46 第六部 演奏会
その日は、「フェニックス」で演奏会が開かれる日だ。
話を聞きつけた客が大勢詰めかけ、小さな喫茶店はそれなりの人口道度になっている。
人混みがうっとおしいアスウェルは、この時ばかりはフィーアに頼んでカウンター奥に陣取らせてもらった。
中には普通の客に交じってクルオや屋敷の面々も見える。
通常時には客席が二、三席置いてあるスペースに、どこかの家から運び込んんだらしいピアノが代わりにあった。
時間になる数分前に、店の奥に引っ込んだレミィはメイド服を着替えて、再び店内へと姿を現した。入れ替わりにピアノの傍で踊りを披露する予定のフィーアが奥へ。
「アスウェルさん、見ててくださいっ、がんばりますっ」
それを言うなら聞いててください、だろう。
お前は演奏担当だろうが。
アスウェルは着替えたレミィを観察する。
艶めかしい黒色のドレスだ。光沢があり、薄い緑のベールで二重になっており、全体的に大人っぽく儚げな雰囲気を出している。
いつもそのままにしている髪の毛は上へまとめられ、この時ばかりは外されていたいつものヘアバンドの代わりには、星の髪飾りがつけらていた。
あどけなさの残る顔には、うっすらと化粧が施されている。
「どうしました? アスウェルさん」
衣装を気遣ってか、せわしなさの半減とした、ゆったりとした動きのレミィは普通に見ればいい所の家の娘に見えなくもないだろう。
その時ばかりは、アスウェルの口から珍しく何か誉め言葉が口から出ようとしたのだが、
「……」
「駄目だ、アスウェル。そんな顔して年端もいかない少女を口説こうとするなんて、ぼ、僕が許さないからなっ」
いつの間にか近くにいたクルオに邪魔された。
お前はいつまで勘違いしているつもりだ。
「あ、クルオさんも来てらしたんですね」
「あ、うん。まあ……ええと、その服可愛いね」
「ありがとうございますっ、アスウェルさんはどうですか……」
「……服を破かないようにしろ」
クルオは邪魔するだけでなく台詞までも横取りしていった。
「私が聞きたいのはそういう事じゃないですよっ」
頬を膨らませたレミィは屋敷の人間達の方へと向かっていく。
「アスウェル、ああいう時までひねくれた応答しなくてもいいじゃないか。……って、いたっ、なんで叩くんだよ」
やかましい。
人の邪魔をしておいて、自分だけ喋るな。
それから数分。
着替えを終わったフィーアも出て来て、演奏会は始まった。
演奏する曲は、弾けるような指運びで紡ぐ、軽快な音楽だ。
衣服に騙されて、別の曲を想像していた人間も多いだろうが、レミィの腕が上手いのかフィーアの踊りの見せ方がうまいのか、すぐに店内は盛り上がった。
フィーアは、せわしなくステップを踏み、舞い踊る。
レミィは、ウサギが休みなく跳ねているようなせわしない指使いで曲を奏でていく。(その近くで、アスウェルだけにだが猫も飛んでいるのが見えたりもする)
あの二人が披露するにはこれ以上程ない似合いの曲だろう。
アンコールも含めて十数分ほど演奏と踊りを披露したあとは、拍手と歓声と共に演奏会を終わらせた。
客に交じって拍手を送る人間の中に見覚えのある人間を二人を発見する。
帝国貴族の少年ラッシュと、その使用人のリズリィだった。
アスウェルは、未だ熱狂冷めやらぬといった様子の店内から出て、二人と話をする。
今まで顔を見なかった事から、とっくにこの件からは手を引いたものだと思っていたが。
「来るとは思わなかったって顔ね」
「すまない。違う行動をとった影響で少しばかり前に見なかった事に巻き込まれていて……」
それで手間取っていたというわけか。
もともとない戦力だったので、こちらから時に言う事はない。
むしろそれでもこちらに来てもらった事に礼を言わなければならないくらいだろう。
ラッシュは、帝国の人間でありながら魔人には、差別感情を抱いていないようだった。
それは何となくリズリィを使用人として置いておきながらも自由な発言を許していたことからも窺える。
「こちらの目的は、奴隷契約の要となるナトラ・フェノクラムの保護だ。だから、その障害となりそうな計画の成就は阻止しなければならない」
奴隷契約について思う所があるらしいラッシュの目的はそのようなものだった。
だから、スペアをつくろうとしている帝国の計画を潰したいのだという。
「もちろん、個人的にも彼女が置かれている状況は許せない。帝国兵と協力して境人の対処に当たっている貴方からすれば信じられないのも当然だろうが」
勝手に決めつけるな。
いや、以前のアスウェルだったら純粋な善意からくる協力など信じられなかったかもしれない。
だが、今は違う。
今の地分は様々な人間に助けられてこの場に立っているのだ。
アレイスターやフィーアやレミィ、クルオ……それにここではないどこかにいる誰か。
「お前は帝国兵なのか」
しかし、ライトと対峙していた時も名乗っていたのを記憶しているが、そうであるならば戦えるのも、ラッシュ達の取っている行動にも頷ける。
「特務騎士所属。変わり者の、よ」
「そういう事だ」
代わりに応えたリズリィに同意を示すラッシュ。
魔人を擁護して魔人の為に働く帝国兵など変わっていない方がおかしい。
「昔、知り合った人間が魔人だった。それだけだ。相手はもう覚えてはいないだろうが」
そういえばフィーアも昔の知り合いに魔人がいると言っていた。
こいつらと話をさせれば合うかもしれない。
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