35 第五部 後編



「レミィ……」

「はい、レミィですけど。どこかでお会いしましたでしょうか?」


 なぜ、ここに……?


 お前は生きて……。

 どうして……。

 記憶は。


「レミィ、どうしたんだい?」

「あ、えっと、この方が具合を悪そうにしていたので……」


 混乱を助長させるような声が聞こえて来て、アスウェルは銃へと手が伸びた。

 顔を見るまでもない。

 その声はライトだ。


「どうしたんだい? そんなに怖い顔をして、僕は君と会った事なんてあったかい?」

「ライト……」


 金髪の少年。

 ネクトのリーダー。

 レミィを禁忌の果実に引き渡し、フィーア達をアスウェルを騙していた男。


 そして、おそらくはレミィを救っただろう男。


「なぜ、お前がそいつと一緒にいる。記憶は」


 レミィは不思議そうな顔をしている。

 それで分かった。

 何も覚えていないのだと。


「そうか、アスウェル。君は思い出したんだね。まったく面倒だなあ。君とはもう金輪際関わる予定なんてないと思っていたのに」

「そいつをどうするつもりだ」


 銃を突きつける。

 レミィが息を呑んだのが分かった。


「どうって、別にどうもしないよ。彼女は僕にとって大事な人達の中の一人なんだから、危害なんて加えるわけないだろう。君にとやかく言われる筋合いはないな。僕は、とあるお屋敷で世話になって、そこで行われていた数々の陰謀を暴いたり阻止したり、これでも結構大変だったんだ。でも君はそのどれとも関わっていないだろう? それでもここに来たのかい。幸せな未来へと歩き出したレミィを、横から奪うために?」

「ライトさん……?」


 先程まで穏やかだった少年の変貌にレミィが不安そうな声を出す。

 ライトは、ずっと自分の本性を隠してずっとレミィを傍に置いていたのか。


「彼女を手に入れるのは大変だったよ。本当に。世界を渡り歩いて、なおかつここまで力を秘めたヒロインなんてそうそう手に入るものじゃないからね」

「何を、言ってるんですか?」


 傍にレミィがいるにも関わらず、そいつは意図も簡単に己の心の内をさらけ出し、アスウェルに語って聞かせてくる。


「口を、閉じろ」

「君が聞きたそうにするから話してあげたのに、ずいぶんな言いざまじゃないか」


 よく、分かった。

 こいつは禁忌の果実や帝国と同じだ。

 レミィを便利な道具としてしか見ていない。


 俺にはやるべき事があった。

 あの時自殺を止めてくれたクルオに感謝すべきだろう。

 こいつに、レミィを任せるわけにはいかない。


 ライトの力量はアスウェルとは違い過ぎる。

 長引けば負けるのは確実に自分の方だ。

 だから、最初の一撃に全力を賭ける。


 アスウェルは、突き付けていた銃の引き金を引いた。


 発砲音がして、周囲にいた者達が悲鳴を上げながら逃げ去っていく。

 ライトはその銃弾を首を振っただけで避けていた。


 弾は外れた。

 まずい。


「おっと、危ないな。通行人にでも当たったらどうするんだい」


 そして、ライトは剣を抜いて、こちらに振るってくる。

 今までの経験からか、奴がこちらをなめていたからか、最初だけは回避できた。

 だが、次は……。


 死を覚悟したアスウェルの耳に、硬質なものが互いにぶつかり合う音がした。


 レミィがアスウェルの前に立ち、ライトの剣を長槍で受け止めていたのだ。


「どういうつもりだい、レミィ。命の恩人に逆らうつもりかい?」

「ライトさん、私は貴方の道具ではありません。助けてもらった御恩があるから、今まであなたの事に協力していました。でも、それもこれまでみたいです」

「へぇ?」


 距離を開けて、下がったライト。

 先程までの様子とは違って悲し気な表所を作って、レミィへと語りかける。


「もしかしてさっきの話を聞いて僕の事を嫌いになってしまったのかい? でも分かってくれ、あれには理由があったんだ、後で詳しく説明するから今は僕に……」

「最初からです」

「……?」

「最初から私は、貴方の事は好きじゃありませんでした。私は恩があるから貴方を手伝っていただけ。ライトさんはいつも正しいです。言っている事も正しい。実際何かをやれば証明するように結果が付いてきますしね。でも、貴方の心はぜんぜん正しくない。……こんな私ですけど、嫌いな人のタイプってあるんですよ?」


