38 第六部 話し合い『!』



 ウンディにたどり着き、レミィは屋敷で世話になる事が決まった。


 屋敷内では一年巻き戻った時には見た使用人の顔が、いくつかなかった。おそらくまだ勤めていないのだろう。

 慣れた様子で働いていたレンがいないのは少し驚いたが。


 静かな印象しかなかった庭園には野鳥が訪れてさえずりが聞こてくる。

 屋敷の内装の方も、鉱石の飾り物がなくなっていた。


「――?」


 屋敷に入り歩きながらレミィが周囲を見回す。

 一年分働いていた屋敷も、このレミィにとっては初めての場所だろう。


「ん、何だ帰って来てたのか。そいつらは?」


 帰還した主人を出迎えるのはアレスだ。

 馴れ馴れしいのは変わらないようだ。


「連れて来た。今日からこいつの世話をここですることになる。適当に食事でも作って、食わせてやれ」

「そっちの旦那は?」

「知人だ。何かあったら書斎に来い」

「了解」


 アレスがレミィを連れていく。

 アレイスターは使用人の態度に寛容なのか、関心が無いのかどっちなのか。

 こいつがそんな甘い態度でいるばかりに、今までアスウェルはずいぶんとうっとおしい思いをしたのだ。


 そのような事を思いながらアスウェルはボードウィンのものではない屋敷の主の部屋を訪れ、これからの事を話しあう事にした。


 魔術師と名乗ったアレイスターは魔人で、そいつの魔法の腕を知らないものはいないという。

 アスウェルは、そういう類いの話は興味ないなのでサラッと聞き流したが。


「あの少女の家名は、本来は僕がつけるはずだったのだが。まあいいだろう。ラビラトリか。兎と鳥なんて贅沢な名前だな」


 アスウェルが伝えた名前も、元はと言えばアレイスターがつけただろうものだが。

 ラビラトリをただの言葉ではなく、ウサギと鳥だと思うのならおそらくこいつが名付け親で間違いないだろう。

 アイツは成長したらウサギみたいに騒がしくなって、心の中では鳥になっている時もあったからな。


「しかしアイツも大人しくなったもんだな。別の世界にいる僕に見せてやりたい」

「どういう事だ」

「お前が事象の巻き戻りキャンセルという超常現象の経験者だというのなら、今から言う僕の話も聞く耳ぐらいは持つだろう」


 俄かに信じがたい話だが、アレイスターが言うには世界は一つではないらしい。

 世界は無数に存在しており、そのいくつかには自分と全く同じ魂を持った人間が生きている。

 アレイスターはその世界の記憶を知っており、別の世界の自分とレミィが話した事があるという。


「アイツはこの世界の人間じゃない、異世界から来た人間だ」


 そんな事を言われても、信じられるわけないだろう。


「そうだな、例えば軌道列車はどうだ? 禁忌の果実に捕らわれていたはずのレミィが大して驚きもせず大人しく乗っていたのは覚えているか? 何も知らない人間が、子供が列車に乗ればもう少し反応があってもいいだろう」

「……」

「お前の話を聞けば、レミィは奴隷契約の存在を知らなかったらしいな。そして改めて彼女は調べた。禁忌の果実にいたから、と見る事もできるがそれは、別の奴隷契約が存在しない世界がいた、という事にも見れないか?」


 確かにそう取れなくはないが、証拠としては弱いだろう。

 そうともとれるという事はそうではないともとれるという事だ。


「なら、召喚術……あいつもそう言うの好きなのは変わらないな。そいつはどうだ、この世界であんな事できる人間はいないぞ。願い石から魔法を扱う事だって」

「……」


 百歩譲ってレミィがここではない別の世界の人間だとしよう。

 ならば、それはどういう事になる?


「アスウェル、白い鳥の……ナトラとかいう少女から聞いたんだろう? レミィに本当の両親がいるという可能性を。あいつは禁忌の果実にいる構成員の娘ではないかもしれない。別の世界の本当の両親の元から連れ去られてきただけかもしれない」

