32 第四部 非情な手段
それから数日経った。
ライトは、他の周回ではアスウェルに用意されているその部屋で考え事をしていた。
ボードウィンの私室には本棚以外に隠し通路はない。
他の屋敷の場所も調べたがいずれも同じ。
講堂の地下には水場がある。
中庭には相変わらず生物の気配がないがそれだけだった。
もうこれこれ以上、普通にやっていても新しい情報は得られそうにない。
ボードウィンは黒。禁忌の果実の組織メンバー。
医者のライズはこの周回にはいないので気にしなくていい、というか自分だし。
屋敷は(聞こえがいいように言えば)人間の可能性を試す実験場だ。
出される食料には毒が盛られていて、屋敷の内部に人体に有害だろう電磁波は発生している。
少量ずつ毒にならされている使用人達は、自分達の現状に気が付かない。
毒は少しづつ貯まっていき、彼女たちはいずれ
一年後、廃墟の屋敷に訪れたアスウェルたちが死ぬのもその影響。あのアスウェル達は、ウンディの町に三日ほどしか滞在しなかった者だから、慣れていない状況で毒まみれの屋敷を訪れ死亡したのだ。
だが、それだけでは数ある巻き戻りの最後にレンやアレス、使用人達が急激にあの肉塊へとなり果ててしまう事への説明がつかない。帝国の実験が行われたという線が濃厚だが、自分の目で確かめてみるべきだろう。
まだ、屋敷には何か隠されているはずだった。
帝国の実験では異形化をさせるためには願い石と電磁波を発生させる装置が必要だと、言う事にしている。
それはアスウェル達が知っている偽の情報だ。ライトが得た情報を捻じ曲げて流した物なのだ。
正確な情報は、必要なのは装置と砕いた願い石の粉だ。
装置がどこにあって、どうやって操作されるのかを突き止めなければならない。
そういえば、アスウェルやレミィの周囲を時々飛んでいる白い鳥はなんなんだろう。
大した影響は今までなかったが、時間があればそれも調べた方がいいかもしれない。
部屋を出て、またぐるぐると屋敷の中を歩いてみるのだが真新しい収穫はない。
通りがかる使用人達と挨拶がてら世間話をしてみるが、有力な情報は聞き出せない。
歩きながら、鉱石の保管されている場所で、保管の注意点を述べている屋敷の素人を見つめる。
「ひょっひょっひょっ、くれぐれも傷をつけないように。その場合は分かっているねぇ?」
「はっ、はいっ。気を付けます」
かしこまった姿勢で緊張した手つきで掃除に取り掛かるレミィも近くにいる。
「……そういえば、ボードウィンはなぜ自分の護衛を外から呼んでいるのかな」
鉱石の採集は、組織からの指示でもあるだろうが何となく趣味も兼ねている様に見える。
コレクターとして集めるように集めている彼だが、いくら夢中になっているとしても外部から護衛を呼ぶだろうか。
それとなく前に聞いたときは、そういう事に慣れた知り合いもいるので、護衛は必要ないみたいな内心が透けてみえていたが。
記憶を探る。禁忌の果実にいた頃、過去殺し損ねたと思われる生存者が今もどこかにいるかもしれないと、聞いた事がある。
ひょっとしたら護衛募集は、そんな人間をあぶりだすための策なのかもしれない。
通り過ぎた背後で、ボードウィンが何かを話すのを聞いて思い付いた。
明日は留守にする。
鉱石の採集に出かけるらしい。
主人が行くならば護衛としてライトはついて行かねばならないが……。
使えるかもしれない。
夜になったらボードウィンの部屋に行って、それからレミィの部屋にもいかなければ。
今夜はやる事が多そうだ。
その過程で、今までアスウェルに煩わされたストレスを少しばかり発散させても構うまい。
翌日、ライトは偶然を装って、レミィの部屋の前で使用人達が集まっている所に着いた。
「この騒ぎは、何かあったんですか」
「実は……」
レンに案内されて、レミィの私室に通される。
部屋の中は、ひどく荒らされていて悲惨な状況だった。
鋭利な刃物で切り裂かれたような傷があちこちにできて、ところどころ血痕が落ちている。
「レミィがいなくなってしまって」
「まさか、それは本当ですか」
事情を説明するレンにこんな悲惨な状況への疑いの声を向けるが、返ってくるのは肯定のみだ。
「悲しいけれど、事実なんです」
昨夜、屋敷に夜盗が入ってレミィを連れ去ったかもしれない。
瞬く間にそんな話が屋敷に広まっていき、使用人達は暗い表情になった。
廊下の掃き掃除をしていた少女が呟く。
「レミィ、大丈夫よね」