 表情をつくろうことをやめたライトに向かって、レミィは長槍を突き付けながら答えを述べた。


「正しさで塗り固められた人。正しいことしか言わない人、やらない人です。……さようなら、今までお世話になりました」


 決別を言葉にしたレミィは背後にいるアスウェルに向かって言葉をかけた。


「アスウェルさん」


 名前を呼ばれた。

 もう一度、レミィから。

 何故知っている、と間抜けなことを考えて奴がこちらの名前を呼んでいたからだとすぐに気が付いた。


「逃げて。そして、生きていたら後で話を聞かせてくださいね」

「……馬鹿を言うな」


 アスウェルはレミィの隣に立った。


「俺は、お前を守ると誓ったんだ。死なせはしない」

「ありがとうございます」


 ここで自分一人が助かる選択肢を選べるのなら、わざわざこんな町まで来たりはしない。


「く……はは……、あははははははははははははっ!!」


 向かいに立つライトは肩を振るわせてひとしきり笑い声を上げると、こちらを見つめる。

 どうしようもなく歪み切った表情と心を晒しながら。


「分かった、そこまで言うのなら次の周回で君は僕の大事なヒロインじゃなく、奴隷として傍に置いてあげるよ。ああ、奴隷にする前にここであった事とか今までの事とか、語ってあげてもいいね。どうせ記憶はリセットさせるんだから、教えてあげるのが親切ってものだろう? 安心してよ、その次でちゃんとクリアして救ってあげる」

「救ってあげる、ですか。上から目線ですね。それも私の嫌いなタイプです」


 逃げるという選択肢はありえない。

 ここでケリをつけなければ、また記憶を消されてやりなおされてしまう。


 だが、勝てるのか。

 あのライトに。


 実力だけは確かな、自分よりも何倍も格上である強者に。


 先に動いたのは、レミィだった。

 覚悟を決める。

 やる。

 どの道やらねばならないのだ。


「援護を」


 レミィはそう言って、走り出す。同時にライトも。


 予想しえない妙技で繰り出される剣を、レミィは一度ならず、二度も、三度も、受け止めている。


 激しく入れ替わり立ち代わり、動き回る両社の隙を塗って銃弾を叩き込むのは至難の技だった。


 それでも、何とかしてアスウェルが何度か撃ちだす銃弾の威力は、ライトに効いているのだろうか。


 剣が振るわれ、レミィにかするたびになぜあそこにいるのが自分ではないのか、と思う。

 この時ばかりは銃の腕しか鍛えてこなかった事を、後悔する。


「なかなやるじゃないか! この僕が手に入れたいと思うだけの価値はある。やり直しは正直きついけど、取り逃がすのはやっぱり惜しいなあ!」

「だから、私は道具なんかじゃ……ありませんっ!」

「道具として散々働いているような人生を送っておいて、今更君がそれを言うのかい?」

「っっ、私の過去を知って……っ」


 ライトの言葉に集中力を乱されたレミィは反応が贈れた。大振りに振るわれた剣の攻撃を防いだ槍ごと、その場から吹っ飛ばされる。普通の人間ができる芸当ではない。


「レミィ!」

「っっ」


 走り寄りたいが、ライトから目を離すわけにはいかない。


「どこの周回だったかな、君の心の中にお邪魔させてもらったことがあって、そのときに知ったのさ。中の人には歓迎されなかったけど、中々興味深い生い立ちだね」


 奴隷契約。レミィの心をこいつは土足で何度踏みにじったのか。


「君はが知っている情報は、十四歳の君が本当の両親の元から攫われ禁忌の果実に連れ去られて実験として過ごしたらしいという情報。アレイスターに保護されるまでの一年間。随分といろいろ体の中をいじくりまわされたみたいじゃないか。それをやったのは誰だと思う?」

「わ、私の知らない記憶……? その人が、何なんですか……?」

「レミィ、聞くな!」


 アスウェルには分かる。

 いや、知っているのだ、誰なのか。

 ライトは言おうとしている。

 それは、知られてはいけない事だというのに。


 動揺するレミィに、ライトは笑った。

 まるでただの人当たりのいい少年のように。


「禁忌の果実の人間だよ。君は実は捕まったんじゃない。ずっとそこにいて実験台にされていたんだ」

「ぁ……」

「そいつの言う言葉を真に受けるな」


 ライトの言葉は真実だ。

 だが、それでも否定してやらなければならない。

 そうしてやらなければ、アイツは、レミィは……。


「ああ、そうそうアスウェルに家族がいたんだけどね。これってどうだったのかな。君は知っているのかな。アスウェルの両親は禁忌の果実に殺されてるんだよ。そして、妹は連れ去られて人体実験。たぶん死んじゃってるんじゃないかな? つまり君の両親が殺したって事だよね、あんなに昔の自分が悪い人間じゃないか怖がっていたのに残念だなあ。なんせ君の親は、気味の大切な人の家族を奪ってしまったんだから」

