40 第六部 よみがえりゆく記憶



 この巻き戻りキャンセル(α地点と比較して二年前……帝国歴1498年1月1日をβ地点と呼称する)でレミィを見つけてからもうすぐ半年が経とうとしている



 屋敷の手伝いを相変わらずこなしながら日々を送ってている様子のレミィ。

 風呂場であった事を忘れたかのようにあいかわらず、アスウェルが姿を現せば飛びついてまとわりついてくる。


 アスウェルの方はこれまでと同じく、アレイスターの助力やネクトの組織力を受けて禁忌の果実を潰しにかかっている。

 奴の実力は本物だったようで、苦労した組織の拠点潰しが難なく進んでいく。逆に何らかの罠にでもかかっているのではないかと疑いそうになるくらいには。


 アレイスターの力ははっきり言って馬鹿にできない。

 奴が生きているだけでこんなにも違うとは思わなかった。

 二年の時の巻き戻りキャンセルは想像以上に重いようだ。


 アレイスターが主人のままであるならば屋敷が実験場になる事もない。

 思えば、使用人たちの異形化は防ぐことが出来たとしても、一年の巻き戻りキャンセルだけでは毒の問題はどうにもできなかったはずだ。(ライトはその問題すらどうにかしたようだが)

 新しく屋敷に訪れたレンやその内入って来るらしい新人の事を考えれば、これ以上ないくらい彼女らの未来は開けているだろう。


 そしてレミィは、聖域での治療が順調に進んでいるようで、過去の記憶を思い出し始めていた。


「それで、誕生日にお祭りに行ったんですけど、花火がおっきくて、出店もいっぱいで、すっごく楽しかったんです。家に帰ったら、誕生日のケーキがあって、ハッピーバースデーってお母さんとお父さんにお祝いしてもらったんですよ」


 思い出した記憶を語るレミィは終始笑顔だった。


 父と母は何者かに殺されている。

 その事実はやはり最初からこのレミィの記憶にもあった。


 けれど、そんな暗い過去をものともしない様子でレミィは思い出せたことを素直に喜んでいるようだった。


 アスウェルの知っているレミィの両親とは、まるでかけ離れている話だ。

 禁忌の果実の構成員がそんな日常を送るはずがない。


 だが、前もってアレイスターから聞かされていた通り、あの連中がレミィの両親ではない可能性もあるのだ。

 アスウェルは、余計な事は言うまいと決め、聞き役に徹する事にした。


「でも、たまに過去の記憶とはちょっと違う感じの記憶もあるんです。公園のベンチでアスウェルさんと本をとりあったり、海でおぼれそうになってるのをアスウェルさんに助けてもらったり、アスウェルさんにピアノを弾いてるのを聞いてもらったり、そんな事した覚えはないんですけど……」


