43 第六部 書き換えられない悲劇



 レミィと、レミィの両親達はケンカをしていた。

 両者の間には深い溝があり、歩み寄る事が長年出来ないでいた。

 そのせいでレミィは苦しんでいたはずだ。


 だが、それも今日で終わりだ。

 周囲の助けもあって努力は祈り、今日レミィの誕生日に両者は和解を果たす。


 ……そのはずだった。






 翌日、レミィは学校に来なかった。

 学校を休んでまで、探し回るなど心配のしすぎだと言われるかもしれないが、じっとしていられなかった。

 町の中の心当たりのある場所を探し回って、公園にたどり着くとレミィがベンチに座っていた。


「こんなところで何をしている」

「あ、アスウェル……」


 元気が無いのは見て分かる。


「何があった」

「……お母さんと、お父さんがいなくなっちゃった」


 話によると昨日の夜、誕生日パーテイーをした後、忽然と姿を消してしまったというのだ。


「どこに行っちゃったんだろう。探しても全然見つからない」

「何で俺たちに連絡しなかった」

「ごめん」


 そうしてくれれば、何も知らずに心配する事はなかったというのに。


 知り合いに連絡を入れて、とりあえず家に帰すことにした。

 どうせ、夜は碌に寝ていないのだろう。

 少し休息を取らせなければならない。


 服を見ると一体どこを探し回ったのか、端々が黒ずんで汚れている。

 レミィが捜しただろう場所を想像してみるが、まともな大人はそんな所にはいかないはずだ。

 こいつは野良ネコみたいに、道なき道を平然と歩いて行くからたまに困る。


 公園を出てレミィの家へ向かう。

 連絡を入れるのを忘れたのに、家の鍵を閉める冷静さはあったようだ。

 妙な所で頓珍漢な行動をする所はやはりこんな時でも変わらない。


 鍵を開けて中に入る。

 外見を見ていつも思うが、それなりに大きい建物だ。


 親がそれなりに名のある会社に勤めているのだから当然と言えば当然だろうが。


 前に訪ねた時は確か、ピアノだのなんだのの演奏楽器類がどこかの部屋に置かれていたはずだ。

 演奏技術が上達していることから、お金のかけた防音性の高い部屋で今でも使っているのだろう。

 そう言う所を昔は嫌がっていたが、最近はそれにも飽きたのか開き直る様になった。


「電話、見てるから先に上がってていいよ」


 廊下に置いてある電話の前で立ち止まる。

 お前が先に休めと言いたいが、知人とは言え個人情報の塊を迂闊に人に触らせるわけにもいかないだろう。

 

