47 第六部 最後の戦い
とうとう一年が経った。
0地点からは一年前。
屋敷に残っている人間は、アスウェルとレミィ、アレイスター、そしてラッシュとリズリィだけだった。
使用人達は、フィーアに理由を話してネクトに保護されている。
「アスウェルさん、本当にライトさんは来るんでしょうか」
玄関ホール。
頭の上に猫をのせて平和そうな絵を作りながらレミィはこちらに尋ねてくる。
「来るだろうな」
それはアレイスターも言っていた事だ。
奴は巻き戻るなり、真っ先にケリをつけに来るだろう。
歪んだプライドを持つライトが、そうそう長い間手をこまねいていられるわけがない。
ああいう手合いは自分の思い通りに動かない様を黙って見ていられないタイプなのだ。
「そうですか。あっ、ナトラさん、こんばんわです」
どこからか白い鳥がやって来てレミィの肩に舞い降りる。
この鳥は屋内でも、どういう仕組みをしているのかこうやってどこからともなくやって来る事がある。
「首がかゆいんですか? こちょこちょです」
指でくすぐられている所を見ていると、それが奴隷契約の要となる存在だとはとても思えない。
「しかし、本当に驚いたな。これがあのナトラ・フェノクラムだとは。聞いてはいたけど、生きている
その鳥を興味深く観察するのはラッシュだ、リズリィの方はどうでもいいのか話にのってこない。
「ナトラさんはちょっと変わってますけど、普通の女の子ですよ。あの……契約の要って、信じられないんですけど。どういう事なんですか?」
「それは、機密情報になるから今はまだ答えられない。彼女の特殊な能力について、としか。けれど、もし君達がナトラ・フェノクラムの保護を手伝ってくれるというのなら……。協力者に情報を提供しないわけにはいかなくなる」
素直に助けを求めれば簡単なものを、規則に縛られて生きている人間は面倒そうだ。
アスウェルは一人旅だったらからほとんどそういう事に気を使った事はない。
「ナトラさんを助けるんですねっ、私もお手伝いしま……」
「まずは自分の身の回りをできるようにしてからにしろ」
「ぅぅ……、そうでした」
そう言う調子だと、終わった後も気が休まらなさそうだ。
たぶん余計な事に首を突っ込まずにはいられない性格なのだろう。
一番大事な部分がまだ始まってもいないのに、少し疲れた。
そうやって時間を潰していると、今まで微動だにしなかったアレイスターが動き出した。
「来たようだぞ」
屋敷から出る。
その通りだった。
日付はおそらく。帝国歴1499年1月1日。時刻は0時。
夜の暗闇の中、月光を浴びてライトは庭に立っていた。
「さて、物語を僕の手に返してもらうよ」
「ライトさん」
武器を構える。
話が通じる相手とは思えないが、長槍を手にしたレミィは言葉をかけた。
「どうしてこんな事をするんですか。理由を教えてくれませんか?」
レミィは猫に離れるように言いながらライトをまっすぐ見つめる。
「どうしてって、ヒロインを助ける為に、君を助けてシナリオをクリアするために決まってるじゃないか」
「違います、そうじゃなくて……、貴方がなぜそんな行動をするのかという理由です」
「理由?」
「どうしてそこまでして、私を手に入れたいんですか。道具にしたいんですか。ライトさん自身の目的は何なんですか」
ライトは不思議そうにしながら、レミィの言葉を最後まで聞いた後、得心がいったように頷いた。
「あ、その事か。そんなのはないよ」
「えっ」
「だって、ゲームをするのに理由なんて要らないだろう」
「……」
アスウェルも、その場にいる誰もが分かった。
やはりこいつに話は通じないのだと。
あいつはこの世界に生きていない。
だから理解する事などできないのだ。
「強いユニットを集めて、強力なアイテムや武器を手に入れる。こんなのただの暇つぶしだよ。自分のステータスを強化すればシナリオのクリアは容易になるから、ちょっとくらいの苦労はする必要はあるけどさ。楽しいからね」
「ライトさん……。たとえどれだけの犠牲を払っても、貴方に助けてもらえたことがあるのも事実。だから私は、そんな答えじゃないって思いたかったのに」
「へぇ、僕に感謝してるの? あんな目に遭ったのに?」