特に使用人たちの中でも一番に年の近いコニーは顔を青ざめさせて仕事が手に着かないようだった。
掃除の手が完全に止まっている。
傍にいる使用人が何か慰めの言葉を言おうとする前に通りかかったライトは口を開いた。
「大丈夫、きっと無事ですよ。今はそう信じましょう」
「そう、ですね」
そんな風に声をかけて周りながら、何か変わった事でもないかと観察していると、慌てた様子でアレスが手やって来た。
「大変だ。レミィを連れ去ったって犯人から手紙が来たんだ!」
こういう時指示を聞くべきボードウィンは生憎屋敷を不在にしている。
きっとどこかで、正義の味方にでも背中を刺されて倒れてるだろうから。
とにかく、そう言うわけで頼れるご主人様がいない屋敷の中で、使用人たちは手紙をどうするか話し合い始めた。
手紙の内容はこうだった。
レミィ・ラビラトリの身柄は預かった。
安全を保障して欲しくば、こちらから指示する通りに動け。
一室に集まった使用人たちはアレスが読み上げた手紙の文面に息を呑む。
痛いほどの無言の空気が満ちたあと、当然のようにその件に関わる事になったライトが最初に口を開いた。
「これは、犯人からの手紙の様ですね」
「……あぁ、レミィ」
文面に目を通すなり、レンが顔を真っ青にする。ふらつく体を、アレスがささえてやっていた。
少しばかり現実を率直に伝えすぎたかもしれない。いくら主人公補正があるからといっても、あまり彼らの気分を害するようなことをするのは得策ではない。
「心配ですが、ボードウィンさんが屋敷にいない以上僕たちががんばるしかありません。レミィさんを助けるためにも協力しましょう」
「そうだな」
場の雰囲気を使命感でぬり隠し、アレスの同意を得た後、ライトは自然な流れで手紙に従うように彼らを誘導する。
「しかし、相手の手の内が分からない間に下手に行動することはできません、非常に不本意ですが、レミィさんの居場所が分からない以上、指示に従いながらチャンスを待つしかないでしょう」
「そうだな、レミィの為だもんな。がんばらないとな」
「ええ、そうね。しっかりしないといけないわ」
使用達はそれぞれ声を掛け合いながらも連帯感を高めていく。
良い兆候だ。
そうすれば誰かが不正確な情報を口にしても訂正してくれるし、心理的な安定感があるから恐怖で何もできなくなる状況にはなりにくい。
「では、僕が代わりにその先を読ませてもらいますね」
さっそく指示を読み上げる。
手紙で伝えられた最初の文はこうだ。
屋敷に伝わっているすべてのいわくつきの話、怪談、噂話などを知っているかぎり話せというものだった。
要求の意図する所が分からない使用人達はそれぞれ戸惑った表情を浮かべて互いの顔を見合わせる。
「一体どういうことかしら」
「こんな事をして一体犯人の何の特になるんだ?」
そのままでは話しだそうとしないので少し危機感を仰ぐことにした。
「犯人の狙いは分かりませんが、指示に従った銅貨を確かめる為、相手は何らかの手段を用いてこちらを監視しているかもしれません。早めに何か話をするべきではないでしょうか。指示が守られなかったと確認された場合レミィさんは……」
そう言ってやれば、使用人達は、すぐに自分達が知っている情報を話し始める。
屋敷を徘徊する人影の話や、窓の外に見える人魂のような光の話、どれもこれも古い屋敷にありがちな話ばかりだった。
その中で興味を抱いたのは、屋敷の離れにある講堂で昔学校を開いていて、その子供達がある日を境に突然急死してしまったという話だ。
他の話と違ってまとまりもオチもないものだった。だが、それは創作された話ではないからではないだろうか。
やはり怪しいのは講堂か。記憶に留めて置こう。
そんな風に、それぞれが知っている話を述べて小一時間。
そろそろネタが付き始めた頃に、二回目の指示へ移る。
内容はこうだ。
屋敷の主人について知っていることを話せ。
この時点で使用人達は、自然とある結論に達する事となる。
レミィの誘拐はレミィ自身を狙ったものではなく、間接的にこの屋敷の主人を狙ったものなのだと。
それで弱みを見つけて握ろうとしているのではないか、と。そう言う結論だ。
全く的外れだが、水を差す必要はあるまい。ライトはそうかもしれないね、と頷いておいた。
「ボードウィン様は、大丈夫かしら」
「心配だな、誰か一人連絡を取るべきじゃないか」
「いえ、そんな勝手な行動をしては犯人を刺激しかねませんよ。もう少し様子を見るべきです」