「あいつの心の中の……記憶では、あいつは連中の構成員に向かって呼びかけていた。親だと言っていた」

「本当にそうか?」

「……」


 そうでなければいい、とそう思っている。


 そうだ、記憶の中でレミィが言っていた事がある。


「「「ここは……お母さんは、お父さんは……。誰……」」」」

「「「助けて、出して……あたしを帰してよ、皆の所に」」」


 あの言葉は、禁忌の果実にずっといた事にはならないのではないか。


「ふん、謎を解くためにはそこら辺をどうにかして知る必要がありそうだな。そこを何とかしないとあいつは記憶をまともに思い出す事が出来なくなるぞ。戦力にはできない」

「あいつはもう戦わせない」


 アレイスターはレミィを戦わせるつもりでいるのか。

 ライトや、禁忌の果実や、帝国と。


「……まあ、いい。お前がそう思うのも仕方はないか」


 アレイスターのそれはアスウェルの意見に賛成したというよりは、今はそれについては議論を置いておくというような口調だった。


 それで話が今後の対策へと移っていくかと思いきや


「ああ、そうだレミィの年齢だがな、あいつはもうじき15歳になる。成長が止まってるんだよ。この時間からは二年後になる帝国歴1500年の、廃墟の屋敷で17歳程度になったレミィと会った時、見た目はそう変わっていなかったらしいな。ライトとやらと会った時は一年分だけ成長していた。それは、ライトが毒の屋敷から途中で救出したせいだろうな。あのレミィは本来は16歳程度の年齢だ」


 つまりライトの巻き戻りでは救えたとしても完全にとはいかなかったという事か。

 戦闘能力も、悪知恵も働く相手だが時間だけは自由にはできなかったという事か。


 そう考えていると、アレイスターは人の悪そうな笑みを浮かべていた。


「アスウェル、この世界なら手を出しても見た目以外なら犯罪にはならん、安心しろ」


 煩い。眉間に風穴あけるぞ。


(テキストデータ発信)アスウェルはロリコンだと思う。「https://kakuyomu.jp/works/1177354054882786238/episodes/1177354054882813502

(テキストデータ発信)アスウェルは幼女趣味。「https://kakuyomu.jp/works/1177354054882786238/episodes/1177354054882813502

(テキストデータ発信)アスウェルはシスコン。「https://kakuyomu.jp/works/1177354054882786238/episodes/1177354054882813502

(テキストデータ発信)……。


 頭の中に聞きなれたような間が聞こえて来た。間が聞こえる、という事があるのかと思うのだが、聞こえる物は聞こえてきたのだ。ただし今までと違って、文章の様な形で届いたが。


 そう言えば、時折頭の中に声が聞こえる事があったが。

 アスウェルの疑問を読んだようにアレイスターが喋りかける。


「そいつは観測者だ。うるさいハエが飛んでるぐらいに想って、気が向いたときに意識を回してやればいい。どうせ関係ない人間を助けようとしているお人よしか、質の悪い野次馬のどちらかだろうからな」

「観測者、だと?」

「僕たちの事をどこかの世界で見ている奴の事だ。何か言いたい事があるなら言うと言い、多分伝わっているだろうからな」


 そいつは敵じゃないのか?


(テキストデータ発信)味方

(テキストデータ発信)敵……冗談。


「……」


 アスウェルは無言でアレイスターの顔を見たが、相手の表情は変わらない。


「邪魔をしないなら別に良い」

「それはツンデレと言う奴か?」


 意味は分からないが、何故かムカつく言葉の響きに聞こえた。






 今までの集会では1月の半ばとしていたレミィの誕生日が本当は1月の11日だと、本来の話し合いをした後に知った後、アレイスターに客として部屋を用意してもらい、解放された。


 子供の様な見た目をしているのに、話し相手をするのは疲れた。

 アレイスターもおそらく見た目通りの年齢ではないのだろう。

 そう言う理由が関係しているのかしていないのかは分からないが、奴はレミィを助けるつもりでいるようだった。


 使用人となるかまだ分からないレミィは、客室の一室で女使用人達に遊ばれている。


「女の子のお客さんが来るなんて久しぶりね」

「いっその事うちの屋敷で働いてくれないかしら」

「早めに予約しておかないと他の所にとられちゃうかもしれないわね」


 そいつは商品でもなんでもないだろう。


 風呂に入れられ現れた後、レミィは使用人の誰かが提供したらしい服を着ている。

 そう言えばこのレミィの頭にはトレードマークとなるヘアバンドが存在しないが、あれはいつどこで手に入れたものなのか。


「あら? 貴方は?」


 部屋に踏み入って来たアスウェルの存在に首をかしげる使用人たち。

 訪問客の名前と容姿の情報ぐらい共有しとけ。


「アスウェルだ。連れていく所がある。しばらくこいつを借りる」


 レミィの手をとると、逆らう事無くついてくる。

 アスウェルの知っている少女は何もせずともついてくるような人間だった。

 まとわりつかれてうんざりする事もあった。

 それが少しなつかしい。


 向かうのは屋敷の離れだ。

 





