44 第六部 変えられた事
夢から覚めたような心地で立つのは、レミィの
浮遊大地の草原の上だ。
あいつの本当の両親は別の人間だった。
そしてすでにもう死んでいる。
最悪だ。
良い状況に持って行くどころか、悪くなる未来しか見えない。
「そうでしょうか。貴方は幻想とはいえ、過去を一部だけ書き換えました。それは事実です、何もできなかったわけではないと私は思いますよ」
レミィモドキの声。
一部だけ。何が変わったというんだ。
何から何まで最悪な結末でしかなかっただろう。
「やれやれ、鈍い人ですね。死んだ本人がそう言ってるんですから、素直に変わったんだと思っておけばいいんですよ」
……死んだ本人?
アスウェルはレミィモドキの顔を見つめる。
「あれ、言ってませんでした? 私はレミィという人格ができる前の、元の人格の一部分が集まってできた存在なんです。まあ、簡単に言えば死霊みたいなもの、と言えばいいんでしょうかね」
「お前がか?」
「過去を見て気づいたと思いますが、レミィの性格ちょっと違っていたでしょう?」
それは確かにそうだった。
今のレミィから形だけの丁寧な喋り方とか、世間知らずなところとかを抜いたような人格だった。
「一度壊れてしまいましたからね、元にあった私という人格が表に出る事はありません。裏方として、主人格になりつつある新しいレミィの人格をサポートしているのが現状なんです」
つまりあいつは二重人格みたいなものなのか。
「正確には違うんですが、そのような物でしょうね。交代不能となった人格です。まあ、そんな風になって不安定ですから、誰かの器としては最適で、体を乗っ取られたりする危険性もあるんですが」
それで、アスウェルが元の時間……0地点で出会ったレミィはエクストーヴァとやらになっていたわけか。
「あ、今まで見て来た過去は再編集したものなので、実際に起こった事とは多少異なりますよ。貴方の年齢とかも、少々変えさせてもらいました。年齢差とか考えると、あっちの世界のじゃ中学校は三年ですしねー。全部を説明しようとすると時間がかかりますし、この世界はあくまでも補助的な物ですから、詳細はレミィに聞いてあげてください」
言われなくてもそうする予定だ。
そもそも思い出したらあいつが黙っていないだろうしな。
しかし、変わったとすれば、俺は奴隷契約の影響をどこまで阻むことができたのか。
「それは何とも微妙ですね。何となく前向きになったかなとは思うんですけど、正確な事は何とも」
ちゃんと仕事しろ。
「ですが、これで貴方は目覚めたレミィと何を話せばいいか分かるでしょう? 良かったですね、というのはおかしいかも知れませんが、レミィはちゃんと家族に愛されて友達に恵まれて来た子ですよ」
それはお前もだろう。
いや、そもそもそれはお前の過去なんじゃないのか。
目の前のレミィモドキが壊れて、そしてレミィが生まれたというのなら。
今見た過去の映像は、レミィモドキの方のものになる。
そんな事を言えば、目の前のそいつは少しだけ目を丸くした。
そして、薄っすらと儚げに笑う。
「そう言ってくれるとは思いませんでしたよ。ありがとう。でも、レミィの物でもありますよ、ちゃんと。私という人格の欠片をベースとして生まれたんですから、まったくの別人ではないですし」
レミィはアスウェルに近づいてこちらの胸を叩く。
「ほら、さっさと行って話をしてきてください。待ちわびてますよきっと。あ、ちゃんとケンカした事も話し合ってくださいね。何も言わずに行動するとか、心配になるのは当然です。どうして力になってあげるのかも……」
視界が白く染まっていく。
目覚めの時が迫ってきたようだ。
「私はもう死んでしまいましたから、もうどんなに手を伸ばしても幸せには手が届かないんですよ。だから、レミィを幸せにしてやってください」
聖域に戻ってくると、レミィが先に起きていて、ナトラと話をしていたようだ。
人間の姿だ。聖域に来れるのか。
「ナトラさんは大変な目に遭っているんですね」
「そうなの、言う通りの事だけしていれば良いって言われてるわ。私は奴隷契約の大切な要だから。でも本を読むって言う趣味があるから平気。だってそのおかげでレミィと出会えたんだもの」
「私もナトラさんと出会えて嬉しいです!」
思いがけず二人が似たような境遇にいた事が聞こえて来たが、とりあえず気にするのは後にした。