「ぅ、ぁ……ぁぁ……ぁぁぁ……」


 絶望してしまう。

 目の前に敵がいる事を忘れたような状態のレミィの前に、ライトがゆっくりと歩み寄る。


「レミィ! そこから離れろ!」


 アスウェルの銃は当たらない。避ける事すらしなくなったライトには、見えない壁の様な者が存在しているようで、銃弾は全てそれに弾かれてしまう。弾が尽きた。


「可哀想に。ずっと僕の味方でいればこんな苦しい思いをせずにすんだのに」


 そして、剣を振り上げて。


「ライト……っ!」


 アスウェルはもはや武器を使うのを諦め、間に合わないのを承知で駆け寄ろうとするが。


「やあああっ!」


 そこにフィーアが割り込んで曲刀を振るった。


「レミィちゃん、こっちに」


 自失しているレミィはクルオが連れて下がる。

 なぜ、こいつらがここに。


「アスウェル、僕を置いてくなんて……いや、それよりも。ナトラちゃん……白い鳥から聞いたんだ、君達が置かれている状況や巻き戻りの事をね。フィーアさんも。正直まだ信じられない思いでいっぱいだけど、僕は君の友人だから」


 それで、また俺を追いかけて来たのか。

 フィーアはライトに一撃を与えた後はずっと回避に専念している。

 アイツにも何か理由があるのだろうか。


 そんな事をしていると、また新たな人物がその場に現れた。


「双方、武器を納めろ。帝国特務騎士ラッシュ・ミゼリアの名において命令する! 双方武器を降ろせ」


 声をかけるのは、いつか世話になった帝国の貴族である少年、ラッシュだった。

 傍らには使用人の赤毛の少女、リズリィもいる。


 彼らの傍には、白い髪の少女も。


「余計な邪魔を入れないでほしいな。たかが登場人物の分際で。ん……君は新顔だな。まだ他に登場人物何ていたっけか。いやどこかでみたような……そうか、君は帝国の……」


 白い髪の少女を見て一瞬考え込んだライトは、得心が言ったという風に頷いている。

 そのライトの方へ、一歩進み出て、白い髪の少女は言葉を紡ぐ。


「私、貴方の紡ぐハッピーエンドなんて好きじゃないわ。だから物語を書き換えさせてもらいにきたの」

「たかが、登場人物に、できるのかい?」

「やるわ」


 白い髪の少女は、時計を掲げる。


「これがあればできるもの」


 それはレミィの持ち物であったレプリカの時計だ。

 廃墟となった屋敷の、レミィの私室に転がっているはずの。

 あの場所は毒で満ちているというのに、どうやってとって来たのか。


「やれやれ、列車事故の事件現場から消えた人間を追っていただけだったが、まさかこんな事に巻き込まれるとは」

「廃墟の屋敷に行くって言って付近で張ってたのに、こんな所にいるなんて。手間をかけさせてくれるわね」


 後に来た二人、ラッシュ達は気づかなかったが今までもどうやら仕事でアスウェルの事を見張っていたらしい。

 ならばおそらく廃墟屋敷にいた時も近くにいたのだろう。

 ひょっとしたらあの毒に巻き込まれていたのかもしれない。


「アスウェル、だったか? 話は聞いた、疑った事を詫びよう。その代わりこちらは力を貸す、だから俺達を巻き込んでほしい」


 アスウェルを捕まえこそすれ、力を貸す意味はなさそうに思えるが、そいつらの事はまだよく知らない。その事については、今度話を聞く機会があった時に尋ねてみるしかないだろう。


「一体何をするつもりだい? その白い子が持っている時計は、確か禁忌の果実が探している物だった記憶があるけど」

「やり直せるのは貴方だけじゃないわ……、この時計には、貴方が言う偽物の両親ではない、レミィ本当の両親の想いが詰まってる。そしてそれはアスウェルの時計にも……」


 レプリカの時計が、アスウェルの時計が光を放ち始める。


「く、この、貴様ら……、まさか、本当にそんな事が……」

「巻き戻させてもらうわ。時を」


 光が溢れ、白く景色を塗りつぶしていく。

 周囲の全てが遠のいていくような感覚に陥った。


 その中で、

 アスウェルはその光の中でレミィの手をとり、握りしめた。


「レミィ」

「……ルさん?」


 もう二度と手放さないように。

 固くしっかりと。

 

 そして、最後の戦いへ挑むために、二人は過去へと旅立った。



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