 レミィは少しづつだが、徐々に巻き戻りの記憶も取り戻しているみたいだった。

 前にレミィモドキが言っていた事を思い出す。

 半年は心の中ではアスウェルは何もできないと。


 それは禁忌の果実から受けたダメージを癒す為に必要な期間で、その間は刺激となるようなものは思い出させないようにしていたのかもしれない。






 そしてその日、半年が経った。

 元の廃墟の屋敷にいた時間から考えるとその時間からは、一年と半年前になった頃だ。


 ウンディの町中を歩き、アスウェルは一軒の店の前に立ち止まる。

 旅の踊り子として風の町にやってきたフィーアが開いた喫茶店「フェニックス」だ。


 女性受けしそうな外装をしているにも関わらず似合わない店名はフィーアがつけたもの。

 ネタは巻き戻りを繰り返したアスウェルだそうだ。

 だから何がどうなることでもないが。


 アスウェルはその「フェニックス」の扉を開ける。


「わわ、大忙しですー!」


 多くの客で賑わいを見せる喫茶店の中、この店のメイド服を着たレミィはトレードマークの緑のヘアバンドを頭の上で揺らしながら、忙しく走り回っていた。

 レミィは屋敷で単なる手伝い以上に働く事がなくなった変わりに、店のメイドとして働く事になっていた。

 住み家は相変わらず、屋敷の中にあり、書類上ではアレイスターが保護者となっているが。


「はい、注文です。追加です。フーィアさん、追加一つですー」


 銀のトレイを持って店内を行ったり来たりする檸檬色の髪の少女は、新たに入店した人物……つまりこちらに、にぶつかりかける。

 アスウェルはそれを受け止めた。


「ひゃあ、すっ、すいません」

「前見て歩け」

「あっ、アスウェルさん! 来てくださったんですか?」

「これが来ていないように見えるか」


 少女はぱっと表情を変える。

 半年前のことを考えれば劇的な変化だろう。


 アスウェルが知る少女の姿となんら変わりのない様子のレミィは頬を膨らませて先程の返答へ抗議する。


「うぅ、……イジワルです。そういう時は素直に、来たって言ってほしいです!」

「来た」

「そうです。一名様ご案内です」

「他の客の迷惑だ、奥に行く」

「えぇっ、来てないんですか!?」


 一人混乱しているレミィを残して、アスウェルはカウンターへ向かう。

 店で出す料理を準備している女性へと声を掛けた。


 緑の髪を片側で結った、十代後半ぐらいの年の女性……フィーアだ。

 他の客と楽し気に談笑していた女性はこちらに気づいて手を上げた。


「ああ、アスウェルいらっしゃい。何か食べてく?」

「構うな。見に来ただけだ」

「アンタって相変わらず分かりにくい性格してるわよねー。普通に忙しいから相手しなくていいって言えないの?」

「言ってほしいのか」

「うーん、ないなぁ」


 なら言うな。


 ウンディの一画にある、この喫茶店の店主であるフィーアは、最初は旅の踊り子だった。

 それがなぜ店で働くようになったかは、旧知であるアレイスターの頼みが断れなかったらしい。


 何でも子供の頃に助けてもらった恩があるとかいう話だが、アスウェルにとっては細かい事情はどうでも良かった。

 どう見ても子供にしか見えないアレイスターの実年齢がまったく気にならないと言えば嘘になるが、わざわざこちらから労力を使って尋ねる事でもない。


 巻き戻りの分も含めて、大体の事情は明かさないフィーアだが、信頼できる事だけは確かだ。


 そんな事を考えていたら、フィーアがこちらに話しかけて来た。


「ねぇ、アスウェル。ちょっといいかしら」


 あまり見た事が内類いの、神妙な顔をして。


「何だ」

「あんたいろんな世界の事知ってるんでしょ? だったら何かあたしに聞きたい事とかないの?」


 聞きたい事?

 心当たりなどない。

 身の上話についてなら、詮索しない方向で落ち着いたはずだったが。


(テキストデータ発信)フィーアは魔人かも知れない。


 頭の中に聞こえて来たその言葉を、理解するのに時間がかかった。

 フィーアは魔人に理解がある事、魔人の友人がいるらしいこと。それらの記憶がよみがえる。


「……お前は、人間じゃないのか?」

「あたり。元人間っていえばいいのかしらね。前は帝国に住んでたんだけど、結構きついものよ。味方だった人間に追われるのって。魔人何て嫌だって、すごくやな子だったわ」

「……」

「でも魔人の子供の面倒を見るようになって、そのうち人間とか魔人とか分けて考えるのが馬鹿らしいって思えて来ちゃったの」


 フィーアは唐突にその場で手を叩いてステップを踏んで見せる。

 それは何度か見た事がある、踊り子としての彼女の仕草だ。


「だから、色んな場所を旅して私の想いを確かめて、やっぱり私は間違ってなんだって思えて来たのよ。でも……悪いけど、一つだけ言っておくわ、アスウェル」


 こちらに指を突きつけるフィーアの表情は真剣そのものだ。


「私の力はあんまり当てにしない事。武器の扱いは何となるけど、そっちの方は……うまくできなくて暴走しちゃうのよ」

「お前の力を借りなくとも何とかする」

「そこは、優しい言葉の一つや二つかけとくってもんが男ってもんでしょーに。今ならちょっとぐらいは揺らいじゃうかもしれないのに残念だわ」

「かけてほしいのか」

「まさか」


 話がひと段落すれば、直前の内容など忘れたようにフィーアは、レミィが聞いてきた客の注文をメモし始める。

 代わりにカウンターに置いた料理を運んでいくレミィ。


「ひゃん、あ……危なかったです。お客様の料理落としちゃうところでした。ふぅ」

「レミィちゃん、気をつけなよ」

「はいです、すみません。お待たせしましたですっ」

「いつも元気でいいね、レミィちゃんは」

「えへへ、そうですかー」


 喫茶店業務の結果は良いように働いているようだ。


「それで、どうだ」


 状況が良いのは分かったので店で変わった事が起きていないか尋ねる。


「うーん。まあボチボチってとこね。今のところは何にもないわ。変な客がたまにあの子を見てる事もあるけど、あくまで普通の変な人だったし。奴らが取り戻しに来るなんて事はないわよ」

「そうか」


 禁忌の果実の件は心配しなくてもいいらしい、ネクトを組織したりして組織を潰して回っているアレイスターがうまくやっているようだ。

 並行してそろそろボードウィン達が何か事を起こす時期だが、そちらもおそらく状況を見るに大した問題はないだろう。


 不穏な材料がないようで大いに結構だ。アスウェルは一つ息を吐いた。


「それ、良くても悪くてもする癖よね。治した方がいいわよ。幸せが減ってく減ってく」


 癖だ。放っておけ。


「変な客の方は何だ」

「あ、そっちも気になる?」


 フィーアはレミィの運んできた食器を水の張ったシンクに沈め、洗いものをしながら視線を向ける。

 

