45 第六部 思い通わせ



 聖域から戻ると、アレイスターは無事だった。

 あの偽物達に戦闘の能力はなかったらしく、あっさりと引いて行ったらしい。


 あの男女は当然禁忌の果実の人間だろうから、アレイスターはライトが来るのと同時に奴らもまたやって来るだろうと推測している。そしておそらくは帝国兵達も。


 やらなければならない事は一個人の手でどうにかできる範囲を超えすぎているだろう。


 だが今回のアスウェルは色々と、前の巻き戻しより人の力を頼る事ができる状況にいる、フィーア達やネクトのことについても考えた、やるべき事はやっていると思うしかないだろう。


 そして、変化が一つ。

 時折り、聖域以外でもレミィの近くに例の猫が見えるようになった。


 だからどうという事はないが、自分の見ている世界を人と共有できるという事実はレミィにとっては嬉しい事らしく、それが分かった時は本当にうるさかった。






 その日の夕方。

 屋敷のレミィの部屋で、アスウェルは自分が見た過去の事を話して聞かせていた。


 ベッドの上に隣り合って座る。

 レミィは例の猫の額を突いたり、耳を触ったりしながら話を聞いていた。

 

 聞き終わって様子を窺う。レミィは悲しそうにしていたが、思ったよりもショックを受けた風ではなかった。


「ちょっと実感があまりなくて、お父さんとお母さんと過ごした記憶、あまり思い出せてないからかもしれませんね」

「お前は、復讐をしたいんじゃなかったのか」


 確かそんな様な事を前に聞いた覚えがあったのだが。


「ええとたぶん……推測ですけど、昔の私だったら、きっと過去を知った後も同じように思っていた徒もいます。けれど、私はアスウェルさんや皆さんがいてくれて、幸せですから。今ある者を犠牲にしてまで復讐したいとは思えません」


 復讐の天敵は幸福か。

 現状に満足してしまえば、今ある物を捨てようとするようなリスクは侵せなくなるだろう。


 そう言う余計な物を背負いたくないがためにも、アスウェルは今まで一人で行動してきたんだったのだが


「幸せでいられるのに、それを捨てるなんて、贅沢ですよ」


 だが今は、そうは思わない。


 幸福な時間は儚い。

 時にあっけなく失くしてしまう。

 そうでない人間もいるだろうが、アスウェル達はそうだった。


 だから、幸福でいられる機会をふいにするような事はしてはならないのだ。

 だから、レミィは戦おうとしているのか。


「お前は戦いたいのか」

「はい、アスウェルさんの力になる為に、幸せな時間を守る為に」


 そうだ、アスウェルもあの日、奪われてしまった幸福を取り戻すために力を求めたのだ。

 レミィの瞳を除く。

 少女は静かな覚悟を宿して、真っすぐにこちらを見つめてくる。


「味方の背中を狙うなよ」

「アスウェルさんっ。……どうして最後に意地悪な一言付けるんですか。私、そんな事しませんよ」


 どうだかな。


 話がひと段落したのを見計らうように、部屋の外からアレイスターの声が聞こえて来た。

 屋敷の主人だというのに、使用人は何をしているんだか。


「お前たちに無害な方の客が来たぞ」







 客というのはクルオだった。

 レミィが茶を用意している間に応接室に入ると、クルオは勢いよくソファから立ち上がり向かってくる。

 なにやら奴は、今猛烈に怒っていますと、感情が全部顔に出ているような様子だった。


「アスウェル、今日こそ聞かせてもらうぞ。僕に何を隠してるんだ? いきなり復讐を止めたかと思えば、喫茶店にいる女の子と仲良くなったりして、誑かしたりして……いたたたたっ! いたいっ、何するんだっ!」


 お前が人聞きの悪い事を言うからだ。

 こいつはまだ記憶がないようだ。


 レミィが思い出せたのなら、こいつも記憶を思い出せるはずなのだが一体どうなっているのか。

 どこかで頭を強く打ちでもしたのかもしれない。


「お前は面倒くさい。早く思い出せ」

「なっ、何を言ってるんだ。訳の分からないことをいったりして煙に巻ことしてるんじゃないだろうな」


 さらに詰めよって来るクルオがうっとおしい。

 レミィかお前は。

 俺は事実と要望しか口にしていない。


(テキストデータ発信)クルオの行動が怪しい。


 ……何があやしいんだ。

 もう何度目かになる声に、アスウェルは馬鹿をこじらせて押しかけて来たとしか思えない相手を見る。


 こいつは正直過ぎて一周回って怪しく見えるのが残念な所なのではないか、と思う。


(音声データ発信)今までの行動が全てフェイクだとしたら。


 確かに何度も何度も不思議なくらいこちらの前に現れるクルオだが、それは奴の意外にも執念深い性格故だし、レミィと敵対していた時の心境の変化は不思議だが、あいつの真面目な性格を考えれば他人に入れ込むあまりに自分が引きずられるのもあり得なくはない。


「君が何かをしようとしてるのは分かっているんだからな! 話してもらうぞ! 絶対に!」


 こんな奴が何かの黒幕だなどあり得ないのだ。

 クルオはさらにこちらの襟首をつかんで引っ張る。

 離せ。皺になるだろ。


 クルオはアスウェルが話すまで梃子でも動かないという姿勢だ。

 昔から分かっていたが、頑固な友人がこういう状態になるとレミィ並みにうっとおしくなるのだ。


 謎を解き明かす為や、レミィの保護者役として必要だった前とは色々と状況が違う。

 争い事に縁のない友人は、正直言って出番などないに等しいが、それでは満足しないだろう。

 無理やり首を突っ込まれて巻き添えになられても面倒だ。

 レミィと言いこいつと言い、戦わせたくない奴に限って、何故自分から危ない橋を渡りたがる。


「……。フェニックスに行って、フィーアに聞いて手伝いでもしてろ。そこで聞けば大体分かる」

「アスウェル! ……君は意地が悪いな、何で自分で説明してくれないんだよ」


 だから、お前はレミィか。

 ぱっと表情を変える所やその後の反応は、檸檬色の髪の少女の反応と全く同じだった。


 フィーアには最近はネクトのまとめ役を押し付けてある。

 設立者としてアレイスターがいるが、奴だけではまとめきれないだろうからだ。

 アスウェルは言わずもがな、人を動かすなどできるわけがない。


 そんな風にしている二人を少し前から見ていたらしい、レミィは部屋の扉の隙間から、そっと声をかけた。


「あのー、さっき扉の前にいたレン姉さんにお客様にお茶をそっと静かに出してらっしゃいって言われたんですけど、何かしてましたか?」


 屋敷に入った後、怒涛の勢いで女性使用人たちのまとめ役の座を突き進んでいる様子のレンは、部屋の中の何を見て、一体何に気を使っているのか。

 何となくだが、ケンカした状態友人二人のやりとりに配慮してではないような気がした。


 アスウェルは至近距離に顔を近づけて喚いたり、怒ったり、感極まったりとせわしなくしていた友人を引きはがして、客用に運ばれて来た茶と茶菓子を横取りした。


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