第六部

37 第六部 二年前



 巻き戻った。


 もう全て終わったと思っていた。

 取り戻せなくなると。

 だが、再び機会は与えられることになった。


 気が付いたらアスウェルは、また過去に遡行していた。ただし、そこは風の町、ウンディではない。


 アスウェルの肩に、どこからともなくやってきた白い鳥が乗った。


「お前は一体何だ」


 不意に現れるこの鳥の正体が気になったが、鳥はさえずるのみで答えはしなかった。

 幾度となくアスウェル達を助けたこの鳥は、帝国に関係するようなことをライトは行っていたが。


 とりあえず、ずっとその場所に立ちつくしているわけにもいかない。

 周囲を見回す。

 そこは見覚えのある場所だった。


 ちょうど元の時間から二年前、帝国にある禁忌の果実の拠点に侵入した事がある。

 ここはおそらくその場所だ。


 今までは一年巻き戻りキャンセルするだけだったのに、何故今回は二年だったのか。

 方法が違うからそうなったのか、あるいは何か理由があるのか。


 アスウェルはすぐにそれを知る事になる。


「……」


 建物の中を歩いて行く。

 当然のごとく、組織の人間がいたのでその度に排除しながら、だが。


 奥へ向かって研究資料などを漁ってみるが、どれもアスウェルの記憶にある情報ばかりだった。

 しかし、その中で……。


 前に訪れた時に役に立たない情報だと切り捨てた情報に目を向けた。


 ナトラ・フェノクラム。


 禁忌の果実が攫った人間の一人だ。

 写真に移るのは白い髪の少女。

 だが、白い鳥の写真がその下に添付されていた。


 その少女にはある特別な力があった。


 図書資料収集。

 この世界で起きた出来事の情報をいち早く収集できる力。


 二年前アスウェルは、その眉唾ものの内容にまったく取り合わなかったが。


「まさか」


 今は肩の上に留まっている状態の白い鳥を見る。


「お前がそうなのか?」


 鳥は、肯定するようにさえずる。


 その状態の鳥と会話が成立したことに驚くが、今まで話をしようとしなかった事に気が付いた。

 レミィでもあるまいし、そんな事通常は試そうとも思わないだろう。


 資料には続きが書いてある。

 ナトラは禁忌の果実から帝国軍に奪われたという項目。


 そして、奴隷契約に関する重要な装置の一環として扱われ、代わりの効かない彼女のスペアをとある実験で作り上げる計画が帝国では行われているらしかった。

 巻き戻りの最後に見る、あの異形の姿の図が、実験成果として記されている。

 帝国の記録だというのにやけに詳しい。

 いや、それより。


 まさか、それは屋敷での異形化の実験の事か。

 あの実験はナトラのスペアを作り上げるものか……。


 禁忌の果実と帝国は、奴隷契約の要である人物のスペアの製造という点で協力している。


「お前は帝国のどこにいる」

「……」


 首を傾げる仕草。

 鳥に答えられる内容ではなかったからか、それとも知らないからか。


 人間の少女の姿にはならないようだ。何か理由があってなれないのか?


 そのナトラという名前の鳥はアスウェルの肩から資料が収まっている棚の近くへ移動し、その付近を滞空し始めた。


 何かある、とでも言いたいのか。

 近づいて行って調べる。


 かすかに空気の流れを感じる。


 適当な位置から棚を押すといどうして、隠された通路が現れた。

 そう言えばボードウィンの屋敷もそうだった。


 前へ進んで行く。


 先に言ってあるのは地下牢だ。

 ボードウィンの屋敷にあったものと似ている。

 いや、向こうがこちらに似ているのかもしれないが。


 鳥が先へ誘導するように羽ばたいて飛んでいく。

 それにならって進んで行くと、一人の少女を見つけた。


 まさか。


「レミィ」


 声をかけると牢屋の中にいる少女はぼんやりとした様子でこちらを見つめてくる。

 檸檬色の髪の少女。

 間違いない。

 そこにるのはレミィ・ラビラトリだ。


 アスウェルが近づくと、少女はおびえたように後ずさった。


「……っ」

「レミィ、俺だ」


 しかし、反応は帰ってこない。


 手を伸ばす。だが少女はこちらには近づこうとしない。

 本物なのか、この手で触れて確かめたかった。

 檸檬色の髪を、頭を、その頬を、小さな手を。

 けれど……。


「そうか、俺は……」


 一度レミィを殺しているのだ。

 自分の手で。


 伸ばしていた手を降ろす。

 一つ前とは状況が違う。

 アスウェルと共に記憶があるというのなら、当然あの時の事も覚えているはずだ。


 帝国兵に連れ去られようとするレミィ。

 銃身の先で、アスウェルが何をしようとしているのか理解した様子で目が合って。

 レミィは悲しそうに笑っていた。


 あいつの為だった。苦しませたくなくて、そうした。

 だがそれはアスウェルの勝手な事情だ。


 そんな人間の傍にいたいと思うだろうか。


「……」


 だが、降ろした手に触れるのぬくもりがあった。

 レミィが、いつの間にか近づいてきていてアスウェルの手を小さな両手で握っていた。


「……ぁ」


 こちらを見て口を開こうとする。

 伝えようとしているのか。何かを。


「……ぃ……し」


 いし。

 ……石?


 レミィは首を傾げる。

 アスウェルを不思議そうに見ている。


 何だ?