話の流れが当然そういう方向に行きかけたので、ライトは慌てて監視の目を主張しておく。
使用人達は仕方なしに、主人についての情報を話し始めた。
その話については特に興味深い物は出てこなかった。
まだ新しく主人となってそれほどの期間ではないというのもあるだろう。
指示を間違えたな。
前の主人の、アレイスターについて聞いておくべきだった。
そしてややあって三回目の指示。
使用人たちは部屋を移動して、講堂をうろついていた。
ここに攫われたレミィがいるから自分たちで探し出せと言う内容だったからだ。
「レミィ、すぐ見つけてあげるからね」
「……」
「ライト様、どうしましたか?」
必死になって行動内をうろついている君達がとんでもなく間抜けに見えて、もう笑いだしそうだ。
……なんてさすがに言えやしないから困る。
「いいや、僕も早く助けてあげたいなと思っていた所です。彼女はきっと怯えているでしょうから、見つけた時何て言葉をかけようかなと」
僕の手のひらで踊らされている事も知らずに。間抜けな奴らだ。
「そうですね。申し訳ありません。お客様だというのに、このような事にまきこんでしまって」
本当に、笑いをこらえるのが苦痛だよ。
「いいえ、知ってしまったからには放ってはおけませんよ」
必死になっちゃって。馬鹿な連中だな。
そうして数時間、すっかり日もくれた講堂内は、ランタンなどの細々とした灯りによって照らされている。
それから数分ほどすれば、レンが講堂内に響くような声量で声をあげた。
「見つけましたわ! ここに仕掛けが」
まさか見つけるとは。
やっぱり最初からこうやっていればよかったな。
鼻先にニンジンをぶら下げてお尻を鞭で叩いて、馬のように誘導してやればよかった。
「ここですわ」
それは講堂の壁にある小さな飾りだった。
隙間風が吹いてくる。それで気になって調べたのだろう。
鳥の形をしたその飾りは、動くようになっていた。
「これを何とかすればきっと……」
仕掛けを動かすリン。
押したり引いたり、回したりすると、どこかで何かが動き出す音がした。
講堂の壁が左右に開いて、機械の装置が現れる。
ビンゴだ。
「これで、レミィは助かるんだよな」
「でも、どこにいるのかしら」」
音はしだいに大きくなっていき、建物を揺らすほどになっていった。
助かる?
返すわけないだろ。
だって、
この周回は捨てるんだし、とっくに殺しちゃったんだから。
「な、何だこれ、体が……。ぐ、グア……」
「あああっ、苦しい、息が……アァ……」
苦しみのたうつ使用人たちを見ながら、ライトはその場を後にする。
一瞬後、講堂内を青白い閃光が満たした。
ありがとう。
君達の尊い犠牲のおかげで悲劇の物語をハッピーエンドにする道が開けたよ。
だから、さっさと僕の足元に何かしがみついてないで死ね。
「あぐっ、だ……ダマしたノ。レミィは……あの子はドコ……ナノ? ミンナハ……ドウしテ。うっ……あぁあああっ」
ライトは襟首をつかんでつまみ上げたそれを、講堂の内部へと放り投げた。
ああ、そうそう君に言っておかなきゃいけない事があるんだけど、借り物の力を振るっていい気になっている君にもね。
どういう事か分からない? なら教えてあげるよ。
君のその力は、僕が与えた物なんだよね。
ちょっと、周回プレイを繰り返すのもマンネリ来ててさ、新鮮味が欲しかったから、君みたいな新しい存在を付け足してみたってわけ。
どうだった?
なかなか、面白かっただろう。
悲劇のヒロインってさ、どれだけ儚い生き物なんだって。
助けてあげなきゃ、明日の幸せも得られないなんてさ。
ここまでくると笑っちゃうよね。
でも、もういいんだ。
君の役目も終わった。
ご苦労様。
後は僕に任せてよ。
ちゃんとヒロインは助けてあげるからさ。
正直言うとこれ以上余計な事されたら、困りそうな気がするんだよね。
だって君、アスウェルの味方してるでしょ。
僕としては、あんな主人公でも何でもない人間に強く肩入れ何てされると、気分悪くなるわけ。
だから、ここまで。
安心して?
奪うのは機能だけで、観測の力は残してあげるから。
物語のいい所でおあずけをくらうなんて、気分悪いだろう。
だから、僕が主人公らしく活躍してヒロインを助ける所を見ていてよ。
近いうちに最高のハッピーエンドを見せてあげるからさ。
あははっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます