになってしまう。


「皆さんはここから離れて、……やああっ」


 その中でレミィとライトは戦いを続けている。


「はははっ、さすがさすが、やっぱり君は他とは違うねっ」

「貴方とはここで決着をつけなきゃっ」

「レミィ!」


 閃光が、装置から光があふれ出てくる。

 真昼のように周囲が明るい。

 もう、時間がない。

 一刻の猶予も。


「ア、アスウェル! あんたも早くそこから離れないと……」


 講堂の外から、フィーアの声。


「く……」


 アスウェルは膝をついてしまっている。

 装置の影響が出てきてしまったようだ。


「先に……行け」


 アレイスターが他の連中を説き伏せてその場から離れて行くのを見送る。

 アスウェル達も早くこの場から離れなくてはいけない。だが……。


 レミィがまだいる。


 あいつを置いて逃げるなどできない。


 今までの戦いの疲労もあるのか、ライトとレミィの戦いは拮抗している様にも見える。

 だが、それはレミィも同じだ。

 いつ状況が覆されてもおかしくはない。


 何か、決定的に状況を覆す為の一手が必要だ。


 ライトの裏をかくようなそんな一手が。

 アスウェルの銃の腕は、はっきり言って乱戦の中で躊躇いなく引き金を引けるほどじゃない。

 戦闘技術は、遠く及ばない。


 だが、だから工夫してきたこともある。

 この状況を利用すれば。


 アスウェルは講堂内にいるそいつを見つけた。

 できるはずだ。

 

 見つけたそいつに、伝わっているか分からないが指示を伝えて、アスウェルはライトの背後に回る。

 レミィに目配せをして、無理して作ってもらった隙に銃弾を撃ち込んで行く。

 予想通りライトのダメージにはならない。


「……ぐ、……っ」


 もたもたしてたらアスウェルの方が限界が来てしまうだろう。

 足元がおぼつかなくなる。

 膝が落ちそうになるのを懸命にこらえる。


「小細工なんて通用しないよ。君の力何て、全然大した事ないじゃないか」


 そう言ってられるのも今の内だ。


 アスウェルはそれを放った。


「あ……?」


 今までの物とは違う、雷光を引いた銃弾にライトが反応を示した。

 

 レールガン。

 電流を流すなど、改造の手間はかかるがアスウェルにはお似合いだ。


 電磁波に反応を示す銃の素材を使っているだけあって、今この状況は銃の強化にとっては格好の場となる。

 元から考えて、この巻き戻りキャンセルでは用心の為に付けた性能だったのだが、それにさらに周囲のスパークと反応を起こしているらしく、その影響で、試行した時には見られなかった威力になっているようだ。

 最悪な状況に見える唯一の救いだろう。


「すきありですっ」


 その隙を逃すレミィではなかったらしい。ここぞとばかりに畳みかける。


「よく考えたみたいだけど、それだけじゃ僕を追い詰められはしないよ」


 行ってろ。

 手はまだ、あるのだから。


 アスウェルはあらかじめ指示を与えていたそれをぶん投げた。


「うにゃっ」


 恨み言なら後で聞いてやる。


「ムラネコさんっ!?」


 大げさに驚くだろうレミィの反応も織り込んでの事だ。


「……っ」


 ライトの気を一秒でも引ければ上出来だ。

 最悪見えてなくても良かったが、アイツにはその物体が見えているようでいい囮になった


「くたばれ」


 レミィにはまねさせられない言葉を吐きながら、これまでの恨みをこめて、アスウェルは引き金を引いた。

 ライトはそれでも避ける。当たっても良かったが、別に外れても構わない。

 崩れかかった、壁を壊して下敷きにして動きを止められれば、後は生きていてもあいつが何とかするだろう……。


 後は……。


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