 アスウェルは先へ向かう。


 おかしな匂いが鼻についた。

 鉄錆びのようなにおい。

 これは、間違っても家の中で嗅いでいいものじゃない。


 嫌な予感がした。


 まさか……。


 入った部屋の中では、二人の男女が血だまりの中に倒れていた。

 動かない。

 知らない人間ではない、その人達は死んでいた。


 そこにレミィがやって来る。


「来るな!」

「な、何……? どうしたの?」


 レミィはアスウェルの怒鳴り声に肩をすくませたのち、不思議そうな様子で部屋の中に入って来る。


「そんなに怖い顔して、何かあったの?」


 部屋の中の様子を気にも留めず、アスウェルに話しかける。

 見えている、はずなのに。

 その平静な様子が、おかしくてたまらなかった。


 部屋の中を見る。

 誕生日パーティーをした時の飾りが飛び散った血で汚れている。

 テーブルがひっくり返って、中身が少し残っていたらしい食器が床にばらまかれて砕けている。

 近くの台所では、シンクに食器がつけられることなく水だけが溜まっている。


 殺されたのは昨日の夜。

 パーティーの後だ。


 いなくなったのは昨日の夜。

 これもパーティーの後。


「……」

「ねぇ、どうしたの?」


 黙り込んだアスウェルに心配そうに問いかけてくるレミィ。

 周囲の様子をまったく気にせずに。


 死んだからいなくなった。

 いなくなったから、どこかへ行った。


 レミィはそう思い込んでいるのだ。

 長い時間をかけてやっとのことでえられた和解の結末がこんな事になるなど、きっと誰も思わなかった。


 レミィには一人姉がいた。

 けれど姉は病気で幼い頃に死亡してしまう。


 その時に、可愛がっていた大事な娘を失くしてしまった両親達は、推測でしかないがおそらくこう思ったのだろう。

 娘は死んでいない。死んだとは思いたくない。だから生きている、と。

 そう思ってしまった。


 だから、その時彼らの娘は二人ではなく一人となってしまったのだ。


 長い間、レミィは死んだ姉と重ねられて、生きて来た。

 姉の生き方を模倣する人形のようになっていた事もあった。


 そんな出来事があって、両者の間には今まで深い溝が作られてしまっていたのだ。


 やっと、昨日のレミィの誕生日に、あの祭りの時間に、和解できたはずなのに。

 これから待っていたはずの時間はたくさんあったはずなのに、こんな形で唐突に無残にも引き裂かれてしまった。


 そして、

 昔その時両親に起きた事と同じ事が、今レミィの身に起きている。


「……っ」


 心配げにこちらに歩み寄って来たレミィの体を抱きしめる。


「な、あの、え……、アスウェル?」

「お前の両親は……」


 もうこの世にはいないのだ。

 そんな残酷な現実を突きつけられるのか自分に。


 突き付けていいのか、レミィに。


「どう、したの……大丈夫?」


 背中を優しくさすられる。

 これでは立場が逆だろう。


 これからどうすればいい。

 途方に暮れそうになる。

 けれど運命はそんな事を考える時間すら、与えてくれなかった。


 足音が近づいてくる。

 そう言えば玄関が空いた音が少し前に聞こえたような気がした。


「あっ」


 レミィがアスウェルから離れて、やってきた人物に駆け寄っていく。


「お父さん、お母さん。まったく、今までどこに行ってたの。心配させて……」


 その、家に入って来た人物は……レミィの親などではなく、アスウェルの知らない人間だった。


「誰だ……」


 お前たちは誰だ?


「何言ってるの? アスウェルも何度も会った事あるでしょ。あたしのお父さんとお母さんだよ」


 違う。

 お前の本当の両親は今もそこで血だまりの中に倒れて……。


「貴方はここで待機してなさいと言ったのに、どこをほっつき歩いていたのかしら。今すぐ私達と来なさい」

「面倒だな。邪魔な人間を排除したというのに、また連れて来て」

「何言ってるの?」


 こいつらだ。

 こいつらがレミィの両親を殺した犯人だ。


 レミィはいなくなった両親の代わりに、そこにいたこいつらの事を代わりにして、本当の両親だと思い込んでいるのだ……。


 レミィの服の隅が黒ずんでいるのが目につく。あれは血痕なのではないか。

 こいつは誕生日のその日、パーティーが終わった直後、目の前で両親を殺されたんじゃないのか。

 だから、こんな事になって……。


「お前らが……!」


 レミィの心を壊したのかっっ!!


 飛びかかろうとした。

 だがそれよりも早く、何かが体を貫いた。

 血が、零れ落ちていく。

 アスウェルはその場から動けない。


 振り返る。そこに人がいた。

 背後から何者かによってアスウェルは刺されていたのだ。


 仲間がまだいた。


 鋭利な何かが背中から体を貫通し、中身を傷つけている。

 腹からは、鈍色の刃物が突き出ていた。


 軽い衝撃の後に、痛みが襲ってきて立っていられなくなる。

 膝をついて、手をついて、再び立ち上がろうとするが上手く力が入らない。


「アスウェ……、っっ!」


 視線を上げるとレミィが運ばれていくのが見えた。

 このままでは連れていかれてしまう。


「……ま、て……」


 視界が暗くなっていく。

 体が動かない。

 血が溢れて流れ出ていく。


 そいつをつれていくな。


 俺の大切な、人を……。

 俺から奪うな。


 また俺は守れないのか。

 大切だった妹と同じように。


 あいつを……。


「……レミィ………、必ず……助けに」


 待っていろ。


 どこにいても、何があっても、必ず俺はお前を助けに行くから。


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