 いや、それよりも……。


 細い手が牢屋の向こうから伸びて来てアスウェルの頬にふれた。

 髪の毛に触れて、耳に、あごに。


「だれ……?」


 まさか、覚えていないのか。

 記憶は引き継がれていない?


 牢の隙間から、鳥が少女の下へと舞い降りて、囀り始める。

 レミィは首を傾げて鳥を見つめるのみ、それ以上何かを話す気配はない。


 牢を閉ざす錠を壊したいが、音を立てては組織の人間に見つかってしまうだろう。

 まだ拠点の全てを回って調べたわけではない。

 先にそいつらを片付けるべきか……。


 だが、目を離した隙にまた何かが起こるのではないか、不安があった。


 最初の時、レミィが屋敷から連れ去られた時も、部屋を荒らされた時も、クルオやフィーアと一緒に殺されかけた時も全てはアスウェルの見ていない時に起こった事だ。


 いっそここで危険を承知で錠を壊して、レミィを連れて逃げた方がいいのか。


 そう、考えていると、背後から声がかかった。


「ふぅん、奴らが言っていた「いるかもしれない侵入者」とはお前の事か。もう少し注意を払って行動しろ。連中に気取られていたぞ」


 振り返って銃を突きつけえるがそこにいたのは、小さな子供だった。おそらく十かそこらの年の。

 貴族が着るような上等な服を身に着けた赤毛の子供。


 だが、こんな場所を平然と歩く人間がただの子供でいていいはずがないだろう。


 そんなアスウェルの心情が分かったかのように、子供は言葉を続ける。


「その銃をおろせ。僕の名前はアレイスターだ。世界最古の魔人の血を引く魔術師、アレイスター・クローリー。僕は敵じゃない」





 水晶屋敷が水晶屋敷となる前の屋敷の主人、アレイスター・クローリー。

 見た目は十になるかそこらの子供にしか見えない。


 しかし、その腕はこんな場所までやってくるには確かなようで、拠点にいた残った禁忌の果実の人間を、時間をかけることなく魔法を使って、無力化していった。

 半信半疑だったが、アスウェルの目の前で、所持している武器……仕込み杖の手慣れた扱いを見せられれば納得せざるをえなくなる。


 レミィといいアレイスターといい、なぜ貧弱な見た目の人間に限ってそういう物騒な能力を備えているのか。


 追手を気にすることなくレミィを連れて拠点から離れたアスウェル達は、帝国の駅へ向かい、列車に乗った。


 追加料金を払って個室に入り、話を交わす。


「クレファンから聞いていたが、やはりあの場所にいたか。こいつは僕が保護する予定だったんだが、まあ最初に誰が助けようが関係ないしな」


 アレイスターは聖域でクレファンに会って、レミィの事を聞いていたらしい。

 あそらく、元の流れでもこいつは同じ行動をしてレミィを救ったのだろう。

 レミィは海辺で倒れていたとか言っていたが。


「最初に浜辺で倒れていた所で見つけたかったが、連中のようが一足早かったようだな」


 クレファンはそんな事まで分かっていたのか。

 今度聖域に足を運ぶ機会があるのならそこらをもう少しどうにかできなかたのかと、文句を言っておかねばなるまい。


 アレイスターはこちらに尋ねる。


「お前はなぜあんな所にいた? 見た所連中の仲間というわけではなさそうだが」


 アスウェルは、一言仇の関係だとだけ話す。


 そう言えばこいつにはそんな事より話しておかねばならない事があった。

 荒唐無稽な話だが、信じてもらえるように手を尽くして話すしかない。


「俺からお前に話しておかねばならない事がある」


 できるだけ詳しく。

 アスウェルが今まで通って来た一年分過去を遡った旅の話、そして今また二年分過去へ遡ってきた事を。

 相手にとって重要なのは、アレイスターが殺されその後屋敷の主人の座を禁忌の果実に取って代わられる事、屋敷が実験場と化してしまい使用人達が犠牲になる事だろう。


「なるほど、それはありがたい情報だが。その話を証明する方法はあるのか? お前に」


 ない。

 それは過去云々の話は今の所アスウェル一人しか知らないことだからだ。

 せめてレミィが覚えていれば少しは状況も違っただろうが。


 長らく相手の信用を得る事に労力を費やした事のないアスウェルは困惑した。

 どうすればいい。


 視線を向ける。

 隣で座った檸檬色の髪の少女。

 ぼんやりと窓の外を眺めているレミィなら……。


「証拠はない。だが、……信じてほしい」


 なんとなくそうする気がした。

 あいつは俺と違って素直な性格だからな。


「まあ、いい。嘘にしては詳細すぎる話だからな」


 アレイスターは、アスウェルの隣に座る少女を一瞥して表情を和らげた。

 レミィは白い鳥……ナトラと見つめ合っているようだった。

 何となく見た目からして波長が合いそうな一人と一羽だ。人の姿をとれれば、友達が欲しがっていたレミィの良い相手になれるだろう。


 そこまで見たアレイスターは一転して面白がるような様子で、こちらにからかいの言葉を投げてくる。


「それに、何かを企んでいる人間がそんなにも出会ったばかりのその少女の話を大切に語るわけがないしな。お前、そいつに惚れているのか?」


 馬鹿を言うな。


 そう思いつつも何か余計な事まで話していないか、気になった。



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