 講堂の地下にある水場を使って、聖域へ。


「にゃーっ!」


 通路を歩いて庭園へ行くなりアスウェルめがけて飛翔してきた羽の生えた猫の攻撃を避けて交わす。


 猫と遊び始めたレミィを放っておいて、アスウェルはクレファンの下へ。


「ようこそ、初めまして。それとも、もしかしたら貴方は以前ここへ来たことがおありですか?」


 アスウェルはレミィの事を頼んで想命石をもらってから、巻き戻りのことを伝える。


「そうですか。そんなことがこれから起きるのですね」


 アレイスターとは違ってこいつはあっさりアスウェルの話を信じたようだった。

 浜辺で倒れていたレミィを何とかできなかったのかと文句をつけるが、どの道、永遠に聖域には留めてはおけないのだから仕方なかったという。その代わりにアレイスターに救助を依頼したようだ。


 創造主と呼ばれる存在でも万能ではないらしい。

 その後で、奴隷契約が結ばれた時のことやライトの事が分かった時の事を依頼する。


「分かりました。レミィに契約の反応があった場合は、該当人物について情報が得られた場合、貴方に何らかの方法で伝えるように努力しましょう」

 

 努力するでは困る。

 かならず伝えてもらわねば。


「ふふ、レミィは良い人に拾われたようですね」

「こいつの主人はアレイスターだ」


 別に物として言っているわけではないだろう。

 この先はどうなるか分からないが今の所はアスウェルよりは奴がその座にいる。


「ええ、知ってますよ」


 クレファンと話をした後は、庭園の一画を提供された。

 聖域の主の保護の下なら、万が一何かがあっても助力出来るからだという。


 聞いていない。

 前に説明された時は、万が一がある事など一言も言っていなかったはずだ。

 そんな事を言えば、前の時とはレミィの精神状況が違うからだと返って来た。


「こっちに来い」

「……?」


 レミィの手を引いて庭園においてある椅子に腰かける。

 小さな手を己の手で包んで、レミィの真名を述べる。


 一瞬後、景色が変わった。


 日の光の降り注ぐ庭園から薄暗い景色の中へと。


 そこは夜闇が満ちていた。

 頭上を見上げれば、星々が今にも消えそうに儚く瞬いている。


 ところどころ月と似たような球状の物体が浮かんでいるがそれらはヒビが入っていたり、砕けていたりだ。


 アスウェルは自分の立っている大地を見る。

 草原だ。

 だが、それは無限の暗闇の中に浮かぶ大地だった。


 その大地はいくつか浮かんでいる。


 下の方を見れば、潰れた家屋のある大地がある。

 上空を見れば、ごちゃごちゃと物がつめられた巨大な砂時計の置かれた大地がある。


 アスウェルのいる大地は草原だけだ。


 いや、遠くに森があった。

 アスウェルはとりあえずはそこに向かって歩き出した。


 内部を進んで行くと、木々が生えない空間があった。

 そこには大量のごみが捨てられている。


 レミィの姿は見当たらない。


 生身の姿ではなく鳥だった頃もあったが、それらしい生物の姿もない。


「まさかこんな得体のしれない場所を進むとは、驚きました」


 声に振り返る。

 背後にレミィモドキが立っていた。


 レミィそっくりの外見に白髪の髪をした存在。


「しばらくはここに来ても何も起こりませんよ。だってレミィの心は一度壊れて、しまったんですから」


 禁忌の果実のせいで、元あった人格が破壊され、その修復で猫が付けられたのが今なのだから、当然か。


 しかし、壊れたか。

 アレイスターと話していた内容を思い出す。


 最初から組織にいたのなら、そもそもが初めからそう言う厳しい商況にいたという事になるのだから

 壊れる、などという事になるはずがない。

 そうするとやはりレミィは別の世界の人間で、どこかで普通の暮らしをしていたことになるのか?


「治療にはどれくらいかかる」

「そうですね。環境にもよりますけど、ここをまともに歩こうとなるとざっと半年ぐらいしないといけませんね」


 アスウェルが何かをしようにも打つ手は何もないらしかった。


 レミィモドキは頭上でまたたく星々を仰ぐ。


「でも、これでもまだましな方です。前は真っ暗で何も見えませんでしたから。草原ができたのは貴方が心を繋げてくださったおかげですよ」


 何の意味もないことにはならなかったらしい。


 アスウェルのしたことがどれくらいレミィの回復に貢献したかは謎だが。


「貴方はレミィの何なんです? こんな所に来るくらいなんですから、悪い人間ではないことは確かですけど」

「あいつは俺の大切な人間だ」

「本気で言ってます?」


 出会ったばかりの人間にたいして思う感情ではないだろうが、嘘をつくのは得策ではないだろう。


「まあ、いいです。これから頑張ってください。見てますから。そして最後までちゃんとレミィを見てあげてくださいよ。そうすればきっと分かりますから、全てが」


 最後にそう言って目の前の景色が滲んでいく。



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