「起きたのか」
「あ、おはようございます、アスウェルさん」
寝ぼけるな。朝じゃない、昼だ。
「あの、謝らなければいけない事があるんですけど……お庭での事はきつく言っちゃってごめんなさい。アスウェルさんは私の事を心配してくれたのに」
「気にするな。お前を大事にしたいと俺が勝手に思って勝手にやった事だ」
お前からすれば当然の反応だっただろう。
俺がそれについてとやかく言う資格はない。
そう考えてるとナトラが口元に手を当ててこちらを凝視しているのに気が付いた。
「アスウェル、それは告白?」
なぜそう聞こえる。
「それでですね。あと一つ。妹さんの事ですけど……。私、アスウェルさんのこと、夢の中で」
申し訳なさそうな顔をするレミィ。
夢を見ていて、アスウェルが復讐を決意した時の事を見てしまったらしい。
今更、と思う。
格好悪い所を見せる事に思う事がないわけではないが、それ以上の感情はこちらにはなかった。
アスウェルがその可能性について失念していただけだ。
アスウェルがレミィの心の中に行けるという事はレミィも同じという事だ。
真名は教えていないので、正式な手続きとやらは踏んでいないのだろうが。
「クレファンさんと似てますね。ちょっと美人さんでした」
似ているというか、見た目は同一人物だ。
俺やお前の記憶を覗いて成長した姿を再現したらしいからな。
「えっ、私アスウェルの妹さんにどこかで会った事あるんですか」
俺に聞くな。
「どこだろう……。って、組織に決まってますよね。でもその時の私って……」
悩みだしたレミィの頬をナトラがつつく。
「夢の中で、見たんじゃなかったかしら」
「ああっ、そうでした。アスウェルさんの過去を見ていたのに、途中から私の夢になってて……」
人間二人分の過去を一度に見るなんて、器用なんだか不器用なんだから分からない。
レミィはこちらの方を気遣うように視線を向ける。
「アスウェルさんは、妹さんがどうなったのかは……」
もう知っている、正確には別の世界の記憶だが、一つはつい最近の記憶で自殺しようとした時の者、もう一つは最初巻き戻りの記憶で、二年前の時点で死んでいた記憶だ。
レミィを保護してあちこち連れまわした時。
あの時クレファンの亡骸も同じ建物にあったのだった。
この
……?
何か違和感を感じたような気がしたが、その感覚はすぐに消え去ってしまった。
「どこかの
巻き戻りしていた事をレミィはだいたい思い出したようだった。
アスウェルのしたことが功をなしたのかは分からないが、その知識が寄越した事実は想像以上のものだ。
クレファンが……あいつがレミィを助けてくれていたのか……。
それで、妹の形見にそっくりの時計のレプリカがレミィの記憶からできたというわけか。
そこまで考えてアスウェルはナトラに視線を向ける。
「私は嘘はついていないわ、アスウェル。貴方達の時計には本当の両親の想いが込められている。だから時を戻す事が出来たのよ。ただ、本当の、が誰を指すかは私の口からは言えないわ。たとえ養子みたいな存在であっても、本当の愛情は存在するものでしょう」
アスウェルはレミィと顔を見合わせた。
年中誤解を振りまくレミィと顔を見合わせる、などという現象が起こるのも驚きではあるが。
「私、養子なんですか?」
「違う」
と、思う。おそらく。
アスウェルが見たのは簡略化された過去だが、レミィが養子であるかどうかという事には触れていなかったはずだ。
必要がなかったから、とも考えられるが。もちろんアスウェルも養子ではない。
「物の例えよ、気にしないで」
それで話を打ち切ったナトラは、悲し気な表情をする。
「ごめんなさい、私のせいで時間を使わせてしまって、そろそろこの姿ではいられなくなるわ」
屋敷の方が気になっていたのは事実だが、こればかりは仕方ない。めったに人の姿にならないナトラがそう言う姿をしているのなら、理由があるはずなのだから。
「レミィ、アスウェル。頑張って、私もできる事をするから。それに……ここには存在しない、誰かも」
鳥の姿に戻ってどこかへ飛び去って行くナトラを見送った後、アスウェル達もそれにならって屋敷へと戻った。
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