「してました。今までは」
だが、それもここまでだ、とレミィは線を引き、
「私はそれでも許せるくらいお人よしにはなれないですから」
長槍を突きつける。
「十分お前はお人よしだ」
アスウェルはその隣に。
戦端は開かれる。
規格外の力を持つライトと渡り合うのは主にレミィとアレイスターだ。
アスウェルは援護に回るしかない。
レミィの風の魔法が、アレイスターの炎の魔法が炸裂しては、長槍の刺突や、仕込み杖の刃物が繰り出される。
アスウェルとて、銃の腕意外にも鍛えていなかったわけではない、だが目の前のレベルが違い過ぎる。
巻き戻りの総数はアスウェルが知らない分を含めれば、遥かにレミィの方が多いはずなのだからそれば当然なのだろうが。
「ライトさんっ、大人しくしていてくださいっ」
「それは無理な注文だね」
「ふん、僕と同等に渡り合う人間がいたとは。ああ、お前は主人公とやらだったか」
「とやらじゃなくて、そうなんだよ。この物語のね」
ラッシュとリズリィはこの場にはいない。
背後、屋敷の中から時折戦闘音が聞こえてくる。
あの二人は帝国兵達の方へと回っているからだ。
同じ帝国兵同士戦って良いのかと思うが、そこらへんはこの一年でなんとかしたようだ。
戦い方や動作を変えるなどという芸当は、アスウェルには無理だ。玄人の領域に足を突っ込んでいるだろう。
自分の周りにはどうにも普通ではない連中が多すぎる気がする。
どうにも自分のできる事の少なさに歯噛みしていると、頭上を滞空していたナトラが舞い降りて来た。
白い髪の少女の姿に代わる。
「アスウェル、講堂の方に二人、人が向かったわ。あれはたぶん禁忌の果実よ」
思い当たる節は、少し前にやって来たレミィの偽両親だ。
姿を見ないと思ったら。
そんな風に話をしていたのが聞こえたのか、レミィが声を上げる。
「……石、そうです。私アスウェルさんに言わなくなくちゃいけない事があったんです」
石?
そう言えば同じ様な事を聞いた事がある。
(テキストデータ発信)β地点に巻き戻った時
そうだこの
(テキストデータ発信)伝えたい事は、
「講堂の奥の壁の中には装置があるんです。それはボードウィンさんが設置したんじゃなくて、ずっと前からあったものだったんですよ。願い石はないけど、願い石の粉末さえあれば装置は動かせるって、私どこかで聞いた事が……」
「へぇ、まさかレミィ、君は心の中で僕が言った事を思い出したのかい? さすがヒロイン。常識の一つや二つは何とかできちゃうもんなんだね。すごいじゃないか。あんな目にあっただけのかいはあったね。体は平気かい? たくさん叩いたりしたからね。どこも痛くなくなってたりしないかい?」
「え……」
ライトから立て続けに聞かされる言葉に、今までひっきりなしに動いていたレミィの動きが止まる。
まさか、あの時の事か。
レミィが精神的に弱っていた時、あいつをおいて屋敷へ向かったアスウェルだったが、何故か先回りしていた時の事。
レミィは何かを伝えるために、屋敷の地下通路を町の中のどこかから通ってきたようだったが……。
通常、心の中で起きた事は覚えてられない物だというのに。
「立ち止まるなレミィ・ラビラトリ。今は戦いに集中しろ」
「すみません、アレイス君」
隙ができたレミィのフォローはアレイスターがしているようだ。
「アスウェル、行って。レミィなら私が何とかするから」
「……」
アスウェルは躊躇う。
今、アイツから目をはなしていいのか。もし、またアスウェルがいない間に何かあったら。
「大丈夫よ。貴方は一人じゃないわ。多くの仲間がいる。そうでしょう? 信じて」
「……」
「アスウェル、お願い。レミィを助けたいの。貴方の物語ははいつだって誰かを信じる事で動いてきたわ。友達の献身を、守りたい人の潔白を、協力してくれる者に裏切られてもなお、並び立つ仲間を信じる事でここまでこれたの。だから……」
(テキストデータ発信)ナトラを信じろ
「……っ」
不安はある、心配も。
だがそれでも、アスウェルは講堂へと走り出した。
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