「あれ」


 店の窓。そこには見覚えのある薬学士がいた。

 整った女顔がいる。


「あれは放っておいていい」

「そ、知り合いか何か?」


 友人だ。一応は。


 その友人は、いつの間にか外に出ていたらしいレミィと顔を並べて店の中を覗き込んでいた。

 何をやっている……。






 復讐に憑りつかれたように生きる友人……アスウェルを探し回って、ウンディの町を訪れたクルオは喫茶店の内部の様子に首をひねっていた。


 どうにも納得がいかないというか、おかしな光景を目の当たりにしているような。


 アスウェルが町にいる事を突き止めて、通いの店ができたらしいという事を知ったまではいいが、声を掛けるタイミングが掴めないでいるのだ。


 店の中のアスウェルは、相変わらず不機嫌そうで怖そうで仏頂面をしているが、まるで悲劇など起きなかったみたいな様子だった。


「アスウェルの奴、こんな所に足を運んで何をやってるんだ?」


 普通に復讐を諦めたならばいいが、何か致命的なショックを受けて明かしくなったのではないかと逆に心配になってしまう。


 情報屋や帝国の兵士ではなく女性や少女と普通に話をするアスウェルなんて、大丈夫だろうか。


「お客様、どうしたんですか?」


 クルオが店の窓から覗き込んでいると、いつの間にか外に出てきていたメイドの少女に声をかけられた。

 アスウェルが親しく話をしている人間の一人だ。

 まるで妹に接するかのように頭を撫でたり、世話を焼いたり。


 まさか、あいつ何か大変な目に遭って記憶が飛んでしまいでもしたのではないだろうか。

 心配だ。


「……あ、いやその。知り合いが気になって」


 絵に描いたように不審者然とした態度をとっていた事に気が付いて慌てるクルオ。


 だが、そこで何でもないと言って立ち去らない辺りが、人の良い性格を如実に表していた。


「? 良かったら呼んできますよ」

「い、いや。良いんだ。それよりも、その……中にいる人について聞かせてくれないかな。僕はその人とは、ケンカしてるんだ。だから直接は話しにくくて」

「そうだったんですか。知ってる方なら、話せる事だけ話しますよ」

「あの、目つきの悪そうな奥にいる男の事だけど」

「アスウェルさんですか! 友達いたんですね、アスウェルさんにも」

「ああ、あいつやっぱり性格変わってないんだな」


 そこは変わってなさそうで安心した。


 当人に失礼な会話を二人は遠慮なしに続けていく。


「あいつは何でこの店に何回も通ってるんだい。見た所食事する目的があるわけじゃないようだけど」


 たまに店主に食べ物を出されて食べている事もあるが、それはついでという感じで目的はいつも他にある様だった。クルオの見ている限りでは。


「アスウェルさんは、私の様子を見に来てくれてるんです」

「君の? どうして?」

「分かりません。でも私がすごく困っていた時に助けてくれた事があって、それからこうして何度も気にかけてくれるんです」

「そ、そうなんだ」

「アスウェルさんは見た目は怖いですけど、優しい人ですよね。この間だって私にそっくりな人形を買ってきてくれて、私のこれもアスウェルさんが似合うからってくれたものなんです」


 頭の上に手を置いて示すのは、ウサギの耳ようなリボンのついた緑色のヘアバンドだ。


 あいつが女の子に贈り物。

 やっぱり心配になった。


「き、君とアスウェルの関係って……。聞いてもいいかな」

「? 構いませんよ。アスウェルさんは……、アスウェルさんはですねー、私の大切な人ですっ」

「たっ、大切な人っ!?」

「はいっ、特別な人なんです」

「とっ、特別なっ……」


 何故だろう、ただこの少女とアスウェルの関係を聞いただけなのに、話の雲行きがおかしくなってきた。

 それはどういうアレなんだ?

 まさかアスウェルに限って、いやそんな。でも……。


「将来の事も(一緒に旅をしようって)約束(できたら予定)してるんですよ」


 将来!?


「初めての事も(常識とか)たくさん教えてもらいました」


 はっ、初めて!?


「眠れない夜なんかは、一緒のお布団で眠ってくれるんです。私は子供だからちょうどいいって(体温が高くて)言ってました」


 一緒のベッド!! 子供だからちょうどいいって、何がなんだアスウェル!!?


 まさか……あいつにそんな趣味があったとは。


 まさかとありえない、失礼なことを口走ったクルオの後頭部は、窓を開けたアスウェルにトレイで殴りつけられた。


「レミィ仕事だ、戻れ」

「はっ、ごめんなさいですっ!」

「いたた、あ、アスウェル……君、あんないたいけな少女に手を出す何て、ふふっ、不潔だぞっっ!」

「お前はやっと来たかと思えば、何を言っている」


 何やらこちらを待っていたような台詞が聞こえて来たような気がするが、気のせいだろう。今はそれどころではない。


「ふ、復讐はどうしたんだ。妹は、クレファンは……君がそんな人間とは思わなかったぞ。いいか、僕が必ず君の目を覚まさせてやるからな、逃げるんじゃないぞ」


 いつも言ってる事とは正反対の事を口走っているような気もしなくもないが、とにかく全力で言い切ったクルオは店の前から走り去った。


「あいつ、忘れてるのか」


 何やら背後で呆れたような声が聞こえなくもなかったが、それは聞こえなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る